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    303minomusi

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    303minomusi

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    フォロワさんの父の日のSSが大変素敵で、私もルークの父の日のSSを書きました。
    エリントンの街角の花屋でのお話です。
    ※よく考えたらフルコンプ推奨でした

    #バディミッションBOND
    buddyMissionBond
    #ルーク
    rook
    #エドワード
    edward.

    『The Rose』



     いらっしゃいませ――店先へ投げかけた声を耳に拾い上げながら、私は「ああ」と思った。「今日は、彼のやって来る日だったか」とそう胸に独り言ちる。
     予約の電話を受けたのはいつも通り一週間前。仕入れた花を、注文通りに見繕って用意したのは開店前のことであるのに、その声を耳にしてふうっとそんな考えが脳裏を過った。
     視線の先に、一人の若い男性が立っている。店先に所狭しと並べたバケツの花々、その色とりどりの花びらの向こう側に佇んで、目があえば人好きのする淡い笑みを浮かべる。礼儀正しい小さな会釈に「こんにちは」と声を掛けた。彼は一歩踏み出すと「予約の花を受け取りに来ました」と柔らかな声で言った。灰色のコートの肩が僅かに濡れている。私は「降られましたか」と思わず声を掛けた。反射的に、棚から卸したばかりの白いタオルを取り出す。差し出すと、彼は驚いた顔で両手を上げた。
    「悪いですよ。濡れたのは、ほんの少しですから」
    「拭ったほうが乾くのも早いですよ。卸したばかりの新しいものですから、もし、お嫌でなければ。髪も濡れたでしょう」
    「…じゃあ、お言葉に甘えて。すみません。…天気雨かな。油断しました」
    「予報では夜の雨でしたから。本降りにならなくてよかったですね」
    「面目ないです」
     彼は後ろ頭を掻くと眉を下げた。申し訳なさそうな顔がいっそう人を和ませる雰囲気を醸し出す。頭の次に肩をそっと拭ったタオルをわざわざ畳み直す。彼からそれを受け取った私は首を振りながら笑った。
    「私こそお節介を。…ご予約のお花、すぐにお包みしますね。…いつものように、簡単にリボンだけお掛けしますか?」
    「はい。お願いします」
    「すぐにいたしますので、少々お待ちください」
    「分かりました」
     こくりと頷いて、彼は入り口から狭い店内をくるりと見回した。スイートピーからガーベラへ、ガーベラからオリエンタルリリー、カラーにカスミソウ、スズランの鉢とその傍らの苔玉を覗き込み、しげしげと緑の玉からすっと伸びた茎の先の赤い花を眺めている。
     手早くリボンをカットした私に、声が掛かった。
    「これは……何ですか?」
    「…コケダマですか?最近、人気があるようで。輸入したものなんですが。ほら…あの、島国の…そう、ミカグラ」
    「ミカグラ?」
    「極東の宝石なんて呼ばれるリゾートが有名な島国でしたか。そのコケダマもはるばる海を渡ってこの店に来たわけですが、ほんとに人気なもんでビックリですよ。先週仕入れて、もうその一つしか残ってませんから」
    「これは植物、なんですよね?ボールみたいに丸いんですねえ。―――コケ、ダマ?」
     彼はしゃがみ込んで間近に見つめると、好奇心をくすぐられたよう顎に手を添えてふむと唸った。
    「私も一つ部屋に置いていますよ。手が掛かるんですが、そこがまた、可愛いもんです」
     ついしみじみとした口調になる。枯れないよう、水を与えすぎないよう、苔玉はその可愛らしい見た目通りにひどく繊細だった。花屋仲間からレクチャーを受け何とか綺麗な緑を保っている。手塩にかけた姿を脳裏に描きながら、彼の見守るたった一つだけ残った苔玉に視線を移した。今回仕入れたそれは、土台の苔玉に植わった小さな花が咲くタイプのものだった。花は数種あり、店に残ったそれはシェードランプのような赤い花が咲く。開花するまでのんびりと日にちをかけたせいで、他のものより出遅れていた。赤い花が咲くまではすっと伸びた茎の先に淡い緑のつぼみが下がっていた。彩りには欠けるだろうが、硬質なそれはやわらかな風合いの苔玉とのコントラストが美しいと私は思った。けれど残念ながら売れ残ってしまった。今朝がたやっと花びらがほどけ、完全に咲いた姿を熱心に見つめてくれたのは、彼が初めてだった。
