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    limbo__666

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    limbo__666

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    大谷吉継推し三吉派でした
    小説4本・微グロ描写あり

    戦国BASARA3の小説■野狐禅
    個人的に感じていた家→三→吉のパラレル話

     冬の初めのある日、とある武士の家に待望の長子が生まれた。しかし生まれた子の産声は小さく、脚がくしゃりと縮こまり肌は死人の様に蒼褪めた、まさに蛭子を思わせる醜い姿であった。その有様に家中の者は色を無くし、待望の長子ではあるがこれではお役には立ちますまい。市井の口の端で嘲られる前に疾くに殺してしまわねばと、母から離した赤子を囲んで途方に暮れていた所に、その姿を一目見るなりひいと気を失った奥方が目を覚まし、我が子はどこだ、今すぐに我が子をこの腕に返せと、屋敷を切り裂くような高い声でわめき出した。その様は鬼子母神もかくやと言わんばかりに激しく、手弱女を体現したように大人しい常の姿からは思いもよらず、赤子を囲む家中の者はその様子に驚きながらも、奥方の命ずる通りに赤子を連れてきた。満足に息も吐けぬ様子で、口の端からごぶごぶと泡を吹く赤子をおそるおそる差し出せば、奥方は奪い取るようにひっしと腕の中に囲み、おおよしよし、何と可愛い私のやや子。どこにも離しはせぬ故安心おし。と、それまでと打って変わり、菩薩のようなやわらかな慈愛の微笑を浮かべながら、腕の中の醜い赤子をあやし始めた。腹を痛めて生んだ初子に向ける微笑は奥方の美貌をいっそう際立たせ、様子を伺っていた家中の者は一寸前の烈しい様子をすっかり忘れ、ひたすらホウと見蕩れていた。
     やがて、清められた産褥の場に奥方の夫が通された。夫は大変徳高く優しい男で、奥方の姿を見て一目散にかけ寄ると、赤子をあやすその肩を支えながら我が子の醜い姿には一つもこだわらず、これもまた幸せそうに眦を下げていた。その様な、幸せに満ちた家族の有様を見た上でかくの如きことを進んで申せる者などおらず、醜い赤子はそのまま生かされることとなった。

     慶松と名付けられた赤子は屋敷の最奥にある座敷に預けられ、弱い体はころころと体調を崩しその度に家中の者を怯えさせた。奥方は、自分が居らぬ折に何かあっては一大事と、次第に奥座敷に篭って慶松の看病をする様になり、お手を煩わせてはと家中の者が恐縮すると、母の務めとして子を労るのは当然であろうと強くきっぱりと言い放ち、一同を唖然とさせた。全く、それまでの奥方ときたら少女がそのまま大きくなったような、何とも頼りなくなよなよとした御方であったのに、母となればかように御立派になられるのかと、家中の者は心を震わせ、何事も奥方の望むままにさせるようになった。
     しかし、奥方の様子はそれからどうにもおかしくなってしまった。
     弱い体ではあるが慶松も日がな年中調子を崩していたわけではない。慶松の調子の良い日が続けば、奥方は我が子を相手にして様々な遊戯を楽しんだ。それは豪奢な晴れ着を日に何度も着せ替えさせたり、ちりめんで作られた花やら果物やらを並べてままごとをしたり、色とりどりのガラス玉を照日に透かして眺めたりといった、他愛もない少女の遊びばかりであったが、閉め切られた奥座敷の中で、醜い赤子を相手に朝から晩まで遊びに耽る様子は、傍目から見てあまり気味のよいものではなかった。
     そうして次第に、奥方は慶松以外のことに対して関心を払わなくなっていった。まだ夫に対しては必要あれば薄く返事をするが、家中の者などまるで目に映らぬといった様子で、只、あれをせいこれをせいと、慶松に関わることばかり命じる様子は大変に厳しいものだった。また奥方は、自分以外のものが慶松に触れることを極端なまでに嫌うようになった。奥方の腕が辛かろうと、代わって慶松を抱いてやろうかと女中が腕を伸ばせばその手をぴしゃりと打ち払う。夫が慶松の頬をなぜようと、武骨な掌でちらと触れれば途端に激昂し、夫から引き離すように慶松を掻き抱き触れるなと鋭く叫ぶ有様に、流石の夫もどうしたものかと悩んだが、母になれば女は得てしてああなるものなのかも知れぬ、その内に治るであろう。と、楽観を決め込んでしまった。多少度が過ぎてはいたが、満足に這うことも出来ぬ慶松の手をとり膝を抱え、あれやこれやと世話を焼く様は、母の愛故の優しさに満ちたものであったのだ。

     さて、その奥方は美貌の人として知られていたが後家であった。家中の者は初めこそ、初産が不具の子であった心情を慮り、多少の我侭には目をつむろうと考えていたが、うんざりさせられる傍若無人な振舞いが次々と続くにつれ、満足にお役目も果たさず何という有様かと、奥方に聞こえるよう陰口を叩き始めた。勿論、閉じた襖の向こうの奥方がどのような貌を浮かべているかは誰も知らなかった。

     そして一巡りした夏の半ば、奥方は二人目の子を成した。長子と違い体のどこにも異常はなく、体の隅々まで精気に満ち溢れた、夫によく似た太陽のような男子である。つんざくような産声も嬉しく、家中の者の誰もが希望の光に満たされた。そして、足腰も立たぬ不気味な長子よりよっぽど可愛かろう、奥方の執心もそちらに向かうだろうと当たり前のように考えていたが、奥方は産辱が過ぎればまた元のように奥座敷に篭り、それ以後も竹千代と名付けられた我が子に対し関心を払うことは無かった。
     母の愛を得られぬ子の姿は哀れとしか言いようが無く、夫は何度も、竹千代に構ってやるよう苦言を呈したが、奥方はその場限りでしおらしく頷くも、慶松の居る奥座敷に篭る様子は改善されず、結局何一つ状況が変わることはなかった。夫と家中の者は、せめて不自由な思いをさせまいと精一杯に愛情を注ぎ、その甲斐あってか、竹千代はひねくれることなく明るく快活に、素直に育っていった。
     そして二つの秋が終わり、奥方は三人目の子を成した。これもまた男子であったが、その面相は夫にも奥方にも似ておらず、あろうことか僅かに生える毛のすべてが、刃を思わせる白色に輝いていた。家中の者は、もしや不義の子では。と、長子誕生の時以上に慄き、これは旦那様に見せる前にいよいよ殺さねばならぬと慌てふためいていると、そのやりとりを聞いていた産婆が、この御子様は生まれるにあたり腹の中に色を忘れてきたのでございます。世間では白子と呼ばれ、私はこの御子様と同じような赤子を何十と取り上げて参りました。どこの夫婦の間に生まれようと、白子として生まれれば皆一様にこのような顔になります。決して不義の子ではございませぬ故、何卒ご容赦くださりませと嘆願した。産婆の言い分はにわかには承知し難いものであったが、その必死さに家中の者の心は揺れた。しかし、そもそも長子に続きまたも生まれた異形であることには違いない。最早竹千代が居れば世継ぎの心配も要らぬし、この調子ならまた遠からず奥方は子を成されるだろう。しからば赤子を殺してしまって何の不都合があるだろうかと、ぼつぼつ家中の者の考えがまとまり始めた頃、何を察したのか、血の匂いも新しい産褥の場に突然夫が現れた。泣き叫ぶ我が子の白さを見、それを囲む家中の者が驚きに身を固める様子を直ちに察し、黒い瞳を怒りのあまり爛々と輝かせながら、またも長子と同じ仕打ちをせんとしておったな、お前達には人の情というものが無いのか。と、居並ぶ一同を烈火の如く叱咤した。家中の者は震え上がり、直ちに額を床に擦り付けお許し下さいませと、泣き出さんばかりに許しを乞うたが、そのすぐ傍で、子を生んだばかりの奥方は何を言うこともなく、ただ空を見つめていた。夫はその様子を悲しげに一瞥すると囲いの中から我が子を取り出し、お前は正に刃の如く強く気高くあらねばな。と、生まれたばかりの温もりを胸にしっかりと抱きながら、ぽつと呟いた。
     末の子は佐吉と名付けられた。佐吉は姿こそ驚かされるが体は至って頑強で、性格は多少偏屈の気があるが、それも愛嬌であると思わせる聡明の兆しがあった。が、同じような異形の面相であればせめて興味も慶松から削がれるか、という家中の者の下劣な期待をよそに、奥方はやはり産褥が過ぎると奥座敷に閉じこもり、最早その他の何事にも関心を示すことは無かった。
     朗らかで、あまり細かなことを気にする性質ではない兄竹千代と、融通がきかず癇癪持ちの弟佐吉。この真反対の兄弟2人が素直に仲良く出来るわけもなく、しかし竹千代のほうではあまり頓着せず、弟が出来た嬉しさのままにどこへ行くにも佐吉を連れまわし、佐吉はそれを面倒に思うそぶりを隠そうともしなかったが、沸々と文句を垂れながらも結局そのまま従っていた。母の居らぬ兄弟二人は、そうして寂しさを紛らわせていた。家中の者は、これ以上不憫な思いをさせまいとひたすらに幼子達に尽くしていたが、奥方のおかしな振る舞いは次第に市井に伝わるところとなっていた。

