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    limbo__666

    エッチ中だったり特殊性癖だったりはフォロワー限定で試運転中。
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    limbo__666

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    イズ扉に狂いに狂っていた時に書いた小説。今もお気に入りです。

    NARUTOの小説■囚われたる人
    扉間がうちはに捕まっちゃたのをイズナの目線でつらつらと


     甲冑についた血を落としたいと、父は私と兄とを置いて、水音のするほうにふらりと消えていった。戦後の父はいつも酷く興奮しており、下手に付いていかないほうがお互いのためだと学んでいた兄は、「さっさと帰らせろよ…」と一人ごちながらも、座りやすい木の根を弟の私に譲ってくれた。私は戦後、こうやって兄と2人で、父を待ちぼうけている時間がとても好きだった。体はクタクタに疲れ果て、お互いしゃべる気力も残っていなかったが、兄の肩に頭を寄せてじっとしていると、触れている部分からじわじわ融けてゆき、兄と自分との境目がなくなるような、不思議な気分に浸れるのだった。

     しばらく寝入っていたらしく、「そいつは…!」という兄の緊迫した声ではっと目を覚ました、ぼやけた視界の焦点を合わせると、妙に晴れやかな顔をした父親が、何かを抱えて目の前に立っていた。
    「丁度川岸の岩に引っかかっていましてね…。足を踏み外して流れてしまったのでしょう、毒がだいぶ回っているようですし。」
     ゆっくりと話す父の言葉を追い腕の中に目をやった瞬間、全身の毛穴が一気に拡くかというほどの衝撃を受けた。そこに居たのは、戦場で常に相対し今まで数えきれないほど白刃を交えた、千手一族の頭領仏間の次男、扉間であった。
    常の扉間は、銀狼のように逆立つ白髪を風に靡かせ戦場を駆け、まさに肉食の獣そのものの精悍さであったが、今、全身をぐっしょりと濡らして、父の腕の中に小さく収まり小刻みに震える姿は、仔兎のように弱く幼く見えた。絶句する兄と私の様子を見、満足そうに笑みを深めた父はそれ以上何も言わず先に歩き出し、「どういうことだよ一体…」と兄は低く唸りながら、未だ呆けている私の手を引いて、父の後を追った。兄に連れられながら、私は足がもつれないように歩くのが精一杯だった。父の腕からこぼれ、力なく垂れ下がった扉間の手が、川床に光る水玉ようにあまりに白く、ぞっとさせられたのだ。

     屋敷に帰った父はすぐさま扉間に治療を施した。兄も私も全く落ち着かず、暫く扉間の入れられた部屋の前をウロウロとしていたが、やがて自分たちの部屋に戻るように言われ、仕方なく布団に入った。それでも中々眠ることが出来なかった。
    「父さまはあいつをどうするつもりだろう。千手の前で見せしめに殺すのかな。」
     眠れない私は思い浮かぶままに口にしたが、兄は曖昧に返事を返すだけだった。私と違い、兄は眠たいのだろうと思われ黙っている内に、いつの間にか私も眠ってしまった。

     数日もすれば扉間は回復したらしく、いつの間にか、人質を幽閉するための離れの牢に移されていた。
     生き延びたのか。治療を受けたとはいっても、毒がかなり廻っていたと思うし、やっぱり千手って皆丈夫なんだなあ。と、私は呑気に感心するのみであった。


     千手の頭領の子を人質に取った。これを手札として有利に交渉すべきだと、一族は大いに湧いた。しかし、父はその意見を一蹴し、あろうことか、この事は決して他族に知らせるなと皆に訓告した。無論、一族の中からは大きな反論の声が上がったが、父は涼しい顔で、
    「次男では人質の価値がありませんよ。生きているのが分かったところで、一族の不利になる要求を長子でもない子に替えて呑むほど、あれは仁徳に厚くありません。千手仏間とは、そういう男なのです。」
    と言い放った。一族内のどれほども、その言い訳に納得はしていなかっただろう。しかし、うちはの頭領としてほぼ独裁を敷いていた父の言葉に、一人として刃向うことは出来ず、結局扉間の存在はうちはの中のみに留めることとなった 。

