研究室の主とやらは、レコベルを手放すのを惜しがっていたようだった。最後の日、持ち出したい荷物があるからと立ち寄ったその埃くさい部屋で紙束や石ころに埋もれるように居たやせっぽちの老人は枯れ枝のような手で少女の手を握りしめ、いつでも帰ってきていいんだよ、などと言っていた。
ピロはその場で部屋に火を放ってやろうかと考えた。粗末なカーテンも、長い時間をかけて集められた品々もその老人も、さぞかしよく燃えることだろうと思った。
「あの、ありがとうございます」
「何がだ」
「研究室に援助をいただいたそうで……」
「貴様が働いて返すに決まっておろうが」
「……」
レコベルの旅行鞄は大きく膨らんでいたが、中身はわずかな衣類と最低限の身の回りの品の他はその研究室にあったものと同じような、紙束や本や、石ころにしか見えないようなものばかりであるようだった。
持ち重りのする荷物に振り回されて左右によろよろとしながら歩くレコベルの前を、ピロは大股で歩いた。
大きなため息が聞こえて、それから、観念したように質問される。
「働くって、結局あたしは何をするんでしょう?」
「療術と念術が使えるなら如何様にも働きようはあろうがな……ひとまずは私の下に付ける。回復役と通信役を頼んでいたところだ」
「……戦争に行くんですか」
俯いた少女の瞳が暗くなる。当たり前のことだ。戦いこそ是の時代だ。旧人、凡愚、あらゆる敵を焼き払うことこそ誉れ。
「我が旅団に敵はない。貴様はただ眺めておればよい」