     月日は流れ、奥方の執心は変わらぬどころかいよいよ狂癇の様相を見せてきた。気がつけば、奥座敷へ至る廊下の前には鍵戸が付けられており、部屋の襖には内側から閂が通され、何人たりとも足を踏み入れることが出来ぬよう設えられていた。慶松はまるで幽閉されるかのように、幾重にも囲われたその中に伏せり、今だ小さなその体で母の執愛を一身に享受していた。夫は何度となく辛抱強く、奥方の振舞いを改心させようと時に優しく時に厳しく、己の心情を何度も説いたが、その思いが奥方に届くことはなかった。
     その模糊とした日がいつまでも続くように思われていたある日、竹千代と佐吉が泣きながら屋敷に帰ってきた。出迎えた家中の者が何事かと問うと、お前の母は物憑きなのだから、その腹から生まれたお前たちは畜生に違いないと、さんざん馬鹿にされたというのだ。母の事でなじられるのはこの兄弟にとって常であったが、この度は余程酷かったらしく、家中の者も何と悔しく情けないことかと涙を流して夫に訴え、あまりに悲惨なその様子を見るにつけ、穏便な性の夫の堪忍袋の緒も遂に千切れた。

     鍵のかけられた戸を斧を持ち出して打ち砕き、閂ごと襖を張り倒して奥座敷に乗り込むと、そこに控える奥方は丁度、慶松を着替えさせようと裸の体に着物の袖を通している所であった。その様子は怪しく、年端に似合わぬ人形遊びとも見え、夫は腸の煮立つ音を聞きながら声を荒げて奥方に詰め寄り、かつてなくさんざんに責め立てた。お前は病を盾に取り、自らの怠惰を子供の甘えにすり替えているだけだ。慶松は確かに哀れであるがそれは天命、しかし母の愛が得られぬ竹千代と佐吉はお前のせいで哀れと呼ばれる。それを恥ずかしいと悔いる心はないのか。と、ひとしきり言い終えた後、流石に激昂するかと身構えた夫は、慶松を腕に抱いたまま顔を俯けた奥方の様子を伺った。
     奥方はその怒りを聞くだけ聞くと、俯いたまま静かに口を開いた。この子に執心が過ぎると確かに自覚はしておりますが、決して、下の子二人を疎ましく思っている訳ではございませぬ。しかし、私が愛してやらねば誰がこの子を愛でましょう。その、この子の哀ればかりを思えば他の何にも気が向かず、知らず傾く心のままに今日の今に至る有様。ああ、何と情けないことでございましょう。どうか御手ずから、この弱く卑しい心根をご叱咤くださいませ。と、言い終わる頃には、奥方は肩を震わせてぽろぽろと涙を流し、許しを請うように夫を上目遣いに見詰めた。その腕に抱かれたままの慶松は、おろおろしながらも小さな手を母の頬に寄せ、頬をつたう涙をぬぐう素振りを見せ、奥方はその様子にまた一層声を大きく上げた。流石に言葉が過ぎたかと後悔の波が押し寄せてきた夫は、お前が一番辛く苦しいのは分かっている。ならばその苦しみを共に分かつことは出来ないのか。と、やはり目に涙を浮かべながら奥方に問うのであったが、そこからお互いに何を言うことも出来ず、ただ奥方の泣き声だけがいつまでも続いた。
     怖い思いをさせてすまなかったな。と言い残し、夫は肩を落として奥座敷を後にした。長い廊下を渡る最中、思えば佐吉が生まれてより夫婦が褥を共にした日は一日も無かったか。と、ふと思い出され、後家の奥方の輿入れにあたり嘗て自らに決した様々なこともまた思い出され、すると今の自分の体たらくが愈々情けなくなり、ついに溢れる涙を止めることが出来ず、傍らの襖に寄りかかり静かに泣いた。

     明くる日、奥方は奥座敷に竹千代と佐吉を招いた。二人にしてみれば、そもそも母に名を呼ばれることさえ記憶に無い有様だったので、何事だろうと怯えながらおそるおそる声をかけると、中からはお入りなさいと美しい母の声がした。どくどくと波打つ胸を押さえつけ、さっと一息に襖を開けると、そこには豪奢な着物に身を包んだ長兄と、長兄を膝に抱く母とが座って居た。いつも母が兄様を独り占めしていてごめんなさいね、今日は皆で遊びましょう。と、まるで天人のような美しい顔ばせの母が笑いかけて来る。さてこれは夢か幻かと二人がぽかんとしていると、母は傍らに重ねたかるたを前に差し出し、百人一首は学んでおりますか。と、訊ねてきた。先に正気に帰った佐吉が、すべて諳んじることが出来ますと答えると、では小兄様をお相手になさい。と、母はさっさと札を並べ始めた。勝手に試合を決められた竹千代はというと、一応すべての句を暗記してはいるつもりだったが、上の句と下の句の繋ぎ目が何ともあやふやで、とても自信をもって勝負に挑めるものではない。また、弟の佐吉は誰よりも頑固で何よりも負けず嫌いである。既に負けがちらつく勝負にあまり気乗りがしなかったが、迦陵頻伽もかくやと思わせる母の声が朗々と響くと、ならば無様な真似はさらせぬと竹千代はことさら奮闘した。勝負を決してみればやはり佐吉のほうが多く札を取っていたが、竹千代は悔しがりながらももう一戦と申し込み、佐吉は佐吉で次は全ての札を自分が取ってやると息巻きながら、札を切る母に向かい早く次をとせがむのであった。
     竹千代の奮闘もむなしく、その後は佐吉の連勝であった。尚挫けぬ竹千代は果敢に勝負に挑むが、佐吉は続く連勝に既に飽き始めており、すると自然と部屋の様子に意識が逸れた。部屋は日が差してはいるが薄暗く、昼間だというのに蝋燭が灯されていることに今更気づき、生来不思議とけちが染み付く佐吉は子供らしからず、なんと贅沢なと眉を顰めずにはいられなかった。加えて辺りそこらには、遊ぶ自分達を囲むように大小の人形や遊戯の道具が散らかり、またその後ろに立てられた御衣掛には沢山の美しい着物や帯が乱雑に掛けられ、あれでは高価な着物に皺が寄ってしまうだろうと、佐吉はまたもけち臭く思った。
     その中で美しい母の姿にも見慣れると、膝に抱かれている長兄の様子も気になり始めた。竹千代も佐吉も、長兄と対面するのはこの場が初めてである。体は末子の佐吉より尚小さく、また顔は白い頭巾で覆われやたら輝く眼しか伺うことが出来ないが、それでも弟達の様子を楽しげに眺めている様子は何となく感じられ、しかし身じろぎ一つすることもなく大人しく母の膝にちょこんと収まる姿は、言われなければ少し大きな人形にしか見えなかった。無遠慮に長兄をじろじろ見廻す佐吉の様子に気付いた竹千代が窘めようとしたが、それよりも先に母が口を開き、兄様が身につけているこれは、母の着物を直したものなのですよ。と教えられた佐吉は、何故男子が女子の着物を纏っているのか理由が分からず、さて兄様ではなく姉様だったのだろうかと愚直に混乱し始め、しかし続いて、お前達にも下緒が要り用となる頃には、母の帯締めでこさえてやりましょうね。と言われると、前の疑問などころりと忘れ、竹千代共々飛び跳ねて騒ぎ喜んだ。

     日差しに朱が混じる頃には竹千代も佐吉も遊び疲れ、今日はこれまでとなった。帰り際、それまで母の膝からぴくりとも動かなかった慶松が、振袖に隠されていた両手を竹千代と佐吉に伸ばしてきた。咄嗟にその手を取ると、兄の手は自分のものよりはるかに小さく柔らかく弟二人は驚かされた。兄様はまた今度と申しておりますよ。と、母が優しく教えれば竹千代も佐吉もいよいよ有頂天となり、きゃっきゃとはしゃいで足取り軽く廊下を渡って帰っていった。その常に無くにぎやかな様子を知り、ようやく奥方も正気に返られたかと、家中の者も胸を撫で下ろし喜んだ。
     しかし、あとに残された奥方が、腕の中の慶松をするすると撫でながら「最早役目は果たした」と呟いたことは、誰が知る由もなかった。

     その夜突然に、慶松の歯がいきなり三本ぽろりと抜け、抜けた所からえんえん血が湧き一向に止まらなくなった。奥方は医者を呼びつけ、前々から慶松の歯の根の膿がひどく、あまりにつらそうだから切ってやってくれと命じておったのに、慶松の体では手術に使う麻酔に耐えられるか分かりませぬなどとお前が抜かす故、時期を待っていたらこの様ではないか。早くに何とかせいと詰め寄った。医者は取りあえず口に布を詰め、今日は時も遅いためまた明日にでもと断ったが、待った挙句のこの有様、お前はこのまま慶松の歯が朽ち、満足にままを食うことも出来ず痩せ衰えれば良いと言うのか。と、般若の形相で恫喝され、気圧された医者はその夜の内に急ぎ手術を行うこととなった。歯の根を切ると言われた慶松は、口に含んだ布からぽたぽたと血を垂らしながら、いやいやと弱々しく泣いていたが、お前の為よ辛抱おし、と優しく頬をなぜる母の手に次第に心が落ち着いたらしく、それでも不安気に涙をぽろぽろと零しながら、麻酔の毒に深くまどろんだ。
     膿は取り出されたが、慶松の意識はそれから覚めること無く、切ったところからはこんこんと血が湧き続けた。奥方は始終口をつけ溜まる血水をすすり続けていたが、とうとう水の様な血の流れは死ぬまで止まらず、母に合わせて意識の無いままにこくこくと喉を鳴らしていた慶松は、口の周りを真っ赤に染めながら次第に冷たくなってしまった。奥方は、医者が何度その死を告げようと腕の中の慶松の骸を放そうとせず、唇から慶松の血を滴らせながらいつまでもその名を呟いていた。

