ミゼリコルディア「……今何時?」
緩い独り言がイタリアの口をつく。目を開くと、薄暗く狭い個室の中だった。なんだっけ、と一瞬考えて思い出す。
今日は急遽フランスが昼過ぎにヴェネチアに遊びに行くことになっていた。ほぼアポなしみたいなものだが、元々アポなしで人の家に来襲することが多いイタリアは全く気にしていなかった。一緒に住む兄に伝えると合流できたらするとのことだった。6割ぐらいの確率で合流しそうだなと、イタリアは思ったものだ。
昼過ぎに来るということは昼ごはんはどうするのだろうか。せっかくなら一緒に食べたい。じゃあそれまで腹ごなしに12時ぐらいまで寝て、起きたら適当にフランスを迎えに行こうとイタリアは考えていた。
しかしイタリアの計画は、突然家にやってきた馴染みの神父によって頓挫した。どうせ暇しているんでしょう、掃除を手伝ってください、と言った彼は問答無用でイタリアを街の小さな教会へと連れてきた。小さいとはいえ、ゴシック建築の立派なものだ。あまりにも歴史的な建築物が多いこの街でひっそりと埋もれている教会だが、地元住民に愛されている場所だ。当然、ヴェネチアを含んだ北イタリアの化身たるイタリアもといヴェネチアーノだって、この場所は好きだ。予定が合えばミサにだって参加している。
でも、掃除は嫌いだ。
兄は珍しく朝早くにどこかに出かけていた。天変地異の前触れではないか。何かが起きる予感がした。
兎にも角にも、捕まったのはイタリアだけだった。お願い、と頼まれれば断りづらかった。なんせ、その神父のことはおしめを付けている頃から知っている。イタリアは白旗を上げることになった。
そしてまあ、それなりに真面目に掃除をしていた。元々綺麗に使われているから大変ではなかった。
そしてイタリアが最後にここだけだと、雑巾を持って立ち寄ったのは告解室だった。まずは信者が入るところを掃除する。足元の台は膝をつくから特に綺麗にしておいた方がいい。
そして次に神父が入る個室に入った。普段イタリアといえども入ることはない。不思議な心地だった。不思議な心地の中で掃除をしていると、なんだかとっても眠くなった。
だから寝た。そして今に至る。
「やっべ〜……怒られるかな……」
神父の顔を思い浮かべてイタリアはぞわりとした。しかし叩き起こされなかったということはバレていないということだろう。危ない危ない、とホッと胸を撫で下ろす。
安心したら余裕が出てきた。そういえばフランスと遊ぶ約束をしていたが、今は何時だろうか。イタリアは尻のポケットに入れていたスマホを取り出した。見るともう昼時と言える時間で、フランスからはSMSが2通、1時間半前と15分前に入っていた。
『マルコポーロ空港着いたよ。今から水上バスに乗り換えるね』
おっとヤバいかも、と思いつつ、もう一通の方も目を通す。
『おいイタリア、お前さては寝てるな?もう着いたから適当に歩いてるぞー』
「わ〜……フランス兄ちゃんごめん〜……」
イタリアの小さな謝罪は告解室に溶けていった。今イタリアが座るべきなのは板を挟んだ向こう側だ。そろそろ出て、神父に一言告げてから迎えに出ようとイタリアは身じろぎをした。
その時だった。
ギィと木製の扉が開く音がして、板を挟んだ向こう側に人が入ってくる気配がした。
(え……!?誰かゆるしの秘蹟をするつもりなの……!?)