     それでも、人の噂に蓋はできぬものである。
     扉間の一件から数日後、共に修行をしていた兄と私が偶然に見つけたのは、うちはの領域に巡らせた結界に囚われ、身動き出来ないでいた一匹の口寄せ獣だった。よくよく見ると獣の首には書状が巻かれており、訝しげに兄が結び目を解くと、そこには見慣れた紋が押されていた。千手からの、嘆願状であった。

     慌てて2人で、書状を父のもとに持参した。後で知ったことだが、それは千手仏間直筆のものであったらしい。届けられた書状を座りもせずに一読した父は、
    「決して、一族の誰にもこの事は知らせてはなりませんよ。」
    と私達に告げ、ひどく大事そうに書状をたたむと、漆塗りの文箱にしまっていた。

     おそらく返事はしなかったのだろう。その後の千手と対する戦で、千手仏間は何を言うこともなく、しかし鬼のような形相でひたすら父を睨み続けていた。対照的に、その息子で扉間の兄である千手柱間は、かねてよりの旧知である兄に対して、扉間を返してくれと繰り返し叫び続け、最後には涙をぼろぼろとこぼしながら、聞き入れない兄に次々と地を揺るがすような大技を繰り出していた。私は、扉間の不在をめぐり、いつも以上に熾烈に争う両一族の様子を、冷めた心持ちで眺めていた。そう、ここに扉間は居ないのだ。


     そしてその日を境に、扉間は虜囚らしく、父と兄の手でひどく虐げられていった。

     離れの手洗いに行くと、たまに遠くから扉間の声が聞こえた。父上、父上と叫んでいる時もあれば、兄者、兄者とひたすらに泣き続けている時もあった。父による折檻の時には父上と、兄による折檻の時には兄者と呼んでいたのであろう。対峙する相手によって縋る対象も変わるのだろうかと、少しばかり不思議に思わされたことをよく覚えている。
     それにしても、来る日も来る日も責められていれば、普通ならばすぐに消耗し、やがて呻き声も聞こえなくなるところだが、扉間の声は同じような調子で、ずっと響いていた。切羽詰まった扉間の声も、最初こそ珍しく感じていたが、やがて慣れてゆくと、やはり私は呑気に、ほんとに千手って丈夫なんだなあ。そこだけは認めてやってもいいな。と改めて感心するばかりであった。


     今思い返しても、どうしてそのような行動をとったのか、よく思い出せない。

     それはいつかの千手との一戦の後だった。その日の兄はひどく苛立ち、屋敷に着いても装束を着替えること無く、足を踏み鳴らして真っ直ぐに扉間の居る牢に向かっていった。件の戦以来、対峙する度に扉間のことばかり繰り返す己の好敵手の様子に、いい加減うんざりしていたのだろうと思う。
     私は本当に何の気なく、その後をついていこうという気になった。じわじわと劣勢に立ちつつあるうちはの様子に苛立ち、虐げられる扉間の様子を見ることで、少しでも気を晴らそうとしたのかもしれない。しかし今となってはやはり、その時どういう気持ちで兄の後ろをついていったのか、まるきり思い出せないのだ。

