「いつかこの夢がさめたら、2人で月にでも行こうか」
落ちてきそうな夜空を眺めていると、背後からそんな戯言が聞こえた。
頭がおかしいのなんて、僕も彼も今に始まった事ではない。
だからこそ僕は思い切り茶化してやろうと思ったのだ、ありったけのいつもの皮肉めいた台詞を投げかけてやろうと振り向いたのに。
「なぁ、二人で遠くへ行かないか。アンドルー。」
静かな風に吹かれて揺れる髪の毛に、いつもは隠れた空虚な瞳が見えた。
月明かりに顔が照らされ、静かに微笑んだ頬が見える。
それがあまりにも美しかったものだから、とっくに終わってしまっている僕達の未来を一瞬だけ忘れてしまった。
「そういう口説き文句は僕の顔を見て言えよ、空なんかじゃなくて」
僕ははにかんだ。
…あぁ、彼のいつもより伸びた背筋の違和感は人間に近づいている。
漸く僕の瞳を射抜いた虚は細められ、小さく開いていた唇がニヤリ、と釣り上がり。
「君も言うようになってきたじゃあないか」
「誰のおかげだろうな」
真夜中の冷たい風は静かに心を揺らし、2人の言葉を重ね合わせていく。
つぎはぎだらけの記憶の中に、確かに僕らだけの夜があった。