イタリアはそれはそれは焦った。一気に緊張感が高まる。
なにせ告解──またの名をカトリックではゆるしの秘蹟や悔悛の秘蹟などと呼ばれる──これは信者が自分の犯した罪を神父に告白し、それを悔い改める宗教的な儀式である。宗教的なあれこれを抜きにしたって、非常にプライベートなことを話す場なのだ。そこに人間だろうが国の化身だろうが、そんなものは関係なく、許可された者以外がそのような私的なものを聞いてしまつまて良いはずがない。
(いや、でも小窓は開いてないから大丈夫だよね……)
イタリアは板に付いている小窓の方を見た。
通常、告解室は真ん中に神父が入る部屋、そしてそれを挟むように信者が入る部屋が両隣にある。小窓が開いていないと、反対側の信者の話を聞いていることになるため話し出すことはない。なんなら、神父がいないと思って出て行ってくれるかもしれない。イタリアはそう期待した。
「父と子と聖霊の御名によってアーメン」
その期待も虚しく、向こう側からは声が発される。イタリアの心臓はドクドクとうるさく音を立てた。
「……なんてな」
(あ……)
しかし直後に続いた言葉で、ようやくその声に聞き覚えがあることにイタリアは気づいた。
(な、なぁ〜んだ!フランス兄ちゃんじゃん!)
イタリアの緊張感は解れていく。なんてことのない、ほぼほぼ身内同然の兄貴分ではないか。祈りの言葉を紡ぐ声が、いつになく硬くて咄嗟に気づけなかった。
見知った知人であったことに安堵したイタリアの体は、一気に弛緩していく。そして同時に、何を告白するつもりなのだろうと、異様に興味を掻き立てられた。それもそのはずだ、フランスは普段『懺悔』や『悔い改める』というような言葉からかなり離れたところにいる男だ。
(適当に歩いてるって行ってたけど、まさかこの教会に入ってくるなんてなぁ〜)
偶然とはどうしてこんなに面白いのか。イタリアはすっかり、先程感じていた罪悪感や焦りなどを忘れ去っていた。
さっきも言ったが、フランスは祖父が生きていた時代からの仲だ。そんなひとの『罪』が何かを知りたくなった。
イタリアはくすくすと声を出して笑いそうになるのを頑張って抑えた。
なんだろう、美しすぎてごめんなさい、とか?それとももっと別のことだろうか。
イタリアは少しワクワクしながら耳をそば立てた。
「俺だって言うつもり無かったんだ……この半永久的な体が滅ぶまで、絶対に言うつもりなんて、なかったよ」
フランスの声が続く。
それはあまりにも弱々しく声で。
「好きだなんて、言うつもりなかったんだ。でも、気づいたら言ってた……っ」
ごめんなさい。
ごめんなさい。
俺にそんな資格は無いのに。
そう続けたフランスの声は震えていて、訥々とした言葉だった。
イタリアは、先程まで高鳴っていた心がすうっと冷えていくのを感じた。
自分のしでかしたことに気づいた頃には、フランスは罪の告白を始めてしまっていた。
*
昨日の夜、イギリス──いや、アーサーと食事をした。その日はアーサーの別宅に宿泊して、次の日起きたらどこに観光に行くか適当に決めよう、なんて緩い計画を立てていた。
しきたりやマナーに厳しい彼にしては珍しく、ダイニングではなくリビングで2人して酒を開けながらフランスの作った料理を食べていた。
それ以外に何もなかったが、いい夜だった。この上ないほどにいい夜だったのだ。
ソファできっちりと座るフランスに反して、イギリスはすでに一歩先に酔いが回っていた。彼は体勢を崩して、背中をぎゅうとフランスの右腕に押し付けて、半ば寝転ぶような格好をしていた。
「おい、坊ちゃん。邪魔だよ」
「いいだろ別に」
そう言って、フランスが作ったカナッペをパクリと食べた。咀嚼をして、唇についたオイルを舌で拭いとる。
ああ、そんな仕草。誘われていると勘違いしてしまう。
フランスは顔を逸らした。
彼を目で意識的に追っていることに気づいたのはいつからだろう。
最初は国としての征服欲とか、そう言った感情が混ざっているだけだと思っていた。自分たちは人間から生まれてはいるが、人間ではない。人間の思うままにその思考や嗜好、性格まで変わる奇妙な生き物なのだ。
しかし、二度の大戦を超えてからますます苦しくなった。
この男を征服して召使いにしてやるなんて夢は、この共存の世の中で到底叶うことはない。まして、今更そんな願望もない。
