あのヒトの顔が見える。どろどろの赤いものにたっぷり化粧されて、イッちまった目をしてる。
おれは卑屈な笑いをこぼした。と言っても、みっともなくぜぇぜぇいう息が洩れるだけのようなもんだけど。まあ多分、おれも似たようなもんだろう。片目真っ暗だし、汗かと思ってぬぐった液体はやたらとぬるついてる。
まだ生きてるほうの片目で、まだ動いてるあのヒトを見た。…あのヒトは平気なのかな。それともただ素でイッちまってるだけか。なら、おれのほうが少しはマシかもしれない。
ああまた一人倒れた。
おれが座り込んでる草むらの上に、あのヒトが斬り倒した野郎どもがぐったり寝そべっている。……だけじゃないか、おれがやったやつもいるもんな。
おれは笑っていたらしかった。腹がよじれて傷に障った。出来る事ならおれも眠りたい。
「どうした」
最後の一人をかたづけて、あのヒトはようやくおれに目をあてた。いつの間にか理性を被った目で、でも無造作に見下ろしてくる。なにか怪訝な顔をしている。はあはあと大きく肩で息を吐いて。
終わった。戦は終わった。
「…大丈夫か?」
おれはかろうじて笑った。頭も身体も、多分あまり大丈夫じゃない。
それが気に障ったようで、むっと口を尖らせたこのヒトはおれの前にかがみこんだ。
「ひどい顔だな」
お互い様だといおうとしてやめた。多分このヒトのほうは返り血ばっかりだろうから。…おれのは自分のもだいぶ混ざってた。うん、多分。多分ね。
「見えるか」
多分、真っ暗なほうの目のことをいってるんだろうと思って、また何故か、妙におかしかった。見た目からひどいんだなあ、この眼。このひとがそう思うくらいならもうだめなんだろうなあ。含み笑いをもらしながら首を振ると、彼はむっと眉を寄せた。
「なに呑気に笑ってる。出るぞ。立て」
大真面目だぜ、おれは。…やっぱりそれはいえなかった。
「立て、佐助」
きっとこのヒトも大真面目なんだろうな、と思いながら、おれは続けた。
「…無理」
「はぁ?」
「立てない」
事実を言ったまでだったけれど、彼はやたらと大げさに驚いた。なに、おれが仮病使ってるとか思うわけ?
「……立てないって言ってんの。だからさ、」
繰り返したら途方にくれた感じになった。置いていきなって。続けると、呆気に取られていた感じの目がぎゅっと怒った。
「なあ」
おれを担ぎ上げたこのヒトは、おれの溜息みたいな呟きに不機嫌な顔をした。
「黙ってろ」
「いや聞いてよ。今しか言わねえから」
いえないかもしれないから。
「愉しいんだよな、あんた」
「??」
「さっき、見て思った。人斬りながら、あんた笑ってた。」
そうだ、このひとは笑ってたんだ。それがとても楽しそうだから、おれも笑っていたんだ。
「……は」
奴は驚いたようだった。言葉の意味がわからなかったのかもしれない。おれの言葉はカタコトで、いっちゃなんだが頭の悪いこのヒトには高等すぎるだろうから。
「人斬るの、好きか? すきなんだろ。何で?」
腹の辺りの傷に全力疾走の振動が凶悪にしみた。実際しみるなんてもんじゃないけれど、けれども全身の力を抜いていると何か心地よかった。走る真紅。その上のおれ。
返答がなかったのでおれはひとつ、長い息を吐いて続ける。
「オレ様、な。実は嫌いなんだ。手のなかで骨がおれるかんしょくがする。ばぎっ、ごぎっ、て音するだろ。でも相手はのたうちまわるだけでそう簡単には死にやしねえ。…あんたは、どうだ?」
振動が立ち止まって突き出た首がくるりとおれのほうを見た。呆気にとられたような、不快なような、哀れんでもいるような顔をしていた。ただ、返り血で出来た模様が可笑しかった。
答えなんかとうの昔に知っているつもりだった。そんなのは戦いぶりを見てればわかるから。
問題にしたかったのはこのヒトに自覚症状があるのか、どうか。おれが訊きたいのはそういったことだったんだけれども。