     簡単な葬儀がひっそりと行われ、慶松の骸は荼毘に付されることとなった。家中の者にしてみれば、これでようやく奥方の狂癇も晴れるであろうとどこか安堵する心持ちであったが、それでもやはり年端もいかぬ幼子の死は悲しいもので、屋敷は暗い空気に沈んでいた。弟二人にとっては、兄と言ってもまるでお伽話の人のように実感の無い存在であったが、今しがた母上と一緒にようやくお話することが出来たと喜んだ矢先のことである。突然に死んだと言われても意味が分からず、しかし白布をかけられ横たわる姿は最早人ではなく、その恐ろしさの正体も分からぬまま二人してひたすら泣き叫んでいた。また夫も、もっと自分がしっかりとしていればこの様な事にはならなかったのではと、我が子のあまりにあっけない、早過ぎる死を突き付けられ、絶望と悲しみとにひたすら打ちひしがれた。葬儀の折にはそれこそ狂乱するものとばかり思われていた奥方であったが、その骸を預けてからはただぼんやりと、事の成り行きを静かに見つめるばかりとなっており、あまりの悲しみに心を失っていなさるのだと哀れむ他は無かった。

     それは澄み渡った秋晴れの日であった。一行はとぼとぼと列をなし、布に包まれた小さな遺骸を三昧場まで担いでいった。鬱蒼と木々が茂る山の麓に辿り着くと、男手は穴を掘り出し、その他の者は切花や薪を並べて、火葬の準備を粛々と進めた。掘り終わった浅い穴に慶松の遺骸を据え置くと、その小さき様を一層見せつけられ、それまで呆然としていた奥方はとうとう泣き出し穴の縁にへたり込んでしまった。火を付けるので危のうございます。という声も聞かずに顔を伏せ、しくしくと噎び泣く様を見かねた夫は、奥方の傍に駆け寄りその薄い肩を抱き、しかし溢れる涙を抑えること無く声を震わせ大声で泣いた。家中の者は仕方なく、乾いた薪を遺骸の上に敷き詰め切花を飾り終わり、嗚咽混じりの夫の許可を確認すると、終に火が放たれた。しばらく靄のような白い煙が広がり、やがてブスブスと音を立てながら黒い煙が濛々と上がり、辺り一面には肉を焼く強い臭いが立ち込めた。
     その時奇妙な事が起きた。慶松の身を焼き立ちのぼった煙が、そのまま天に登ることなく中空で渦巻いているのである。様子に気づいた家中の者が何事かと騒然とする中で、渦巻く煙からひらひらと、一匹の蝶が舞い下りてきた。その赤色は血の如く、また白色は骨の如くに鮮やかな斑を織りなしており、とても現世のものとは思えぬ禍々しい姿に一同が恐れをなしていると、突然、穴の傍らに伏していた奥方がすっくと立ち上がった。驚いた夫が見詰める先で、そのまま奥方は獣のごとくひょいと飛び跳ね身を転じると、後に足をつけて現れたのは、末子に似た白銀の毛に身を包み九つの滑らかな尾を持つ、巨大な野狐であった。ひらひらと舞い降りた蝶は野狐の額にふわりと止まり、そうすると野狐は嬉しそうに目を細め、一声大きく「コン」と鳴くと、大きく飛び跳ね山の木々の間に消えた。何が起きたか見当がつかず、只呆然とするしかない一同の傍らで、慶松の身は今だ轟々と燃え続けており、しかし煙は正しく天に向かい、澄み渡った青空を墨のごとく滲ませていた。






    ■山のあなた
    昔を回想する三成の話

     「山の紅葉が見事だからもみじ狩りにゆこう」と、しきりに家康が誘うのがあまりに煩わしく、ついに折れて高尾の山を登る羽目になった。山のものの中では一等もみじがよく感じられるので悪い気はしない、決して悪い気はしないが、何故こいつと一緒なのだという思いは未だ胸に燻る。しかし、わざわざ京まで足を伸ばした甲斐がある程度には、山の紅葉は見事であった。上から下の、あたり四方の隅々まで、橙や赤に色付いたもみじが埋め尽くしている。その重なり合う葉と葉の間を陽光が貫き、照らされた葉が一層輝き、踏みしだき分け入る度に、まるで黄金色に燃え立つ焔の中を歩いているかのような気になるのだった。

     道中の寺院に立ち寄りながら、あのもみじこのもみじと目移りしながら眺め歩くのは楽しい、それは楽しくはあるが、一体何が楽しくてこいつと並んでにぎり飯を食わねばならんのかと、ふと正気に戻された。言い難い空しさが胸を貫き、思わず溜息がこぼれたが、横で騒ぎ立てる家康はその様な私の胸の内を推し量ることなど微塵も無い。この無様な現状を意識から締め出し、只鮮やかなもみじにのみ心を満たすよう念じながら白いにぎり飯を手にしていると、ふと昔が思い起こされた。

     私が父母の元から離れ、秀吉様の小姓として働き出してすぐに吉継と出会った。その頃は私は佐吉と呼ばれ、吉継は紀之介と呼ばれていた。
     紀之介は私より年が上で、身丈は私をはるかに超えていたが、幼い頃から体が弱く、屋敷の奥まったところに与えられた一人部屋で、一日の殆どを床に伏して過ごしていた。肌は白く、顔はいつも熱っぽく赤らみ、常に皮膚のいずこかに湿疹が出ており空気に晒されぬよう布が巻かれていた。馬鹿な大人よりも大層頭が良く博識に富んでおり、物言いは年上らしく私をからかうことが多かったが、声や仕草の節々が弱々しく、何とはなく私が守ってやらねばという気にさせるのだった。

     梅雨の頃だった。ある日、小姓部屋の隅で書を暗じていると、廊下から「佐吉」と呼ばれた。振り向くと襖戸の前に頭巾で頭を隠した紀之介がいる。話をする折には私から紀之介の部屋に赴くのが常であったため、驚きながらどうしたと尋ねた。
    「のう佐吉、ちと遠出をせぬか。」
    「遠出?」
    「この通り女中に弁当も作らせた、あとはぬしが支度をするだけよ。」
    「遠出なんかして大丈夫なのか?」
    「ぬしが安ずるには及ばぬわ。しからば早う支度をせい。」
     支度と言われはしたが、何を持ってゆけば良いのか分からず、とりあえず手拭いと、残っていた手持ちの干菓子を小箱に入れ、風呂敷で包み肩にかけた。支度の整ったさまを確認し満足そうな笑を浮かべ、紀之介は私の手を取ってゆっくりと廊下を渡りはじめた。
     体の弱い紀之介は、生まれてこのかた屋敷から出たことが無いと言う。そんな紀之介がどこに行くのだろうと疑問に思いながら、廊下はどこまでもうねうねと続いた。幾度か渡り廊下を過ぎ、やがて未だ訪れたことのない屋敷の中枢にまで入っていった。只の白張りでない、幽玄な、墨の濃淡で描かれた花や木々が描かれた襖が続き、段々と様子が豪勢になっていく。途中2人ほど侍女とすれ違ったが、横目でじろりと睨まれただけで、特に何か言われることはなかった。しかしこの辺りは既に、自分のようなものが用も無く入って良い場所で無い。不安になりながら前の紀之介を伺うと、「もうすぐよ、我慢せい」と察して声を掛けてきた。梅雨の合間の、晴れた暖かな日であったが、日の当たらぬ廊下は暗く冷たく、漠然と、このまま帰れなくなるのではという気がして仕方が無かった。

     やがて角を曲がると日の当る縁側に出、そこで紀之介が止まった。見ると先の部屋の襖が開いている。中は見えないが、庭の造りや雰囲気からして、相当身分が高いものの部屋のようであった。
    「竹中殿」
    「やあ、いらっしゃい。」
    開いた襖からひょっこりと顔を出されたのは、豊臣軍が軍師、竹中半兵衛様であった。そこは半兵衛様の御居室であったのだ。
    「遠いところまでよく来たね。ゆっくりしていきなさい。」
    驚きに頭が追いつかず只々身を凍らせる私の横で、紀之介は「ヤレヤレ」と老人のような声を出しながらさっさと座布団の上に腰を据えた。
    「なな、何故、半兵衛様のお部屋に…」
    「遠出と言ったであろう。ハア、われはすっかり足がくたびれたわ。」
    屋敷の中を移動したに過ぎないが、紀之介には相当の労働だったのだろう。端から足を崩して脛をさすっていた。
    「佐吉くんも疲れたろう?早くお座りよ。」
    花のような微笑みを向けられすっかり呆けていると、横から「早う座りやれ」と着物の裾を引かれ、慌てて正座した。ギクシャクと動く私の様子が余程可笑しかったらしく、半兵衛様は喉の奥でころころと笑われ、その様もまた美しいものであった。
    「見てご覧。庭に娑羅が咲いているだろう。丁度見頃だから、暇な時においでと紀之介を誘ったんだよ。」
    見ると、庭には白い可憐な花をつけた木があった。苔むした木の根元には、はたはたと落ちた花が無数に広がり、苔のあざやかな緑に白が一層映えていた。
    「娑羅とは沙羅双樹のことでしょうか。」
    「そう。この花は『盛者必衰の理』の通りに、朝咲くと夕方には殆ど散ってしまう。ほら、落ちた花が根元にいくらもあるだろう?儚い様に思えるけれど、それはこの花の一つ一つが懸命に天寿を全うした証なんだ。僕はこの花を見ると、『今日すべきことを明日に延ばさず、確かにしていくことこそ、よい一日を生きる道である』という釈迦の教えが、改めて身にしみて感じられるよ。」
    花の名さえ知らぬ無学な私に、半兵衛様はなんとありがたい説法を説いて下さるのだろう。
    「しかしなァ、天竺にある沙羅双樹と日の本のそれとは違うと…」
    横の紀之介が何やら小声で沸々と言っていたが、それでも美しい花の様は見飽きぬらしく、足をさする手を止め玉眼に白い花弁を写していた。