国としての感情はその程度のものだった。なのに、どうしてまだこんなに胸が苦しいのだろう。
アーサーがこちらを向いてくれないと、つまらなくて仕方がなくてイライラする。逆に、自分のせいで泣いたり笑ったりする彼を見ると、たまらなく心が満たされた。どうしようもなく愛おしかった。
──それが何故なのか、『愛の国』なんて呼ばれるフランスは一番分かっていた。
今までの恋人たちとの蜜月は、ただのハリボテだった。どの子たちも愛おしかったが、アーサーに対して抱く感情とはなんとなく違っていることなど分かっていて、認められずに蓋をしていた。
あぁ、そうか、恋とはこういうものなのか。
恋を題材にした沢山の詩、戯曲、舞台、小説、絵画、歌──そして何よりこの身で全てを知った気になっていた。
フランスではなく、フランシスはその時初めて恋を知った。そして、今まで己がやってきたことの罪深さを知った。
ある人間の少女がいた。彼女は救国の聖女となった。しかし彼女は聖人の称号を手に入れたが、ありふれた平和は最期まで得られなかった。フランスが彼女の恋をするかもしれない未来を、炎の中で奪った。
ある同類の少年がいた。彼もまた同類の少年を好いていた。淡く美しい初恋だ。しかしフランスはその初恋の芽を摘んだ。両想いだったもう1人の片割れの少年は三十年戦争以降、表舞台から姿を消した。
生き延びるため。弱みを見せればそこから捕食される。自分の中に生きる民たちが必死にフランスを生かすために、必死に踠き、足掻き、這いつくばったからこそであることは分かっている。それを誇りに思うからこそ、フランスはフランスが大好きだ。
──ところで、この自我はどうなるのだろうか。
フランスであり、フランスではないこの感情はなんなのだろう。何のために存在し、誰のためになっているのだろう。
答えられなかった。それほどに奪ってきた。
今更、人間モドキの分際で。数多の屍と無念の上に確立された悍ましい身体で、幸せになろうなどと。そんなことが赦されるはずがない。
そんなやつを、一体誰が、愛してくれるというのだろう?
「好きだ」
出てしまった言葉は取り消せない。そこに聞いている人間がいれば尚更。
フランスはその時、最初自分がなんと言ってしまったのか分からなかった。しかし、酔ってもたれかかっていたアーサーの顔が、たちまち驚きの表情に変わっていくの見て、自分が犯した罪にフランスは気づいた。
「いま、なんて、」
彼の美しいペリドットの瞳に理性の色が戻ったのを見た瞬間、フランスはアーサーを突き飛ばしていた。
「てめ、おいッ!」
「ごめん、急用思い出した。帰る」
「はぁ!?」
フランスは最低限の荷物だけを持って、アーサーの別宅を飛び出した。幸いすぐにキャブを拾えたおかげで、そのままセントパンクラス駅まで飛ばしてもらった。
追いつかれたらどうしようという気持ちは、こんな時ですらなお『そうであってほしい』という僅かな期待を孕んでいて、フランスは己のとんでもない愚かさに赤面した。
幸か不幸か、追いつかれることもなくフランスはイギリスを出国した。
フランスは誰かに縋りたかった。助けて欲しかった。この気持ちも、罪も全て何処かに追いやりたかった。
電車の中で、啜り泣きながら手を伸ばしたのは、かつて己が初恋の芽を摘んだ弟分だった。彼には不思議な魅力がある。
ごめんな、これきりだよ。
遠く遠くへと行きたい気持ちだった。何もかも、まっさらになりたかった。
無垢な幼少期を過ごした場所で、生まれ変わりたかった。
次にパリに帰るのは、フランスだ。フランシスではないのだ。
*
イタリアは愕然とした。
苦しそうな声で語られるフランスの言葉は、フランスから紡がれているものだと思えなかった。
イタリアにとって、フランスはいつも飄々としていて、余裕綽々で、勝気で、ちょっと天邪鬼だけれど、優しくて気の良い兄貴分で。我儘で意地悪な時もあるけど、慈愛に満ちていて、愛の国として同類だけでなく、生きとし生けるものを『美しい』と言って愛している。そんなひとだ。
そんなひとが、『愛されること』にこれほど苦しんでいたなんて。
気の遠くなるほど長い時間、こんな苦しみを抱えながらフランスとして振る舞った彼を、一体誰が責めると言うのだろう。イタリアはそう思った。
