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    hatori2020

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    hatori2020

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    こまさん主催のぜんねず小説アンソロ「くちづけは金平糖」に参加したときに没にしたキス作品です。
    6/25の東せ19b「デリ恋制作委員会」さまのスペースにて、アンソロを委託しているそうなので気になった方は是非に。

    保存しておいたゼンマイが食べ終わる頃になると、新芽のゼンマイが芽ぐみ、禰豆子の仕事が始まる。
    禰豆子の仕事は、採ったゼンマイを冬用の保存食にすること。ゼンマイは急な斜面に生えていて、慣れていないと危ないが禰豆子は器用にゼンマイを採っていた。
    「あっ」
    声を上げて、禰豆子は手を引っ込めた。男ゼンマイだったからだ。ゼンマイは女ゼンマイの方が美味しい。小さい頃からやっている作業なのに、本日まちがえたのはこれで三回目。
    気持ちを切り替えようと腰を伸ばした。しちなり籠を見下ろし、禰豆子は目を細めた。しちなり籠には男ゼンマイが紛れていた。
    「もう、わたしったら」
     男ゼンマイを取り除いて、ため息をつく。息を吐いても気分は晴れない。
     あれは名残の雪が降った一ヶ月前のこと。禰豆子ははじめて善逸と口づけを交わした。
    竈門家の縁側で就寝前、膝を付いた禰豆子に善逸が背を屈めて、柔らかく唇を押し当ててきた。するりと彼の手のひらが顎から頬へ動いて、そこでようやく顎に指が添えられていたことに気付いた。
     長かったのか、短かったのか。ゆっくりと終わった口付けに少し恥じらいながら瞳をあけて、──刹那、禰豆子のこころはパキンと割れ散った。
    こんな苦しさを禰豆子は知らない。苦しくて苦しくて、胸を掻きむしりたくなるほど心は千々に。
     その痛みから視線を逸らすと、彼が不安げにしたのがわかった。とても失礼だわ。そう思っていたのに、取り繕うことも出来ずに未だ甘い感触を残す唇は閉じたまま。
    「──っ」
     とうとう涙が盛り上がってきて、頬をつたわって善逸の手のひらで止まる。涙を拭いてから、彼は手のひらを離した。
    「ごめん、禰豆子ちゃん。こういうことは祝言挙げる前にしちゃ駄目だった」
    外からはしんしんと降る雪、部屋の中からは兄と伊之助の話し声。禰󠄀豆子は何も言えなくて、ただゆっくりと頭を横に振った。
     駄目ではなかった。それなのに。
    「……ごめんよう、禰豆子ちゃあん! 本当にごめんね、ごめんねえ! 謝るから嫌いにならないでえ!」
    突然、善逸が普段通りに叫んだ。パッと霧散するように重苦しさは散った。善逸は泣き叫びながら禰豆子に縋り付いてきた。そうなれば、いつもの様に弟にするみたいに善逸の頭を撫でる。
    「嫌いになんてならないよ。大丈夫だよ」
    「ああ! 禰豆子ちゃん優しい!」
    そんな風にしていると、部屋からひょっこりと炭治郎と伊之助が顔を出して、泣きわめいている善逸に苦笑と叱咤をかける。
    そこでふたりがはじめて口付けしたなんて、まるで嘘だったみたいに匂いも気配も、音だって何も変わらない夜だった。
     だけど、そんなの都合のいい思い込みだった。
    口づけから二日後、善逸が少し遠く離れた街で仕事を見つけてきて、その日のうちに引っ越してしまったからだ。
    善逸は禰豆子になんの心構えもさせてくれなかった。相談もしてくれなかったのに、離れたくないと泣きながらすがりついてくる。兄に肩を優しく叩かれて、伊之助に背中を強く叩かれて、彼は泣きながら出ていった。
    禰豆子は聞き分けの良い長女らしく笑みを浮かべて、気をつけてねと言うしかなかった。
    会いたいと思ったのは、善逸が家を出てしまったその日の夜。三人で囲んだお夕飯はぽっかりと空いていた。
    善逸が引っ越してから一ヶ月も経ったのに、会いたいと思った気持ちは易しくなんてならなくて、ただ苛烈になっていくだけ。送られてくる手紙も嬉しいけど、手紙は声も聞こえないし、ぬくもりもない。こういう時、鼻の良い兄が羨ましかった。きっとかすかでも匂いがしたはず。
    禰豆子は何度も思い悩んだ。口付けを受けたとき、ちがう態度で接していれば。でもきっと、時を戻せたとしても禰豆子の心はあの時からひとつも変わらない。
    でも今は、あの痛みさえも愛おしい。