     コートの裾を引きずらないように丸くなって、その姿がまるで小さな子どものように見える。客を、それも成人男性にひどく不躾だとは思う。けれど店を訪れる彼は並んだ花々へあどけない表情を見せた。咲いた花を「きれいですね」と言う彼の言葉は、海を見て「大きい」と感嘆する子どものような飾り気のなさがあった。
     彼は日向のような眼差しを咲いたばかりの花へと注いでいる。ようやっとほころんだ小さな花は、恐らくその眼差しを浴びて晴れ晴れとしているに違いない。先に咲いた紫の花、黄色い花、青い花に惜しみなく向けられた賛辞を浴びなかった花だ。優しい声に「きれいですね」と言ってもらえて、きっと咲いてよかったと思っているだろう。
     私はリボンをかけ終わった花束を抱えると、花に埋もれるようしゃがみ込んだ彼に一歩歩み寄った。
    「お待たせしました」
    「あ、ありがとうございます」
    「白いバラを9本で、お間違いないでしょうか」
    「―――はい」
     少しだけ、大人びた顔つきになって彼が頷く。取り出した財布から紙幣を数枚抜き出した。「ちょうどお預かりします」と答えて受け取り、花束を彼の腕へとそっと送り出す。彼は白いバラの花束を両腕でやわらかく抱きとめると、僅かな間香りに包まれた表情を浮かべた。馥郁とした香りを胸に満たし、そして笑う。その笑みには積み重ねた時間が見えるようだった。
     私は前掛けで手に残った僅かな湿り気を拭った。開け放ったガラス扉の向こうへ日差しが薄っすらと降り注いでいる。雲間からこぼれ落ちた陽が、ふうっと世界を明るくした。雨が、止んだのだろう。私がつい向けた視線に気付いたのか彼が肩越しに店の外を振り返った。声が「明るくなりましたね」と言う。私は「止みましたね」と答えた。
     私を振り返った彼は嬉しそうににっこりと笑った。
    「お待たせいたしました」
    「いえ。いつもありがとうございます」
    「こちらこそ、ご利用ありがとうございます。―――また、お待ちしております」
    「はい。……では」
     落ち着いた顔つきで、彼は会釈をすると抱えた花束と一緒に踵を返した。私は彼に、メッセージカードの有無を確認しないまま、その姿を送り出した。彼には、そう尋ねることをもうしない。確認したのは彼が初めてこの店を訪れた5年前に一度きりだ。
     毎年三度、彼は私の店で白いバラの花束を買う。9本のバラの花。青いリボンをかけたそれを腕に抱え、彼は今日も――、亡き父親の墓へそれを手向けに公共墓地へと向かうのだろう。
     雨が上がってよかった。私はそう思って一つ瞬きをした。日差しは深呼吸をするよう明るさを増している。雨上がりの街角はきらきらとその光を弾いている。見えるすべてが光を含んでいるようだった。
     軒先に並んだ花々の上には旗を掛けている。5月のそれより花を買い求める人は多くなかったが、それでも多少は花束を贈る人もいる。文字を書いた旗がそよそよと吹いた風に揺れる。鼻腔に雨上がりの香りが花の果を纏って過っていく。
     5年前、彼がこの店を訪れたのは今日と同じ――父の日だった。
    「足元が滑りやすいですから、お気をつけて」
     店先へ出て、声を掛ける。彼は振り返って朗らかに笑った。
     あの日、私は彼にメッセージカードを付けるかどうかを質問した。5年前の彼は、虚を突かれた顔で私を見、短い間を置いて「お願いします」と言った。淡い笑みを浮かべていた。今浮かべる笑みとは色合いの違う微笑だった。小さなカードを取り出し、何と書くかと聞いた私に彼は静かな声で「―――父さんへ、と書いて下さい」とそう言った。
     短いやり取りが褪せず残り続けている。私の書いたカードを差した花束を抱いた彼の、表情には痛みが滲んでいた。堪えかねて出過ぎた問いかけをしてしまったことを強く覚えている。それに答えた彼の声も。
     ありがたいことに、彼はその後もまたこの店を訪れてくれた。買いに来るのは決まって白いバラを9本、花束にして。
     6月の第三日曜、クリスマス、そしてもう一つは父親の誕生日なのだと言う。欠かさず彼は店を訪れ、バラを抱いてその足で父親の眠る墓地へと向かう。
     灰色のコートの後ろ姿を見送る。腕の向こうに白い花びらが覗いている。見送る私に気付いて彼が振り返って手を挙げた。私も手を挙げそれに応えた。屈託のない笑顔が遠ざかっていく。
    「すみませーん」
     後ろから声が掛かる。新しい客が花のそばへ立ってこちらを見ている。私は「いらっしゃいませ」と言って、小走りに自分の店へ戻った。