     大分離れて兄を追い、牢に着いた。私がここに来るのは初めてのことで、中には独特の臭気が立ち込めていた。このような場所に父も兄もよく来るものだな、と私は顔を顰めながら、扉間に向かい怒号を飛ばす兄を、陰に隠れて伺った。兄はすぐに私に気付いたようだが、かまわず扉間への謗りを続けた。そこで私は運び込まれて以来久しぶりに、千手扉間を見た。
     兄を見据える扉間の顔に思ったほど憔悴した雰囲気はなく、所々擦ったような赤みはあるが、髪も綺麗に梳かされており、薄暗く妙な臭いの漂う牢の中にあっては不釣り合いに思えるほどであった。しかしよく見ると、首や腕や足の至るところに新しい血の滲んだ包帯が巻かれ、それはおそらく着衣の下も同様なのだろうと伺えた。
    だが何より驚いたのは、その時扉間が着ていたものが、うちはの黒い装束であったことだ。あれほど矜持の高い扉間が、大人しくうちはの装束を身につけている様子は、私の胸の内になんとも言葉にしがたいもやを渦巻かせた。
     やがて、何事か言い終えた兄が扉間の居る牢の中に入っていった。その途端、尋常でなく扉間が震え出し、兄から少しでも離れようと仰け反ったが、 兄はかまわず扉間の襟首を掴みひきずり倒すと、その上に圧し掛かった。

     私はその時、父と兄が扉間に与え続けていたものが、単なる暴力などではなくひどい辱めであったことを、はじめて知った。幻術をかけられているのだろうか。そう思えるほど、目の前の扉間の姿は私の知るものとはかけ離れていた。聞き慣れぬ、裏返った高い声はひたすらに、兄者、兄者と繰り返し続け…。
     その様は、言葉を知らぬ赤子のようで、酷く倒錯的であった。
     自然と数歩足を踏み出し、私は牢の眼前まで来て扉間の様子を凝視していた。そのうちに、頭をグラグラと揺らすままにしていたものが鈍くなり、その眼がゆっくりとこちらを向いてきた。そしてそこにある影が、戦場にて何度も相対した己の宿敵、うちはイズナということに、気付いてしまった。
     ようやく扉間が私を見た。人が殺されるとき、この世の終わる瞬間に見せる絶望の表情、それと全く同じものを扉間は浮かべ、ついに獣のように呻きはじめた。口の端には泡だった涎が垂れ、腕を振って兄を避けようとしたが、途端に兄がこめかみ辺りを殴り飛ばし、また元のように大人しくなった。しかしその眼は改めて私に向けられ、そして確かに助けを求めていた。何者でも良い、この地獄からどうにか救ってくれと。
    しかし私は、扉間の赤い瞳に己の黒い影が映り込んでいる様子に、密かに息を呑むばかりであった。

     事の終わった兄は扉間を全く省みることなく、自分の身支度を整えるとさっさと牢を後にした。死んだように横たわる様子を一瞥し、私もそれに続いた。兄の背中を見つめながら、いろいろ言いたいことが浮かんだような気がしたが、結局何一つまとまらず、空っぽになった頭の中には虚ろな音が共鳴していた。


     一体なぜ、あのようなことを。私はその後様々に考えを巡らせた。戦場であっても人一倍品行を気にし、己の矜持を頑なに誇示していた兄が、あのような下劣な行いをよくも行えるものだろうか。また、掴めない人ではあるが、貶める目的とは言え、忌み嫌う千手の肌を直に触れられるほど、父は器用な人であったのだろうか。
    それなりに見目に恵まれた私は、男女を問わず色事の声をかけられることが多かったが、兄という脅威が後ろ盾として居てくれたおかげで、今日まで他人に対して情を結ぶことは無かった。それ故、乏しい経験を総動員して心情を汲み取ろうにも、いつまで経っても何の光明も差すこと無く、どうしても、あの父と兄が扉間に執着する理由が分からなかった。

     しかし、悩み始めてよりしばらくの内にその謎はふいに解けてしまった。その後の千手との戦を繰り返す間に、鈍い私でもついに気付いてしまったのだ。仏間に向けて幻術を向ける父のまなざしに、柱間に向けて業火を放つ兄の顔に、ありありと浮かんでいる感情。それは思慕であり、憧憬であり、まぎれもなく愛であった。ああ、父も兄も、扉間を通して仏間を、柱間を抱いているのだ。成就することのなかった愛が、憎しみに形を変えて、姿形は似ずとも同じ血の通う扉間に向けられている。決して届けることの出来ない想いが、扉間にぶつけられている。