    「さて、遠出をしたらば飯よ飯。腹が減って仕方が無いわ。」
     花の様子にすっかり心奪われていると、紀之介が思い出したように呟いた。よっこら、とまたも老人のような口ぶりで紀之介が傍らの荷を持ち上げ、中のものを取り出すのを見れば、結構な量のにぎり飯である。こんなに沢山のにぎり飯を持って移動するのはさぞしんどかったことだろう。何故代わりに私が持ってやるよう気付けなかったのかと、今更自分の気の足らなさに気付かされ、それが恥ずかしく恨めしく、後悔しても仕方が無いとは思いつつも、只々情けない限りだった。
    「おいしそうだねぇ、僕の分もあるかい?」
    「竹中殿が召されるにはあまりに貧相なものではございますが、数だけは有りますゆえ、気が向かれましたら是非に。」
    そう言って紀之介はさっそくにぎり飯に手を伸ばしていた。
     にぎり飯には大根の漬物が付けられていたが、半兵衛様の御前で、音を立ててそれを食うのは非常に気が引けた。しかし紀之介は端から構わず、あろうことか半兵衛様も「なつかしいねぇ」などと言われながら、何の遠慮も無くばりばり食されていた。自分の間抜けさに一人落胆していたが、自分の周りをばりばりばりばりという音が囲んでいれば、肩の力も抜けるというものだ。口をむしゃむしゃと動かしながら「どうした、早う食いやれ」と差し出されたにぎり飯を受け取ると、途端に腹の虫が鳴き出し、せめてあまり音を立てぬよう気をつけよう、と思いながら漬物をつまみ、ぱり、と噛んだ。何の変哲もないただのにぎり飯だったが、紀之介は常に無くよく食べ、また半兵衛様もうまそうに頬張られていた。庭先で温まった日が部屋の中にさし込み、耳に良い小鳥の囀りが時折響いていた。

    「そうそう、丁度お菓子があるんだった。」
    にぎり飯をたらふく平らげ、だらしなく伸びていた私たちの元に半兵衛様が持って来られたのは、丸い餅に黄色の粉がかかった菓子だった。
    「餅だ!」
    「岡大夫…!」
    思わず叫んでしまい、慌てて口をつぐんだが、横の紀之介は謎の言葉を低く唸り、それを凝視していた。
    「佐吉くんは初めてかい?僕はいくらでも食べてしまう位これが好物でね。」
    紀之介が岡大夫と呼んだ菓子は、よく見ると私が見慣れた餅とは大分違っていた。粉に隠れている色は黒く、それは皮が透明で、中にある餡が透けて見えているのだと分かった。菓子切りを差すと、ふるりと粉が震える。粉を散らさないようおそるおそる口に入れると、柔らかく、とろけるような甘みが口いっぱいに広がった。今までに味わったことのないあまりの旨さに言葉が告げず、ただほうと息が漏れた。
    「僕はいつも食べているから、口に合えば君たちで全部食べておくれよ。」
    そんな恐れ多い、と言おうとした横で紀之介はさっと2口目に手を伸ばしていた。
    思わず睨みつけると、
    「こんな馳走、滅多に食べられるものではないからなァ。主が食わぬなら我が平らげてやるぞ。」
    そう言いながらしれっとした顔で、もう次に手を伸ばしていた。
    「ほら佐吉くん、遠慮しただけ損だよ。」
    「ですが、こんな旨いものをただで頂くわけには…」
    紀之介は女中に作らせたとはいえ、にぎり飯を持ってきていた。対して私は何も持ってきていない。
    「佐吉くんは律儀だねぇ。じゃあ・・・そうだ、その小箱の中身をかわりに貰おうかな。」
    そう言って半兵衛様がお手に取られたのは、私が持ってきた粗末な干菓子が入った箱だった。
    「あ、それは…!」
    「干菓子じゃないか、丁度良い。ちょっと茶を飲み過ぎて口が湿って仕方がないんだ。これ、食べていいかな?」
    「も、勿論でございます!」
    今思えば、そんな粗末な干菓子を所望されたとはいえよくも臆面も無く差し出せたものだと、恥じると同時に半兵衛様の情け深さに目頭が熱くなる。因みに、そのやりとりの最中も紀之介はばくばくと食べ続け、あっという間に自分の割り当て分を平らげた上に、勿体無くちびちびと食べる私に「いらぬなら寄こせ」と何度もがめつく催促してきた。無論、半兵衛様から直々に頂いた菓子をやるつもりなど毛の先ほども無かったが、いつになく元気な様子の紀之介に、甘味で満たされた頬の為ばかりでなく、口の端が上がるのだった。

    「しかし、菓子に大夫とは変ではありませんか。」
     紀之介の魔手から菓子の皿を固く守りながら、ふと疑問が口から漏れた。
    「ああそれはね、この菓子は本当は蕨餅と言うんだけど、古くは延喜の帝が大変好まれた故に、この菓子に五位の位を授けられたと伝えられているんだよ。それを題に取った面白い申楽があってね、紀之介はそこから知っていたんだろうねぇ。」
    「竹中殿・・・」
    「紀之介は申楽を見たことがあるのか?」
    常の通りに美しい笑みをたたえながら発せられた半兵衛様のお言葉に、うんざりといった風で紀之介はため息をついた。私がまだ父母の元にいた頃、近くに座が訪れ、兄弟と連れ立って見物したことがあったが、ここの小姓として働き始めてからそのような事は無い。生まれてこのかた屋敷を出たことが無いという紀之介が、申楽の題目を知っているというのは不思議だった。
    「佐吉、ここからは他言無用ぞ。」
    「何だ?」
    「我はこの通り、屋敷の内より外に出たことがない。それを太閤殿はいたく不憫と情けをかけて下さってな。ほれ、たまに家臣のものを集めここで宴を催されるであろう。その折に座を呼ぶ事があれば、こそりと様子を幕の内から覗かせてくださるのよ。」
    「そうだったのか」
    「茶会があった時も、余った菓子を秀吉が届けさせたりするよねぇ。」
    くつくつと笑われながら、さりげなく半兵衛様が補足される。成程、だから一目見て岡大夫と声をあげたのか。紀之介はしかし、何を恥じらう事があるのか、落ち着きなくもぞもぞとしていた。病の身とはいえ、小姓にまで気をかけてくださる秀吉様のお優しさ、その偉大さに胸が潮のごとく震えたが、その寵を受け、尚それを鼻にかねぬ紀之介もなんと立派なことだろうと感心した。
     私が算盤の稽古に頭を痛くしていたり、腕が痺れるほど竹刀を振っていたりする時、ふと、今、紀之介はどうしているのだろうと思う時があった。そういう時に思い起こされる紀之介の姿は、薄暗い部屋の中でうつ伏せに布団をかぶりながら軍記を読み耽っているもので、その姿を思うとたまらない気持ちになるのだった。だが実際、紀之介は紀之介で私が思っている以上に中々悠々とやっているらしい。少しばかり羨ましく思ったのは否定できないが、それ以上に、何に対してか分からない安堵を抱いた。しかしならばもう少し、その恩寵あらたかなる自身のことを周りの馬鹿共に分からせてやっても良いではないか。そう思いながら最後の菓子を口に含むと、「吝嗇め。」と恨めしそうに紀之介が呻いた。

     「またおいで」とありがたい言葉を掛けていただけたことが心底嬉しく、紀之介と手を取りながら戻る廊下は浄土を歩いているかのような心地だった。
    「紀之介は、いつも半兵衛様のお部屋に行っているのか。」
    「ぬしも常に屋敷におるわけでは無かろう。しかしわれ一人きりではあまりに退屈な時があるのよ。そのような時、竹中殿のお暇があれば哀れんでお相手してくださる。それは偶によ、タマに。」
    そう言うと紀之介は少し笑みを作り、まあぬしとばかりおっても退屈するがな、と一言加えた。私はお前といて退屈したことはないぞ、とすぐに言い返したが、紀之介は答えずただ笑うばかりだった。

