暖冬に溶かされて 例えばそれは、よく晴れた冬の日。僕の前の席を借りてうたた寝している君の頬を、この寒い季節の中でも燦燦と輝く太陽が照らす時。
そんな光景を前にするといつも、僕の心は早く、早くと身体を動かそうとする。ダメだ、と毎度のように自分に言い聞かせるも、視線を向けずにはいられない。バレないからと、自分で自分に言い訳をつけながら。
男性とは思えないほど長いまつ毛にかかった、薄ピンクの毛先を慎重に避けてみると、君はぴく、とまぶたを震わせるけれど、無防備な体勢を変えようとする様子はない。
今なら、今ならその凛々しい弧を描く眉毛の上に、この溢れんばかりの気持ちを、少し零しても許されるだろうか。
そんな欲望を見逃さなかった心臓はバクバクと歓喜の悲鳴をあげている。それを聞かれないように覆った手で、鼠色のカーディガンに皺がつく。
はあ。
「……つかさ、くん」
抑えきれなかった気持ちはとうとう声となり、君の金糸へ目掛けて落ちていく。
「……好き」
しかし囁きに近いそれは、やがて昼休みの教室の喧騒に飲まれ、君に届かずに消えた。
「……好きだ」
二度目の言葉は、腕の中に閉じ込めた。もう間違えて零してしまわないよう、腕を強く抱きながら。
そもそもこれは、君に届いてはいけない言葉で。きっと、冬に珍しい高さの気温に、もう春が来たのかと錯覚したんだ。今は暖かくても、ふとした瞬間に太陽が雲に隠れれば、さっと一気に気温が下がるだろう。そうすると僕は、もうその太陽の光を二度と浴びれなくなる。
そんな未来に耐えられる僕はもう、この世にはいない。だから今後は、どんなに君が眩しくて、僕の心を揺さぶろうとしても、僕は、
「~~もっと大きな声で言わんか!!!!」
「っ、!?」
鼓膜を震わす声量に、三秒ほどの人生が空白のまま消えた。
「つかさ、く」
「こい!!」
今、君がその元気な声で何を言い放ったのか、ここは教室の中だとか、周りのクラスメイトのざわめきだとか、考えるべきことが一気に目の前にどんと置かれ、それを一つ一つ処理する間もなく、君は少し熱い手で僕の腕を引っ張った。
僕達は走った。先生に追われてもいないのに、早足で廊下を、生徒たちの間を通り抜けて、上の階を向かった。道中、揺れ動く度にきらりと光る君の髪の毛に目を奪われた僕は、引っ張られるまま屋上に辿りつくまで、何一つ思考ができなくなっていた。
パタン。あくまで丁寧に屋上の扉を閉めた司くんは、くるっと僕のほうへ向かってはこう叫ぶ。いや、彼のことだから、恐らく叫んだつもりはなく、ただの通常音量だろうけれど。
「よし。ここなら大丈夫だろう!! さあ、もう一度言うといい!!」
「えっと……?」
腕を組んで仁王立ちしている彼と、僕の頭上に、水色の空が広がっている。水色に混ざる彼の金色は綺麗だ、なんて呑気に思えてしまうほど、状況をうまく掴めてない。
だって、つい数分前まで人形かのように静かに寝ていたのに、まさか瞬く間にもう、こんなにも元気に動いたり叫んだりしているなんて。けれどよく思えば僕はまさに、君のその常に予想外をついてくる所に、惹かれてしまったのだった。
「……好きだなぁ」
「もっと大きな声で!!」
「!! 待って、今のは違うから!!」
「え? 違うのか!?」
「え? あ、えっと? ま、待って!?」
本当に待って。彼に見惚れている場合ではない。少し待ってほしい。
状況を整理しよう。今日は十一月にも関わらず気温が高く、まるで春のように暖かかった。それで僕の教室で一緒に食事を取った司くんは、予鈴が鳴るまでに少し寝ると言って、僕の机に伏せて仮眠を取っていた。
そこに窓から光が差し込んで、司くんのただでさえ作りがいい顔をより魅力的に演出していた。あの光の角度は完璧だった。次回の演目で是非取り入れたい。
そうではなくて。
その魅力的な光景に僕はすっかり現を抜かしてしまった。言ってはいけないことまで口が滑ってしまった。幸い司くんはぐっすり眠っているので聞かれてはいなかった。
「……ん? え、待って。……もしかして、聞こえて、いた? どこから?」
「そうだな……あ、前髪くすぐたかったからどかしてくれて助かった! 感謝する!」
「~~思いっきり最初からではないか……!」
数分前の自分の浮かれた行動が恥ずかしくて、穴があったら入りたい勢いで蹲ってしまった僕の上で、彼は構わず「そうなるな!」と元気な声を出しているけれど、今はそれは置いておいて。
伝えたいけれど伝わってほしくなかったあれそれを、全部しっかり聞き取った司くんが、こうして屋上まで連れてきた。そしてそんな独り言を復唱しろと言われていた。それは、つまり。そういうことではないのかい?
教室にいた時と違う感覚で心拍数があがる。
期待していいものだろうか。今の僕はどんな顔をしているのだろうか。頭を上げて、そんな顔を見せても、君は情けない僕を嫌いにならないだろうか。
そう逡巡している僕の前に、司くんも同じように蹲った。顔をあげてみると、彼はいつものように真っすぐと僕を見つめてきた。
ふと、僕達が初めて会った日のことを思い出す。あの日も君はこんな真っすぐな目で、僕を射抜いたんだね。
「……司くん」
「うむ」
「……司くんのことが、好きだ」
「うむ! オレも、類のことが好きだ!」
躊躇いもなく返されたその言葉が更に拍車をかけて、心臓をバクバク言わせる。今ならきっと許されるだろうと、赴くままに、僕少し小さいけれど強かなその体を、光を、腕に収めた。
授業の開始を予告する鐘の音が響いたのと同時に、何かを思い出したように司くんはばっと僕から離れた。
「?」
「ん」
どうしたのかと思っていたら、前髪を避けながら彼はやや顎を上げる。
「ふふん……類、さっき教室で、こっそりオレのおデコにキスをしたかったのだろう? 映画で沢山見たあれだ、わかるぞ! 今やオレたちは晴れて恋人同士だ、存分に楽しむがい……んぅ!?」
調子に乗ったの彼に思わず意地悪したくなって、口を塞ぐついでに舌も入れてみたら、流石に怒られてしまった。