シンサラホラー短篇葉月も中ごろとなった真夏の昼下がり、県内某所にある公共図書館の談話室で響いたのは、ある人の為だけに設定されたシンプルな着信音だった。
　休日を持て余し、暇を潰すために訪れた図書館で本を漁って、満足した頃に昼食を取ろうとした矢先のことだ。また何か、急なシフトの変更だろうか、と辟易しつつ携帯端末を手に取る。耳元から聞こえてくるであろう慣れ親しんでしまった声に、深い溜息を聞かせながらサラは口を開く。
「……休日出勤ですか」
　まだお昼食べてないんですけど、とサラがぼやくと、それに被さるようにしてシンが答えた。
「学生バイトにはちょうどいいんじゃないの。気持ち程度に時給上げるから、どう」
「どうもなにも、ほとんど強制じゃないですか。暇なのわかってて言ってるでしょ」
「暇も潰せて金も稼げるんだから一石二鳥だろ？　場所は指定してあるから、詳しいことは後で話すよ」
　返す間もなく、ブツ、という音を立てて電話は切れた。真っ暗になった携帯端末には、サラのなんとも言えない顔だけが映り込んでいる。呆れかえったような、諦めたような表情を浮かべた自分に再び溜息をついて端末を見返すと、ご丁寧にも現在の位置情報をそのまま送ってこられた。場所はどうやら、図書館の近くにあるチェーンのファミレスらしい。人嫌いな彼がこんなにも陽気な場所を選ぶなんて珍しいな、とは思いつつ、すぐに行きます、とメッセージを送って図書館を後にした。

　サラはとある探偵事務所で働く、一介のバイトである。雇っているのは、今しがた電話越しに揶揄してきたツキミシンという男だ。
彼の連絡はいつだって唐突なものではあるが、見計らったかのように依頼される内容はサラの暇を潰すのにちょうどいい。もっとも、平日に行っているような雑務であればそれも断って、手を伸ばしかけた読書に勤しんでいたのだろう。普段であればシフトに組まれていない業務など、話を聞くより前に断ったところだが、突然舞い込んできた依頼を無視できないのには理由がある。それは、この依頼が単なる探偵稼業ではないからだ。
探偵、と言われて真っ先に想像してしまうのは、もしかすると、かのシャーロックとその助手であるワトソンかもしれない。しかし、実際に行っている業務なんて、地味な浮気調査だとかペットの捜索だとかで、大したドラマなどは存在しない。
この探偵事務所もその例には漏れず、ネット上のやり取りを交わした後、サラの他に雇われている調査員を通じて依頼をこなしていく、というのが主な仕事だ。しかし、バイトとして雇われているサラはそういった調査に加わっているわけではなく、事務所を統括しているシンが個人的に雑務を頼んでいるだけだ。その雑務と言うのも曖昧で、山のように積み重なった書類を整理したり、事務所の清掃を行ったり、雇い主であるシンの生活習慣を見張ったり、とお手伝いの延長線上のようなものである。しかし、この探偵事務所はそういったありきたりなものを解決するために建てられたものではない。協会が薦めるホームページには記載されていない、曰くつきの調査こそが本質なのである。
　真夏日の昼は、とにもかくにも暑い。近年は特に、温暖化や異常気象のせいか、毎日茹るような熱気を纏っている。いくら店が近くにあるとは言えど、徒歩十五分の距離を歩いていくのも辛いものがあった。
　頬を伝っていく汗を拭いながら大通りを抜け、指定された通りの場所に向かう。横切った駐車場に見慣れた社用車を見つけ、そのまま店へと入れば、すぐに特徴的な浅葱を見つけることができた。
　案内をしようと声を掛けてきた店員に断ってから、サラはシンを見やる。浅葱色の髪をした呑気な男は、サラに向かって軽く手を挙げながらアイスコーヒーを飲んでいた。