     気がつくと見慣れた廊下だった。
    「ではここでな。今日は無理を言ってすまなんだ。」
    「何を言う、私こそ逆に紀之介に感謝しなければいけない。」
    「ではまた遠出がしとうなったら誘ってよいか?」
    「当たり前だ!今までだって何故誘わなかった。次は絶対誘え!忘れるな!」
    「ヒヒヒ、あいすまぬな。忘れぬ故そうわめくな。」
    ではな。と笑いながら手を離し、ゆるゆると角を曲がって見えなくなった紀之介の背を見届けて、私も踵を返し部屋へと戻った。
     戻る間に、ああ紀之介を部屋まで送ってやればよかったな、と今更思いつき、またしても自分の気の足らなさが情けなく、次こそは絶対に、絶対に、と頭に刻み付けるように念じたのであった。
    「どうした三成?」
     はっと吾に帰ると、驚くほど間近に家康の顔があった。ぎょっとして思わず頭を引くと、そのまま後ろの岩壁にしたたか頭をぶつけた。
    「お、おい、大丈夫か?それ以上瘤になっては大変だぞ!」
    あまりの痛みに一瞬気が遠くなったが、後に続いた戯言に、咄嗟に蹴り飛ばそうと足を伸ばしたが軽くかわされた。苛々と睨みつけると、家康は「すまんすまん」と笑いながら手を差し出してきたが、その顔が一等腹立たしいのだと何度言えばこいつは理解するのだろうか。
    「まあいい、もう帰るぞ。」
    常の馬鹿騒ぎを浮世から離れて尚、することもあるまい。家康の手を取り身を起こしながらそう告げると、さも意外といった間抜け顔をぽかんと浮かべていた。静かになって清々したと思うのも束の間、やがて気を取り直したらしくまた五月蝿くべらべらと捲し立ててきた。こいつは一体何のために遥々高尾の山まで来たというのだ。最早何度目か分からない溜息がこぼれ、やはり察することの無い家康に適当に相槌を打ちながら、山を降り始めた。
     
     流石に見飽きてきたもみじを見る事も無く、足早に山を下る最中に、屋敷に置いてきた吉継の事が思い出された。 齢を重ねるにつれ、吉継の病はいよいよ深刻になっていったが、体そのものは成人の男性らしくそれなりに成長を遂げ、かつてのように屋敷から一歩も出られないということは無くなった。色々困難もあったが結構な遠出も幾度かした。この度も共に行けるかと思っていたが、「ぬしらだけで行けばよかろう。われは城から見える景色で十分よ」と興が乗らなかったらしく、結局連れ出せなかった。しかし、どんなに病が進み、どんなに背が伸びようと、このような折に頭をよぎる紀之介は、床に臥せり、布を巻かれた赤ら顔を半分だけ見せ「もそっと近う来やれ」と笑いかけてくるかつてのもので、その姿は変わらず私の心を締め付けるのであった。

     ふと目を向けると道の端に、その全てが血潮のごとく赤く染まり切ったもみじの木があった。せめて手土産とするかと思い、ぱきりと枝の先を手折ると「ここは手向山ではないぞ」と家康が笑った。
     こいつが百人一首を解しているという驚愕の事実も吉継には良い土産となるだろう。そうなれば、あとは一刻も早く大阪城へと帰るのみであった。






    ■浅き夢見じ
    三成の見ている(かもしれない)悪夢の話

     はっと目を覚ました三成には、すぐにそこが夢の内だと知れた。そして様子を知るやいなや、この悪夢から急ぎ目が覚めるよう、頭の中で必死に念じた。
     元より浅くしか眠らぬ三成は、僅かでも寝入れば大抵夢を見る。そもそもが、楽し気な夢など指で数える程度にしか見たことが無かったが、打倒家康を掲げたその日より、三成の見る夢は総じて己を苦しめる悪夢に転じた。竹中半兵衛が死んだ夜、豊臣秀吉が徳川家康に討たれた瞬間、若輩の頃に見た合戦の惨状などが混濁し、様々に趣向を変えながら三成を追い詰めてくる。一つ例を挙げれば、家康の首を無銘刀で撥ねた途端に、己の首が転がり落ち、泥水に頭の半分を埋めながら眼で見上げた先で、首のない家康の体が呵呵と笑っている夢がある。この薄気味の悪い夢は、しかし、家康の首を落とすという只その一点だけで、三成にとっては吉夢となった。此をしてましと捉える有様である。その心身にかかる負担は凄まじく、自然と食が細り眠りを拒むようになり、そうなれば若い体も不調を訴え始めるが、当の本人はそれさえも自分への罰だと思い込み、進んで悪夢を受け入れていた。
     その三成がこれから見ようとしている夢は、しかし、繰り返し見る悪夢の中で最もおぞましく、恐ろしく、最早罰にもならない拷問であった。三成は知っている、嫌というほど知り抜いている、この悪夢の行く末を。どんなに願おうと、決して最後までは目覚めぬことも。

     今、三成が己の膝下を浸している、血の色に濁った川は姉川である。合戦が起きたのは三成が十になったばかりのこと。三成の兄は野駆けと称し、未だ初陣を果たさぬ弟に、合戦が終わって間もない姉川を見せた。倒れた人や馬には気の早い蠅がたかり、その死体の間を悪相の追剥がうろつき、常ならば湖のように穏やかな様子を見せる川は今、血と臓腑によって紅に色を染め抜き、地獄そのものと化していた。初陣の折にはこの光景が頭にちらつき、思うように戦果を挙げることが出来なかったことを、三成は今でもつらく思い出す。その、血の池の如き川の上流から、白い死体が流れてくる。三成は知っている。あれは病に身を滅ぼされた刑部である。次第に近づくその白を見れば、やはり大谷吉継だった。病んだ体を隠そうと、隈無く巻かれたさらしは不思議と血には染まっておらず、閉じた瞼も常そのままに見えるが、その身に近寄り抱き寄せようとすると、途端にさらしがはらりと解け、どういうわけだか中身が無い。それを良く知る三成は、決して死体に近寄るまいと己を激しく叱咤するのだが、波間に分け入り進み始めた脚を止める術を知らない。また同じことを繰り返し途方にくれるということを、嫌というほど知る筈なのに、触れてはならぬと言いながら手甲の光る腕を伸ばし、右手の指のつま先がほんの少しだけ掠めれば、さらしは人の形を保たず、やはり解けて紅い川面に広がった。ああ何故、何故と喉を震わせ、叫ぼうとしても声が出ない。何故なら三成の喉元は夢の初めから切り裂かれ、声の代わりに血飛沫が散る。仕方なく、口だけはくはく動かしながら、震える腕で、解けたさらしを掻き集め抱き寄せ持ち上げれば、さらしは血色に染まらず真白のままだった。せめてこの白を後生大事にしようと三成は思うが、ふと気づけば、袖と篭手ごと両の腕が肩の口からすっぱり千切れ、白いさらしを纏わりつかせて川面にぷかぷか浮かんでいる。そのまま腕は川に流れて、三成は慌てて、何としてでも離れまいと脚を駆け出し追おうとするが、河底の石は皆首となり、踏みしめるたびに足に噛み付き爪ごと肉を引きちぎる。腕を伸ばすことも出来ず、脚を進めることも出来ず、声を上げることすら出来ず、己の腕と、己の腕とに纏わりつく大谷のさらしはいよいよ遠く、赤い波間に的皪と星のように輝くものを、何をすることも出来ぬまま、また何度目かも知らぬまま、三成はまたも呆然と見送った。
     そこから幾刻が経ったかは分からないが、遠くから三成を呼ぶ声がする。ぐるりと頭を巡らせば、いつの間にか岸辺には、長い髪を風に乱した若い頃の大谷紀之介が立っていた。巻かれたさらしの隙間の所々に人の肌色が見えるが、しかしその目は金色の、泥眼の瞳そのままに輝き、じっと三成を見据えている。そのまま、すうと天に指された指を目で追った三成は、ああ顔を向けたくない、どうか向けさせないで呉れと狂わんばかりに願ったが、やはり頭を向けた先で、黒色金色幾万本の、地を刺す光線をあられと放つ、実におぞましい太陽を見た。その一つが紀之介の、すらりと伸びた白い手の、その真ん中をトンと穿つと、あっと三成が息を詰める間もなく、幾千本もの光線が紀之介の腕を、胸を、首を、額を貫いた。磔となった紀之介は、苦痛に顔を歪めながらそれでも何かを伝えようと、三成に向かい必死に口を動かすが、そこには歯も舌も無く、ただ黒い虚が覗いている。やがて諦めたようにがっくりと項垂れると、その身の先から薄い皮が一枚一枚、まるで蓮華の花のようにひらりひらりとめくれてゆき、三成はもう、出せぬ声で大きく叫び、何とか首の泥土を抜け出ようと、脚を踏みしめ進もうとするが、その足は喰いつくされ既に無く、細い体は軸を保てず紅い川面にばしゃんと倒れ、飛沫がひろがるその音に、紀之介が驚き頭を上げれば、途端、その身のすべてがぱっと散った。

    「三成、三成よ、起きやれ、何をかように唸る。」

     体を大きく揺さぶられ、三成はようやく目を覚ました。どうやら相当汗をかいていたらしく、薄く開けた瞼の端から汗がしみ入り、視界が揺れる。灯台の薄明かりを頼りに傍らに目を向けると、半身を起こした大谷が不安気に三成を覗き込んでいた。大谷の姿は常と変わらず、頭の隅まできっちりとさらしが巻かれていたが、しかし間から覗く白濁した瞳は夢の続きの様にぼんやりと光って見え、三成はまどろみを覚ますことが出来ず、肩を掴んでいた腕をひっ掴み、手の甲のさらしに歯を立て噛みちぎり、そこから二の腕まで巻かれた帯を乱暴に解いた。内から現れたのは、すっかり病み爛れた皮膚である。いきなりの狼藉に、大谷は驚き身を引こうとしたが、切なく呟く三成の声に動きを止めた。
    「頼む、今一時だけだ…。」
     そう言うと、汗の滴る白い頬を病んだ腕に寄せ、頭を抱え込むような仕草をした。三成の吐息が、まだ辛うじて柔らかさを残す腕の内側に当たり、それが震えている。しかし大谷にはどうすることも出来ない。たまらない無力感に襲われながら、己さえも三成を苦しめる因果の一つであることを悟り、大谷は、灯台の明かりに揺らめき更に醜さを際立たせる腕を、ただ眺めるしかなかった。