    草木が芽吹いて山菜もたくさん採れるのに、禰豆子はひとりきりでしちなり籠を抱いて、山のなか。どこか秋の夕日が沈むような物悲しさに目頭が熱くなった。
    「善逸さん……」
    名前を言ったら、大雨のような勢いで彼のひとつひとつが思い出されて、──禰豆子に優しく微笑む顔や、名前を呼んでくれるときの柔らかな口調、そして口付けを交わしたときの──こぼれた想いは誰にも拭ってもらえず、唇まで伝わった。
    禰豆子は川で顔を洗って帰路につく。泣きっ面で帰ったら心配させてしまう。泣くのはひとりきりの時だけ。心をぐしゃぐしゃにさせるのもひとりの時だけ。
    「ただいま、お兄ちゃん」
    「おかえり、禰豆子。たくさんゼンマイ採れたみたいだなぁ。午後はそれを処理するのか?」
    「うん、そうしようと思ってるんだけど、どうしたの? お兄ちゃん、それなあに?」
    禰豆子は庭先で困ったようにしている兄の手元を見た。少し大きめの封筒が握られていた。
    「善逸宛の手紙だよ」
    ドキンと心が跳ね上がった。
    「善逸さん宛の? で、でも善逸さんここには住んでないよね? また一緒に暮らしてくれるのかな」
    「そうじゃなさそうだな。ほら、番地だけは善逸の今住んでるとこだ。間違えたんだろうなぁ。これ、急ぎのものだったら困るんじゃないか」
    「そうだよね。どうしようか」
    「鴉に運んでもらえる大きさじゃないし、俺はこのあと村の寄り合いに出なきゃいけないしなぁ。……伊之助はまだ帰ってきてないな。仕方ない。明日、三人で届けに行こう」
    炭治郎が縁側に置いた封筒を見つめて、禰豆子は決心した。
    「お兄ちゃん、わたしが届けてくる」
    「禰豆子ひとりでか?」
    「うん。お兄ちゃんはこれから用事あって、伊之助さんもいないんだったら、わたしが行けばいいだけでしょう」
    「うーん、行けるか?」
    心配そうにしている兄に向かって、禰豆子は力強くうなづいた。
    善逸の住んでいる町は遠い。早く出ないと帰りは深夜になってしまう。禰豆子は急いで身支度をした。いつもの帯に、髪を結い直して、姿見で見るといつもの自分が写っていた。
    新しい着物なんて持っていない。兄が買うと言ってくれたけど、兄には自分のものや兄の大切なひとに買って欲しかった。禰󠄀豆子にはあるものだけで充分。
    でも、ひとつだけ。ただ、ひとつだけ。
    つまみ細工の薄紅色のかんざし、一本。
    はじめて善逸から贈られたもの。可愛くて包みを開けた瞬間から気に入ったのに、勿体なくて一度もつけたことがなかった。それが善逸には残念だったみたいだけど、禰豆子が大事に小物入れにしまい込んで時折眺めているのを見て微笑んでくれた。
    かんざしを挿してみる。似合っているかどうかはわからない。兄は優しく笑って何も言わない。それに答えて欲しいのは善逸だけだった。
    封筒を風呂敷に包んで、禰豆子は寄り合いに出る炭治郎と一緒に山を下りた。
    列車に揺られて、禰豆子は善逸と会える喜びを噛み締める。善逸宛の封筒を届けに行くだけだから浮ついたらいけないのに、嬉しさは体の中からわいてきて、禰豆子はこっそりと笑みをもらした。
    ずうっと会いたかった。ずっと会えなかったから。ずっと会いたかった。
    会えたらまずは元気な姿を見たい。それに、いつものように笑って欲しい、名前を呼んで欲しい。それから……。
    「善逸さん……」
     車窓から見える景色が段々と変わってゆく。人家や建物が増えて、野山や田畑が少なくなっていく。
    禰豆子は人差し指と中指で上唇と下唇にふれた。あの時の同じ。
     それから……。きっと心が痛くなって涙も出てしまうだろうけどれ、口づけを。禰豆子は望んだ。
     恥ずかしくなってうつむいた禰豆子を、列車は気にも留めず都会へと運んでいく。
     善逸が住んでいるところの駅はとても小さかった。だけど、小さくても鉄道が通っているのだから都会だ。なにせ禰豆子の家から列車に乗るには山を下りて、麓町から街道まで出てしばらく歩いてようやく列車に乗れるのだから。
     禰豆子が駅につく頃、ちょうど務め人が帰宅する時間だったようでその間を縫うように駅から出てきた。駅前には小さめの商店街がある。善逸からもらった手紙にそこの佃煮店が美味しいと書かれていたことを思い出して、禰豆子は店頭をちょっとだけ覗いてみた。
     昆布としらすの佃煮がとても美味しそうな色合いをしていた。善逸もここでそれを買って、お家に帰ってご飯を炊いて食べるのだろうと思うと知らずに頬が緩んだ。
    (善逸さん、ご飯炊くの上手なんだよね)
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