    私は父と兄に対し、これ以上ないほど哀れみを覚えた。
    そして生まれて初めて、扉間を可哀想だと思った。


     その日から、私は父と兄が居ない時に一人で扉間のもとに向かうようになった。はじめは可笑しいほど怯え竦んでいた扉間だったが、
    「宿敵とゆっくり話す時間なんて、人生でそうそう無いと思うよ?」
    と私が言っておどけると、扉間はするりと緊張の糸をゆるめた。私は目一杯の愛想をつかいながら、父や兄のように扉間を害する気は無いことを、言葉の端々に乗せて伝えた。常の扉間ならば、どのような状況でもたやすく絆(ほだ)されるようなことは絶対に無かったであろう。それでも、私達はその日の内にまるで旧来の友のように、親しく話せるようになった。それだけ、扉間の神経は追い詰められていたのだ。
    私は崩れかけた扉間の心が、自分の影で満たされてゆくことに、この上ない楽しみを見出していた。

     私達は色々な事を話した。勿論、虜囚のことについても。
     獄中の扉間を身ぎれいにさせているのは父だった。父は酷く丁寧に扉間を扱うそうだが、事の最中にいきなり腹を刺されたりするらしい。傷口に吸い付きひたすら血を啜られるのだと聞いた時は、思わずその様子を想像してしまい、それがなんとも父らしいもので「それは怖すぎるなあ」と、わたしは言いながら笑ってしまった。「貴様の父親のことだぞ…」と扉間は恨めしそうに嘆息する。
    対して、兄はいつも罵詈雑言を浴びせ、骨が折れそうなほど乱暴に責め立てるのだそうだ。毎度、肉を破るほど強く噛み付かれ、それがまた喉元に集中するものだから、生きた心地が全くしないのだと言う。私が見ていた時など、相当に優しいものだったらしい。
     敬愛する父や兄の下世話な話を聞くのは、肉親として決して気持ちの良いものではなかった。だが、二人揃って何をやっているのだろうと呆れると同時に、やはり千手の血を求めているだけなのだな、と、最早誰に対して抱いているのか分からない憐みを、いっそう強くさせられたのだった。

     扉間も最初は忍らしく、舌を噛むなり食を断つなり、様々な手段で自害しようとしたらしい。しかし、その度に幻術をかけられ想像を絶する悪夢を見せられるので、自ら死ぬことはもう諦めてしまったのだと言う。扉間の心が完全に折れていることは、今、私と話している間であっても、最早うちはの装束を脱ぐという発想が無いことに、ありありと伺えた。
     だが、いかに踏みにじられようと、何かきっかけがあれば人は立ち直ることが出来るらしい。
    「お前と話せて気力が湧いた。兄者は俺が生きていると知れば、絶対に助けに来るはずだ。」
    「そうだよ、そして早く戦場に戻ってもらわなきゃ。お前が居ないと僕、することがなくって、ホントつまらないんだから。」
    そう言うと、私達は宿敵らしくにやりと顔を見合わせた。ひどく穏やかで、楽しい時間だった。それでも私は頭の隅で、腹をあちこち刺され神経を摩耗させても尚、これだけ話せる元気を保つ扉間に、いっそ羨ましささえ感じるのだった。

     父も兄も、私が扉間の元に行く頻度が高くなっていることに気付きながらも、特に何かを言ってくることは無かった。相変わらず二人は扉間を責め続けていたし、そのことについて私も何も言わなかったが、あてつけのよう気持ちで、私はことさら楽しげに扉間と過ごした。