    ■暗き闇路に
    史実エピソードをぶち込んだキワモノ

     湯浅五助は兎唇であった。左の鼻の穴から唇にかけての肉が真っ二つに割れ、口を閉じていても白い前歯が覗き、対した者には常ににたりと笑っているかのような不敵な印象を抱かせた。しかし口周りをのぞけば鼻筋の通った精悍な顔しており、年の頃30を過ぎようというのにどこか少年らしい清々しさが見えるその表情は、兎唇とあいまり実に奇妙な魅力があった。また性格は正直で、口は少ないが人当たりも良く、その誠実な心根を慕うものは多かった。
     その五助が暫くの浪人の後に新たに召し抱えられたのは、敦賀城城主・大谷吉継の元であった。今、五助は頭を床に付け、新たな主君となる大谷と対峙していた。
    「この御恩には我が生涯を賭し、必ずや報いましょうぞ。」
     大谷吉継は太閤亡き豊臣軍を率いる凶王・石田治部少輔三成の参謀として知られる、知略に長けた武将である。その身は生来業の病に侵され、全身を包帯で巻いた異様の風貌であることでよく人々の口の端に登った。戦場においては空中を浮遊する輿に乗り、掌ほどの大きさの数珠を操り、不可思議な技を次々に繰り出し敵を屠る。その様子は不気味の一言に尽きるものであった。しかし五助に対峙する今は、常の戦装束とは違い白地の着流しに樺色の羽織という簡素な格好で、顔を隠す白い頭巾から濁った目元だけを覗かせ、五助を見据えていた。
    「程々に期待しておる。ようやれ。」
     それは大谷にしては珍しく、そっけない口ぶりであった。

     兎唇の五助はその見目通りの剛の者として、既に良く知られていた。そして大谷は先のそっけない口ぶりとは裏腹に、この五助をことのほか寵愛した。その様子は「哀れ同じ異形のよしみ」かと、また陰口の種の一つとなっていたが、召し抱えられてより初めての戦の後には、そのささやきもひたと止んでしまった。それほど凄まじい五助の奮戦だったのである。
     久方ぶりの戦場で、初め勝手が戻らず顔面にもろに血飛沫を被った五助であったが、睫毛が血に張り付き瞼を満足に開くことが出来ずとも、いつの間にかその手には討ち取った数多の首を抱え、持ちきることの出来なかった首は腰紐に括りつけられ、のしのしと戦場を闊歩する度に腰にぶら下がるそれは数珠のように揺れた。その様子は敵味方を問わず、現し世に現れた地獄の悪鬼かと見るものを戦慄させずには居られなかった。

    「何とも修羅の如き働きぶりよ。ようやった。」
     戦の勝敗が決し、討ち取った首はそのままに五助が小川で顔を洗っていると、後ろから大谷の声がした。ふり向くと主君の白い影が揺れて見える。その身には一つの煤さえ付いていない様子で、確か自らと共にご出陣あそばされた筈だが、と五助は不思議に思わずにはいられなかった。
    「恐れ多きお言葉。恐悦至極に存じます。」
     深々と頭を下げながら五助が返すと、大谷の後ろから別の声がした。
    「刑部、何だそいつは。」
     それは太閤亡き豊臣軍を率いる凶王・石田治部少輔三成の声であった。続いて現れたその姿は、頭から血水で湯浴みでもしたのかのような、白銀の髪の一房さえ見えぬほど赤黒く濡れたすさまじいものであった。治部少輔と刑部少輔とは旧知の盟友としてよく知られていたが、五助が対面するのはこれが初めてであり、血に染まった顔の中で眼光鋭い眼だけが白く、容赦なく五助を睨みつけていた。
    「われが新たに召した者よ。見ての通りの兎唇。剛のものと名が聞こえておる。」
    「湯浅五助と申します。」
     頭を下げた五助は、己のつむじあたりに突き刺さるような視線を感じた。
    「フン、せいぜい尽くすがいい。刑部、行くぞ。」
     そう言うと石田はきっと踵をかえし、そのまま振り返らず歩いて行った。
    「ヤレ、ぬしに嫉妬しておるわ。ほんに童よの。」
     ヒヒヒ、と可笑しそうに大谷は笑い、三成の後ろについてふよふよと飛んでいった。残された五助にしてみれば恐縮にすぎる話であった。

     五助の勇名は戦を重ねる度、益々轟いた。その様子は大谷の寵愛にさらなる拍車をかけ、三成はその様子を憮然と見ていた。常日頃、歯の浮くような大谷の賞賛を浴びるように聞かされている三成である。今まで気にも留めず言わせるがままにしておいたが、自分以外の者にその賞賛が向けられるのは全く面白くない。しかし流石に大谷は三成の扱いを心得ており、程良く拗ねた頃合いで三成が満足するまでたっぷりと構ってやり、また家臣である五助の勇名が轟けば、それを召す主君たる大谷の名も連なり聞こえるもので、やがて三成も不貞腐れることは無くなり、大谷の側近として五助の存在を認めるようになった。
     その大谷は、戦場でこそ呵呵として敵を屠ってはいるが、己が身を蝕む病は大変に重いものであった。戦や軍議が無ければ屋敷から出ることは殆ど無く、作務は専ら自室で行い、必要があれば小姓や家臣に言いつけ用を足しており、そして五助は大谷の側近として常に控え、主君の日常の雑務を手伝う事を進んで引き受け、諸侯との談義の折にも相手に許可を得て脇に控えることが多かった。
     しかし、三成が大谷の元を訪れた折には例外なく場を外すようにしていた。打倒徳川家康の為、あれやこれやと東西奔走する御大将に心身の休まる時など有りはせず、その三成が大谷の元を訪れる時というのはいよいよ、困憊極まったときの慰めの為であった。
     二人が衆道の仲であることは側仕えの者達の中では周知の事実であり、今更それを騒ぎ立てるものは居なかったが、五助は一度だけ偶然に、その様子を垣間見てしまったことがある。まだ、二人が己の湧き上がる欲のまま情事に耽っているのであれば、ああこの方達も人であったかと、失礼ながらもむしろ安堵したであろう。しかしその時の二人は、三成は大谷の膝の上に頭を乗せ、何もせず何一つ言うこともなく、琥珀に虚ろんだ瞳を空に向け、また膝を貸す大谷もその様子を特に慈しむでもなく、どちらも只ぼんやりとしているばかりであった。
     それは出来の良い生き人形が二体鎮座しているような、あまりに寂寞とした光景だった。

     五助が大谷に仕えてより相応の月日が流れた。ある日の朝、特に用が無かった五助は久しぶりに町に出てみようかなどと思いつつ、水を貰おうと厨房に向かって歩いていた。
    「いい加減になさい、ぐずぐずと何をしておるのです!」
     朝の穏やかな空気を切り裂く甲高い声と、それに続いてしゃくりあげるような泣き声が響いた。何事かと思い慌てて厨房を覗くと、いつも大谷の身支度の世話をしている小姓と、五助と年が近く普段からよく話す仲の女中とが、水瓶の前でなにやら言い争っていた。
    「嫌です、もうこれ以上耐えられませぬ。間もない内に同じ病が私の身を覆いましょう。その時私は義父上に何とされるか。」
    「お役目も満足に果たせぬものが出世など望めるものですか!この屋敷に務める多くの者は、既に長く殿様に付き従っておりますが誰一人として病を被ってはおりません!そのことはお前が従う前に重々説いたはず!」
     叱りつけるほど只々泣くばかりの小姓に、女中も苛々と感情を抑えられず激昂するばかりであった。
     五助は様子を知ると、音も立てず厨房に入り女中の肩に手をかけた。
    「おとみ、下がれ。」
    「あれ!」
     女中を乱暴に倒し、ひきつり固まる小姓に対峙するやいなや首を落す勢いで拳を顔に打ち込んだ。肉を挟んで骨が骨を割る嫌な音がし、地に叩きつけられた小姓は一つごぼりと唸り、口から血と砕けた歯を吐いてぴくりとも動かなくなった。
     半身を起こした女中は有様を見てひっと呻き、震えた。
    「私が行く。おとみはここを始末しておけ。」
     そう吐き捨て、五助は女中の返事も待たず、支度された桶を掴んで主君の部屋へ向かった。

    「遅い遅いと思っておれば、何ゆえぬしがやって来た。」
     ようやくやってきた人間が五助と見るや、大谷は苛々した様子で言い放った。
    「務めの小姓が急に居らなくなってしまい、皆あれこれと忙しくしておりました故。」
    「主たる我に言伝も無く居らなくなったと?」
    「某も、何やら厨が慌ただしく、何事かと覗き事を知った次第でございます。間もなく報告があることと思いますが、とにかく探したり何だりと一同忙しなくしており、見かねて某が参った次第にございます。」
    しばらく沈黙が流れた。
     頭巾に隠された口元が、何かを呟いたように見えた。
    「ヤレヤレ、怖気づいて逃げ出したか。ヒヒヒ」
     しかしその次には常の軽い口調を戻し、大谷はニヤニヤと笑いながら、まあよいわ、と嘆息した。
    「われはすっかり待ちくたびれた。ぬしがやるというならやってみるがよいわ。」
    「不慣れ故、ご不快な思いをされるとは思いますが、何卒ご容赦頂きたく存じます。」
    「ヒヒ、主ほどの剛の者に小姓の真似事をさせたと知れれば、われの病も終に頭にきたかと笑われるのう。」
     五助は答えず、傍らの桶から包帯を切るための小刀を手にとった。