この世には時折どうしようもないことに満ちている。イタリアだって、こう見えても伊達に1000年以上は生きている。そんなことは分かっているつもりだ。
そして、そのどうしようもないことに対して、頭では分かっていても、全部がどうしようもなくなって、心がぐちゃぐちゃになってしまうこともある。
イタリアは、フランスと自分を隔てる板があることをもどかしく思った。
気づけば体が動いていた。
ばん、と個室から飛び出して、フランスがいるはずの個室の扉を開け放った。
開くはずがない扉が開いたことに、フランスは目を丸くしといた。目元にはクマができていた。きっとここに来るまで眠れなかったのだろう。
「い、いたり、イタリア!?なん、な、な、なんで、嘘、俺、」
「フランシス兄ちゃん」
絶望の表情を浮かべるフランスにイタリアは両腕を伸ばす。
そして思いっきり、ぎゅうっと、ぎゅううっと抱きしめた。
「…………へ?」
予期しないイタリアの抱擁に、フランスからは情けない声が出た。イタリアは抱き寄せたフランスの背中をゆっくりと、とんとんと撫でてやった。はるか昔、フランスがまだフランスという名になる前にしてくれたことだった。
よく手入れされた見事なブロンドからはふわりと香水の香りがした。いい匂い。イタリアはそう思いながら目を閉じた。
「父と子と聖霊の御名によって、あなたを赦します」
「イタリア、」
「誰が赦さなくても、俺は赦すよ。んー、そもそもゆるすって言っても、俺怒ってないんだけどね〜」
イタリアのふわふわとした声は、まるで子守唄のようだった。
「な、やめて……おれ、それ以上、やられたら……」
「うん」
「泣く」
「……わはは!泣いちゃえ〜!俺よく泣くから知ってるんだけどさぁ、泣くとね、すげぇスッキリするよ」
誰も見てないよ。俺も見てないから。
イタリアはそう言って、フランスの頭を自分の肩に押し付けた。するとすぐに、ずびずびと音が聞こえ始める。ふるふると震える背中をさらにトントンと叩いて宥める。
「フランシス兄ちゃんはさぁ〜、考えすぎなんだよ」
「でも、」
「俺はさ、みんなに幸せになってほしいな。みんな楽しく過ごして、シエスタして……ね。そのみんなには、兄ちゃんも勿論入ってるよ」
「フェリシアーノ……」
「幸せになっちゃいけないひとなんて、いないんだよ。愛したり、愛されたりしたらいけないひとなんて、いないんだよ」
それはイタリアの願いだった。果たして、自分たちの神様がどう思っているのかまでは分からない。だけれども、そうであってほしいと思った。
ふるふると震える髪を撫でていると、やがて子供のようなしゃっくりをあげていたフランスの様子が落ち着いてきた。
暫くボーッとして、ゴシック建築でよく見られる蝙蝠のような天井を眺めていると、フランスがおずおずと顔を上げた。
「ごめ、おまえのふく、すごいことなった」
「いいよぉ。落ち着いた?」
「うん」
目を真っ赤にして、こくんと頷く兄貴分がどうしようもなく愛おしくなった。イタリアはにこにこと笑いかける。不謹慎かもしれないが、なんだか頼られているみたいでちょっと嬉しい。
「おまえ優しいのなぁ……今ならベッラにモテるぞ」
「ほんと!?カッコよかった!?」
「ちょーカッコよかったよ。王子様かと思った」
「やったー!」
フランスは無邪気に喜ぶイタリアを見て、初めて笑顔を見せた。そして、ゴシゴシと着ていた服の袖で目元を拭った。あぁ、そんな風にしてしまったらもっと赤くなってしまう。
「そうだ、フランシス兄ちゃん。お腹空いてない?泣いたらお腹減るでしょ?」
「……そういえば。昨日の夜から俺何も食べてないや」
「マンマミーア!ダメだよ!兄ちゃん、イタリアに来たからには空腹では返さないからね」
イタリアはそう言って、ウインクをした。そしてへたり込んだフランスを立ち上がらせる。
「まずはジェラートかな!甘いものっていいよね〜。よぉし、楽しい旅行の始まりだ〜!」
イタリアはそう言って、フランスの両腕を取った。いつになく頼り甲斐のあるイタリアに、フランスも絆される。
その時だった。
「おい、バカ弟!」
「え、あ、兄ちゃん!?」
「その旅行、もう一名様追加だぞコノヤロー」
新しい声が聞こえたかと思いきや、扉の方からロマーノが顔を覗かせていた。
もう一名様?ロマーノ自身のことだろうか?