    日々はゆるやかに過ぎていった。

     そのうち私は、妙な感慨に浸るようになってきた。父と兄と揃って朝飯を食べていると、ふいに、この日常の横で、扉間が牢の隅で膝を抱えている情景がよぎり、なんともいえない気持ちになるのだ。兄と修行している時や、庭の花に水をやっている時にも、同じような気持ちになる時があった。
    扉間は、このままこの屋敷の中で、尊厳も何もかもを奪われたまま死んでしまうのだろうか。私が大きくなって、いつか伴侶を得て屋敷を離れた後も、扉間はずっと、父と兄の蹂躙を受け続けて生きていくのだろうか。
    ああ、でもそれは少し愉快かもしれない。そうして、私はうっそりと想像を楽しんだ。

     次の戦で、ついに柱間は戦場で扉間の名を口にしなかった。
     何かに耐えているような辛く苦い顔をして、いつものように兄と対峙し戦っていた。父達も同様であった。
    そこに扉間が居ないこと以外は、すべてが元に戻ったような戦だった。
    兄の補助に回りながら、私はあまりの嬉しさに、刀を放って叫びまわりたいような気持ちだった。

    扉間!ついにお前の父様も、兄さんも、お前のことを捨ててしまったよ。
    ねえ、誰がお前を助けてくれるんだろうね?


     興奮が抑えられず、私は一刻も早く扉間の元に行きたくて仕方なかった。しかし、その日の戦後すぐに扉間の元に向かったのは、父と、そして兄もであった。
    今まで二人揃いで向かうことは無かったので、私はついに扉間が殺されるのかと思い、興奮も一気に覚めぞっと背筋を凍らせた。いや、私や一族の者に対して、何も言わずいきなり手を下すことは無いだろう。しかし、いつまで今の状況が続くものであろうか。 最早、人質としての価値は完全に消えた扉間である。当たり前のように、この先もずっと虜囚となっている様を想像していたが、そもそも、父と兄からすれば千手という名の代替え品にすぎない。いつ、どのようなきっかけであっても、扉間の命を奪う理由になり得るのだ。
     居間で一人、父と兄の帰りを待ち続ける時間が、この上なく長く果てしなく感じられた。そして、私は1つの決心を固めた。


     その日は父と兄は一族の集会のため屋敷におらず、朝から私一人であった。残りご飯をむすびにして頬張りながら、父と兄に逆らうのは、これが最初で最後だろうなと思いながら、扉間の居る牢に向かった。
     牢の中の扉間は、いつものように膝を抱えて伏せていたが、私の気配に気づくとはっと顔をあげ、嬉しげに近づいてきた。私は扉間に笑顔を向けながら、牢の格子戸へ印を結んだ。
    「扉間、今日でお別れだよ。」
    「……どういうことだ?」
    「前も言っただろう?戦場にお前が居ないのは、つまらないんだから。」
    私はそう言って、笑顔のまま牢の扉を開けた。うちはの印さえ解いてしまえば至って単純な鍵でしかない。しかし、牢の中に居る扉間は微動だにせず、顔をしかめてこちらを伺っていた。
    「どうしたの?早く出ておいでよ。大丈夫、安全なところまで送ってあげるからさ。」
    「どういうことだと言っている。」
    「あんまり人を疑いすぎるのはよくないよ。ほら、早く出て。父様と兄さんに気付かれない内に。」
    父と兄の名を出すとはっとした顔になり、慌てた様子で扉間は牢の中から出てきた。しばらくまともに使っていないであろう足は、もつれてひどく歩きにくそうだったが、様子を察しそれ以上何も言わず、扉間はゆっくりと、しかし確かに私の後をついて歩いてきた。
     もうこれで最後なのだから、道中話し足りないことを話し尽くそう。扉間と会う前にはそのように思っていた筈なのに、結局私は一言も口にすることが出来なかった。扉間のほうからも何も言うことは無く、私達はひたすら無言で、屋敷を離れ林の中を抜けていった。