     結び目のある箇所を切り包帯をほどいてゆくと、その下からは色の変わった皮膚が現れた。未だに膿の出る、当て布がされている箇所は僅かだったが、皮膚の全てはくまなく病魔に侵されており、その有様は痛々しいとしか言い様がなかった。粗方包帯を解けば主君の体躯はいっそう細くなってしまい、かような頼りない様子であったのかと、今更のように五助は思わされた。迂闊に扱えばぽきりと折ってしまいそうなほど細い腕を支えながら、五助は至って丁寧に包帯をほどいていった。
     やがてその手が顔に差し掛かると、ほんの僅かに大谷が怯んだのを五助は逃さず覚った。それは、心を叱咤し動揺を示すまいと最大に努力するあまり、大谷自身さえ気づきもしないような、ほんの微細な心の揺れであった。
     そして、五助は初めて主君の顔を見た。五助がまず思ったのは、思っていたほど崩れた形相ではないということだった。左右の形がひどく崩れ、口の端をつたう涎を吸うことも出来ず、満足に言葉を発することさえ出来ぬ者の姿を、五助は今までいくらも見てきた。自分のように唇の肉が割れている、また目が潰れている、鼻や耳が削げているような者など、それこそ星のあまたである。その者達に比べれば、大谷の顔の形は常の人と変わらず、頬が膨れるでも陥没するでもなかった。
     しかしその皮膚は、ありとあらゆる拷問を科したかのごとく無残なものであった。剣山を何度も叩きつけ肉を散らしたような、燃える灰を長きにわたり擦り付けたような、あるところは赤く、あるところは黒く、唇までも食い荒らされたその様は、武勇の誉れ高い五助をしても後髪が逆立つのを抑えられず、汗がだらだらと流れる様な嫌な錯覚が全身を襲った。しかし、皮膚がそんな様子であるのに、不思議と髪の毛だけは黒々と生え揃っており、あまりに酷たらしい面相とその美しい黒髪の鎮具破具さは、むしろ滑稽めいて見えた。そして、その黒髪の下から覗く濁った瞳は常と変わらぬ聡明さに輝いており、三日月を描いて五助を馬鹿にしていた。
    「ヒヒ、われの男前に呆けたか。」
     心底おかしそうに大谷が問いかけたが、五助は答えなかった。主君が容姿について何か言われることを一等嫌うことを、重々承知していたからである。それは褒め言葉であろうと貶めであろうと、また大谷から話を振ったとしても、勝手に苛々を募らせた挙句暫く無視を決め込んでしまうのだ。
     まだ三成ならば、ああいう性質なので逆に激昂し言い争いが続いた挙句、大谷が根負けし折れることが多かったが、五助ではそうはいかない。この時ばかりは、口が足りない自分の性質にめずらしく助けられた様に思いながら、もろもろとしたその皮膚に濡らした布をあて、主君の身を清めていった。

     やがて用をなした五助は、桶いっぱいに盛られた使い古しの包帯を抱え、俯きながら廊下を渡っていた。何か考えが止めどなく浮かんでくるような気はするが、その内の一つとして言の葉の形を結ぶことは無く、珍しく鬱々とした心持ちであった。なので、向から三成がやって来ていることに欠片も気づいてはいなかった。
    「何故貴様が刑部の包帯を抱えている。」
     はっと顔をあげると同時に、かような時に、と内心で舌打ちをせずには居られなかった。
    「務めの小姓が急に居なくなっておりまして、代わりに手の空いていた某が。」
    「何、逃げ出したのか!?」
    「詳しいことは某にはわかりませぬが。」
    「屑が・・・!」
     間髪をおかず激昂した三成は、秀麗な顔を一気に歪め、吐き捨てるように叫んだ。
    「だがお前がやらずとも代わりの、もっと適した奴が居るだろう。」
     怒りをぶつけるように五助に言い放ちながら、怒気をはらんだ琥珀の瞳で、五助の顔と、手に抱えられた桶とをちらちらと見比べた。
    「一同忙しくしておりまして、私が気付いた時には既に刻限を大きく過ぎ、主をこれ以上お待たせしては一大事と。」
    「この屋敷は屑揃いだな。刑部の世話をするのに相応しくない。」
    「各々多くの勤めを精一杯に果たしております。何卒ご容赦を。」
    「以後そのような事があれば私を呼ぶようにしろ。遠くには居ない。」
     唸るように吐き捨てると、三成は五助を押しのけ、ずんずんと大谷の部屋へ向かっていった。
     これがこの方なりの、主君への親愛の掛け方なのだと、五助は相応の側仕えの中で理解はしていた。しかし、この噴出した怒りを静めるのは他ならぬ主君なのである。この何度となく繰り返されてきた堂々巡りのやり取りの為に、どれほど主君が傷つき、そして周りがどれほど翻弄されているか、この御大将はいつまで気付かれないつもりなのだろうかと、五助は心中で愚痴をこぼさずには居られなかった。
    「御意に。」
     既に彼方に行ってしまった背に向けて、届くわけもなく五助は答えた。

     最後の年の梅雨の頃、既に大谷の病は目の深くに及んでいた。元より、見えているのかいないのか、傍目には判別のし難い態度でのらりくらりと過ごしていたため、三成でさえもひょっとしたら気付いてはいなかったのかもしれない。
     その日、庭の沙羅が咲いたと女中に告げられた大谷は、昼はその様子を愛でるのみにしたいと五助に伝え、並んで縁に腰掛けた。大谷はそこで、珍しく昔の話をした。まだ竹中半兵衛が存命の頃、石田三成と並んで沙羅の花を見物したことがあるという。その折に竹中から釈迦の説話を聞かされ、名高き沙羅双樹と日の本に咲く沙羅は全く異なる別物だと知ってはいたが、竹中の説法にえらく感心している三成の横でそれを言うのも馬鹿らしく、結局黙ったままだったのだと、相変わらずの口調で笑った。その眼には確かに沙羅の白い花が映っていたが、しかし最早主君には見えておらず、かつての記憶でその様子を愛でているのだと気付いてしまった五助は、部屋から下がった後に人知れず泣いた。
     沙羅の木の下は綺麗に箒がかけられており、地面の上には一輪の花も散っていなかったのである。

     その年の秋、関ヶ原にて天下分け目の合戦は起こった。日の本を東と西に分けた戦は苛烈を極めたが、西軍有利と見られた戦況も、手始めに小早川が裏切ればそれに続き数多の諸侯が刃を返し、みるまに覆された。目の利かぬ主君に代わり、五助はその戦況を逐次報告していたが、やがてその口は常のごとく少なくなっていった。
     最早、負けは確定的であった。
     五助は覚悟を決めた。そして口を開いた。
    「御戦、御負に候。」
     そう告げた五助自身、その声が自分のものとは思われず、ああそうなのかと耳で聞かされ、背を突かれたような絶望が襲った。
    「ハ、わかった、ようわかった。」
     続いてヒヒヒと笑う大谷の声は興奮に上ずり、すっかり楽しげな様子であった。
    「五助、皆を呼べ。最早これまでよなァ。」

     五助に呼ばれ集まった大谷の家臣達は、どれも皆疲労の色甚だしく、そしてどの顔にも現世への諦観と死地に赴く覚悟が見て取れた。
    「皆揃いましてございます。」
    「寄れ寄れ、皆近う寄れ。この期に及んでは、最早病のかかずらうこともひとつもあるまい。」
     大谷はそう言うと、息がかかるほど近くに己の腹心達を誘った。
    「主らはまこと忠義の者よ。我のような醜き化け物を主と頂きながら、不平一つ言わずようついてきた。何と愛しき不幸のカタマリであろ。まァ今ひと時、やがて地の獄にてまみえようなァ。」
    「かような移ろい多き儚き世にて、我らはただ忠心をもって殿に最後まで使えることが出来、武者冥利に尽きる次第にございます。せめて行かれるその道先の露を払い、暗の辻にて一同お待ちしております。」
    「ヒヒ、足萎えに泥土のぬかるみは辛かろうて。足踏みは、ヤレ遅かろうが、間もないうちに追いつこう。」
    「それでは、これにておさらば。」

     聴きなれた声が遠く、あちらこちらで絶叫し呼応し、そして断末魔をあげて消えていった。大谷と五助の目の前には高い葦草がうるさく靡き、その様子を見ることは出来なかった。
    「五助は行かぬか。」
    「某は、殿の命尽きる時まで共にあると。」
    「まこと忠義のことよの。」
     誰か名のあるものが討たれたのだろう。歓声がわっと上がり、やがて曳曳応の掛け声が途切れることなく遠く続いた。
    「五助よ、最後に我の野望につきあえ。」
    「なんなりと。」
    「われは中々に外道を極めたるが、とはいえこの場においては大将首よ。易々と家康に与する輩に渡しやるはまこと口惜しい。そこでな、この首をな、血潮をたっぷりと吸いたるこの地に暴かれぬよう埋めよ。我の首は呪いの種よ。日の本に深く深く根を張り、やがてこの地の隅々まで不幸の木々が覆い尽くすであろ。イヤハヤ愉快、愉快の極みよ。」
     地の底から響くような昏い声が興奮に上ずり、言葉の端がぶるぶると震えていた。
     五助は呻かずにはいられなかった。ああ、なんと可憐な。その頭を晒しとうないと、左様な姫御のような。
    「必ずやその心願、五助の名に掛けて成就させてみせましょう。」
    「ぬしは真しか吐かぬからなァ。ヒヒヒ」