そう呑気に考えていた2人だったが、彼の後ろから現れた人影に顔を強張らせた。
「よぉ」
「い、イギリス!?なんで!?」
イタリアの半ば叫び声に近い声に、フランスは反射的にイタリアの後ろに隠れた。こんなこと、ここ数百年で見たこともない光景だ。
「ふ、ふ、ふふ、ふら、ふ、フランシス兄ちゃん、俺のこと盾にしないでぇっ!!」
「だ、だ、だって、おま、いきなりは違うじゃん!いきなりは違うじゃん!!」
「……んだよ、そんな反応しなくたっていいだろ」
互いの体を抱きしめあいガタガタ震える二人を見て、イギリスは不満そうな顔をした。しかし、それでもなおイギリスは教会の中にズカズカと入ってくる。耐えきれなくなったフランスは、そのまま教会の奥へ逃げようとした。呆気に取られているイタリアの隣を、イギリスはそのまま通過していく。
「フェリシアーノ、世話をかけて悪かった」
「いや、いい、けど……大丈夫……?」
「なんとかする」
すれ違いざまにイギリスはそう言った。イタリアは心配そうにして見せたが、イギリスが片手に持っているものを見つけて、それ以上何も言わなかった。
イギリスはそのままフランスに追いついて、手首を掴んだ。
「は、離せよ……何しに来たんだよ……」
「お前言い逃げは許さねぇからな」
イギリスはそう言って、手に持っていたものをフランスに押し付けた。それは花束だった。見事なほどに真っ赤な薔薇が11本、フランスの腕の中に収まる。
「ロヴィーノに教えてもらった花屋で買った。急いでたから、ちゃんとした形式は踏めてないが元はと言えば飛び出したお前のせいなんだから文句言うなよな!」
そう早口で捲し立てるイギリスの白い肌は、仄かに赤く染まっていた。素直ではない彼が、今精一杯真っ直ぐな言葉を紡ごうと必死になっているのは誰の目から見ても明らかだ。
「お前な、お前……1000年片想い拗らせてる男に、あんなのってないだろ……」
「う、そ」
「嘘じゃねぇ」
「じゃあ、ゆめ?」
「すっとこばぁか。茶化すな。……茶化さないでくれよ、俺まで夢かと思っちまうだろ」
イタリアはそんな会話をする二人を眩しそうに見ながら、ゆっくりと教会の扉の方まで下がった。これ以上ここにいるのは野暮というものだ。イタリア男の名が廃ると言うものである。兄弟揃って背を向ける。
「ところで、なんでアーサーはここにフランシス兄ちゃんがいるって分かったの?」
「お前が昨日フランシスの野郎が来るって話を俺にして、俺がそれをアントーニョに言って……んで、すぐにパリまで追いかけてきたのにフランシスが見つからなくて焦ったアーサーがアントーニョに鬼電してたまたまバレた、っぽい」
「うわ〜すげぇ偶然!」
イタリアはそう言って嬉しそうにした。これはただの偶然ではない気がした。なるべくしてなったのだ。
フランシスは幸せになれと、きっとそういうことなのだ。
「ヴェネチア旅行、ハネムーンってやつになるのかな〜」
「ケッ、せいぜい金を搾り取ってやる」
兄弟のヒソヒソとした話し声がヴェネチアの水路に溶けていく。
教会の奥では、拗らせに拗らせた愛を確かめた二人の影が重なっていた。ステンドグラスはそれを祝福するように色とりどりの優しい光を落としていた。
完