     うちはの結界を抜けたところまで扉間を案内した。最後のほうは、ミミズと競争でもしているのかというほど、のろのろとした歩みだと自分でも思った。
    「じゃあ、ここでさよならだね。」
    自分の足を見つめながら、絞りだすような思いで、口にした。
    「ああ…。」
    後ろから扉間の声がしたが、私はその顔を見ることが出来なかった。何も言い返すことが出来ず、動くことも出来ず、込み上がる感情を抑えるだけで必死だった。
    「イズナ。」
    ふいに扉間が私の手を握ってきた。父に運ばれていた時と変わらない、石のように白く冷たく見える手であったが、初めて私に触れたそれは、驚くほど暖かく、やわらかかった。
    「ありがとう。」
     反射的に振り返り、扉間の顔を見上げた。丸い頬には、赤い瞳からツウと涙がつたい、それは蜜のようにきらりと輝き、私はその雫に自然と唇を寄せていた。扉間も抵抗することなく、やがて唇を求めて来た。
    触れたのはほんの一瞬のことだったが、私はこの時を死ぬまで忘れまいと心に刻んだ。
    扉間の手の暖かさもすべて、心に刻んだ。


     扉間を逃したことはすぐに父と兄の知るところとなり、どういうことかと詰め寄られたが、戦場で殺さなければ意味が無いとか何とか、もっともらしいことを適当に並べてはぐらかした。父も兄も納得した様子はなかったが、結局、二人とも私には甘いのだ。それ以上糾弾されることもなく、一族に対しては「隙を見て脱走された」ということにして、有耶無耶のままにこの一件は終わりを迎えた。

     扉間の居ない、かつての日常が戻っていた。父も兄も、扉間などまるで最初から居なかったかのように、普段と変わりなく過ごしていた。
    私一人だけが、すっかり取り残されていた。
    「お前の兄さんさえ、お前を捨てたんだよ。」
    あの時、喉元まで出かかっていた言葉。
    最後にたった一言、扉間に伝えることが出来なかったことを、今更後悔しながら。


     それから幾許もしない内に、扉間は囚われの身であったことなどすっかり忘れたような顔で、私の知る戦場の銀狼のままに、千手一族に並んで姿を見せた。戦場に戻った扉間に対して、父や兄がどのような思いを巡らせたのか、私は知らない。それは既に、どうでもよいことだった。

     なぜなら、あの赤い瞳は私の黒い影だけを写して、そこに居たのだから。

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    limbo__666

    MOURNING大谷吉継推し三吉派でした
    小説4本・微グロ描写あり
    戦国BASARA3の小説■野狐禅
    個人的に感じていた家→三→吉のパラレル話

     冬の初めのある日、とある武士の家に待望の長子が生まれた。しかし生まれた子の産声は小さく、脚がくしゃりと縮こまり肌は死人の様に蒼褪めた、まさに蛭子を思わせる醜い姿であった。その有様に家中の者は色を無くし、待望の長子ではあるがこれではお役には立ちますまい。市井の口の端で嘲られる前に疾くに殺してしまわねばと、母から離した赤子を囲んで途方に暮れていた所に、その姿を一目見るなりひいと気を失った奥方が目を覚まし、我が子はどこだ、今すぐに我が子をこの腕に返せと、屋敷を切り裂くような高い声でわめき出した。その様は鬼子母神もかくやと言わんばかりに激しく、手弱女を体現したように大人しい常の姿からは思いもよらず、赤子を囲む家中の者はその様子に驚きながらも、奥方の命ずる通りに赤子を連れてきた。満足に息も吐けぬ様子で、口の端からごぶごぶと泡を吹く赤子をおそるおそる差し出せば、奥方は奪い取るようにひっしと腕の中に囲み、おおよしよし、何と可愛い私のやや子。どこにも離しはせぬ故安心おし。と、それまでと打って変わり、菩薩のようなやわらかな慈愛の微笑を浮かべながら、腕の中の醜い赤子をあやし始めた。腹を痛めて生んだ初子に向ける微笑は奥方の美貌をいっそう際立たせ、様子を伺っていた家中の者は一寸前の烈しい様子をすっかり忘れ、ひたすらホウと見蕩れていた。
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