     大谷は緩慢な手付きで甲冑を外し、その身は白く薄い包帯が巻かれるのみとなった。それが大谷の死装束であった。五助はその傍らで、主君の動作を見つめながら己の愛刀を白々と輝かせ、その時を待っていた。鍔をにぎる手は健が切れてしまったかのように力が入らず、皮膚に当たる感触がやたらと固い。大谷はやはり蝸牛のごとく緩慢に小刀に手を伸ばすと、臍の脇辺りにその切先をひたと当て、そのまま細いうなじをもたげた。
     その時である。振り上げなければ。刀が大変に重い。鋭、と力みやっと振り上げれば、腕がびくりと痙攣して危うく刀を取り落としそうになったが、何とか格好を崩さずに済んだ。
    「ああ三成…。」
     その時、本当に小さな声で大谷が呻いたのを、五助は聞き逃さなかった。
     止めてほしい、置いて行かないでほしい。そういった子供のような文句がわっと湧き出し、凡てを投げ出してここから逃げたい気持ちに囚われたが、次の瞬間に大谷は一突きに腹を突き刺し、そのまま十文字に薙いだ。
     一瞬の間があったのは確かだ。しかし切先は一寸も振れること無く、大谷の首を見事に切り落とした。

     割れた垣根が笛のようにボウボウと鳴っている。千切れた旗指物がばたばたと煩い。
     目も開けられぬ程の強い風が吹き荒ぶ中、五助は乱れた意識を晴らすこともなくただ我武者羅に、関ヶ原の野を駆けていた。
     此処がどこだか分からない、此処は地獄なのだろうか。生温かな主君の首を抱え当てなく走り続ける、この業火にあぶられた血みどろの野原の、此処以上の地獄がどこにあるだろうか。五助にはとても此処がこの世とは思えなかった。

     その、我武者羅に関ヶ原を走り抜ける五助の様子を、遠くから馬に乗り眉を潜めて見る人影があった。東軍の雄、藤堂高虎の甥・藤堂高刑である。まだ齢は十の半ばをようやく過ぎたばかりであったが、既に叔父ゆずりの才覚が伺える、将来を嘱望される若武者であった。
     暫くその様子を見ていた高刑は、何も言わず突然馬の腹を蹴り、家臣を置いて五助に向かった。
    「若殿、いずこへ!」
    「待たれい!待たれい!そなた、何処へと急ぐ!」
     馬の足はあっという間に五助に追いつき、その進路を高刑が遮った。それでも五助は避けようとしたが、次々に高刑の家臣が追いつくとあたりを囲まれ、立ち止まらざるをえなかった。その家臣の一人が五助の姿を認めると驚きに声を上げた。
    「やっ、そこな兎唇、大谷刑部が一の家臣、湯浅五助ではあるまいか!」
    「なに大谷殿が家臣と」
    「ここにおわすは藤堂高虎殿が甥御、藤堂高刑殿にござるぞ。」
     告げられた名に、五助は目の前が真っ暗になった。未だ腕には血にまみれた主の首がある。何としてもこの首を渡すことは出来ぬ。考える間もなく五助は膝を着き、這いつくばって嘆願した。
    「藤堂高刑殿、この湯浅五助男としてお頼み申す。某は主君の最後の願いを必ずや果たさんと約束した身。この首用が済めば疾く差し上げましょう。だから何卒、何卒今一時待ってはいただけぬでしょうか。」
    「主程の武勇の者が潔しとせず、頭を垂れるにはよほどの理由あると見る。しからば何を為すというのだ五助。事と次第によっては見過ごすわけにはゆかぬ。」
    「後生でございます。決して爪を立てるようなことは致しませぬ。只某と主との最後の、」
    「面を上げて言うが良い。この戦場において約束ほど価値無きものも無いと、主は身にしみて知っておろう。」
    「…。」
     暫くの沈黙が場を満たした後、決然とした顔で五助は顔を上げた。その兎唇、その形相に、高刑の家臣達は今更ぞっとさせられた。
    「我が主君、大谷吉継は生来業の病を得、二目と見れぬ面相でございました。死して尚御首衆目に晒され嘲笑われるに堪えられぬと恥じ入り、誰にも其の首渡しやるなとの申し付けにございます。此の戦場を墓場と定めるに当たり、死して尚煩わしき所にて踏みしだかれるはあまりに御可哀想にございますれば、せめて少しなりとも静かな所へと、こうして駆けておりました次第にございます。
    我が殿程の大将首となれば、その勇名は後世に轟くところとなりましょう。しかしこの五助も、多少は槍で鳴らした覚えもございます。あまりにおこがましき事ではありますが、何卒、何卒我が首をもって、この場を免じて頂きたく…。」
     言外に、願いを届けられねば相打つ覚悟と凄む物言いである。若殿に向かい何たる暴言と、傍らの高刑の家臣達は思いはしたが、あまりに悲惨な五助の様子に誰一人として口を開くことは出来なかった。

    「五助、お主はなんという忠義者だろうか。」
     切れ長の眼で五助の様子をじっと見つめていた高刑は、言うとひらりと馬を降り、五助にかけより肩に手をかけた。
    「確かに、この様な野原に埋めようとしては直ぐに人目に付くだろう。ならば五助、私と共にしばしあの山手まで駆けよ。そして共に、お前の主の弔いをさせてはくれぬだろうか。」
    「若殿・・・!」
    「山岡と桑名は私について参れ。他の者は暫し済むまでこの辺りに待て。案ずるな。私は若輩だがこれでも武士の端くれ。お前たちに再度まみえる時はこの兎口を手にしておる。」
    「情け深きこと。この五助、心より感謝申し上げ奉りまする。」

     あたりには戦の絶叫がわんわんと響いていた。先導する高刑についてゆく五助の足は、今やぬかるみを歩くよりも重いものであった。
    「高刑殿、一つ、お尋ねしたきことがございます。」
     声を掛けられるとは思っていなかったのだろう、どきりと振り向いた高刑の顔は、少年らしい幼さが濃く残っていた。
    「我が主君が友、石田三成殿はいかがされたか、貴殿は存じておられるでしょうか。」
     言われた若武者は一瞬固まり、やがて目線を逸し俯きながら答えた。
    「すまぬ五助。叔父貴殿ならば存じておられるとは思うが、私は只無暗に戦場を駆けるのみで、西軍の諸侯がいかような状況にあるかは知らなんだ…。」
    「左様で、ございまするか。」
     悔しさを顔に滲ませる高刑であったが、五助にその顔は見えなかった。その目は最早何も映してはいなかった。
     全く殿の言われる通り、この世こそが狂うておりました。狂いを正しいと嘯く今世において、殿と三成殿が責められぬ道理が無かったのです。しかし、この遅参を殿はいかに責められるだろうか。またあの時のように、暗い瞳で嘲笑われるのだろうか。せめて、かの方の行方だけでも土産にできれば良いものを、ああ、暗き辻にてそれを殿にお伝えすることが出来ぬ、それだけがただ口惜しく、口惜しく…。
     そう思うと、五助の目からは後から後から涙が溢れて止まらなくなった。主君の首を斬った時にも、そこには一粒の涙とて浮かばなかったというのに、過ぎてしまった日々が、そのすべてが、燃え立つ炎の如く五助を今更のように責め立てた。

     やがて四人は暗い山道に入った。五助が腕に抱える大谷の首はすっかり冷えている。しかし流れた血は未だ濡れ滴っており、そのしずくは五助の後をついてぽたぽたと草葉を濡らしていた。




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    Replies from the creator

    limbo__666

    MOURNING大谷吉継推し三吉派でした
    小説4本・微グロ描写あり
    戦国BASARA3の小説■野狐禅
    個人的に感じていた家→三→吉のパラレル話

     冬の初めのある日、とある武士の家に待望の長子が生まれた。しかし生まれた子の産声は小さく、脚がくしゃりと縮こまり肌は死人の様に蒼褪めた、まさに蛭子を思わせる醜い姿であった。その有様に家中の者は色を無くし、待望の長子ではあるがこれではお役には立ちますまい。市井の口の端で嘲られる前に疾くに殺してしまわねばと、母から離した赤子を囲んで途方に暮れていた所に、その姿を一目見るなりひいと気を失った奥方が目を覚まし、我が子はどこだ、今すぐに我が子をこの腕に返せと、屋敷を切り裂くような高い声でわめき出した。その様は鬼子母神もかくやと言わんばかりに激しく、手弱女を体現したように大人しい常の姿からは思いもよらず、赤子を囲む家中の者はその様子に驚きながらも、奥方の命ずる通りに赤子を連れてきた。満足に息も吐けぬ様子で、口の端からごぶごぶと泡を吹く赤子をおそるおそる差し出せば、奥方は奪い取るようにひっしと腕の中に囲み、おおよしよし、何と可愛い私のやや子。どこにも離しはせぬ故安心おし。と、それまでと打って変わり、菩薩のようなやわらかな慈愛の微笑を浮かべながら、腕の中の醜い赤子をあやし始めた。腹を痛めて生んだ初子に向ける微笑は奥方の美貌をいっそう際立たせ、様子を伺っていた家中の者は一寸前の烈しい様子をすっかり忘れ、ひたすらホウと見蕩れていた。
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