    「―――報告は、以上になります」
    「ああ」
     受け取ったファイルを静かに机の上に置く。男の机の前に立った部下は頭を短く下げるときびきびと退室した。男はそれには視線を向けず、宙を見るともなく見た。室内にはこつこつと音が響いている。男の机上に置かれたニュートンのゆりかごが一定のスピードでリズムを刻み続けていた。
     今しがた置いたファイルから、何かの角が覗いている。厚みのあるそれは写真の一部分だった。ファイルから飛び出したそれを指先で押し戻しかけ、しかし男はつまむと静かに取り出した。
    「………」
     男の手にした写真に人の姿はない。ただ地面へプレート上に埋めこまれた冷たそうな石が映っている。墓石――そして白いバラの花束。
     なぜ部下がこれを写真に撮ったのか分からず、彼はそれをじっと見つめた。ある期間自分を呼称した名前と数字、短い言葉の刻まれた暮石は暗い色合いをしている。四角いその上へ、文字を隠さない下部に花束が横たえられている。置かれてからそれほど間を置かずに撮影したのだろう。色彩の乏しい中でも花びらはそのやわらかさを見る目に伝えている。白い花は穏やかに、墓石へ寄り添っていた。
    「………」
     切り取られたこの景色は、定点観測のごとき定期の報告にとって必要なものなのだろうか。男には分からなかった。或いは――感情を伴えば理解できる類のものであるかもしれない。花の意味も、それを撮る者が汲む心も。
     けれど――男にはそれが分からなかった。
     だからこだわりなく写真をファイルにしまい込むと、男はそれを二度と――開かなかった。



                     ―了―


    ******
    おつかれさまです!
    球がカチカチぶつかるやつ、「ニュートンのゆりかご」と言うのだと初めて知ってびっくりしました。
    ふぉろわー様のSSの中で「死者には白いバラを」とあって、もう、白いバラを抱えたルークが歩いていくのが見えてしまったので辛抱たまらず書きました。
    最高SSのお陰で今日も元気です。ふぉろわーさんありがとうございます。感謝をこめまして。
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    303minomusi

    DONEフォロワさんの父の日のSSが大変素敵で、私もルークの父の日のSSを書きました。
    エリントンの街角の花屋でのお話です。
    ※よく考えたらフルコンプ推奨でした
    『The Rose』



     いらっしゃいませ――店先へ投げかけた声を耳に拾い上げながら、私は「ああ」と思った。「今日は、彼のやって来る日だったか」とそう胸に独り言ちる。
     予約の電話を受けたのはいつも通り一週間前。仕入れた花を、注文通りに見繕って用意したのは開店前のことであるのに、その声を耳にしてふうっとそんな考えが脳裏を過った。
     視線の先に、一人の若い男性が立っている。店先に所狭しと並べたバケツの花々、その色とりどりの花びらの向こう側に佇んで、目があえば人好きのする淡い笑みを浮かべる。礼儀正しい小さな会釈に「こんにちは」と声を掛けた。彼は一歩踏み出すと「予約の花を受け取りに来ました」と柔らかな声で言った。灰色のコートの肩が僅かに濡れている。私は「降られましたか」と思わず声を掛けた。反射的に、棚から卸したばかりの白いタオルを取り出す。差し出すと、彼は驚いた顔で両手を上げた。
    「悪いですよ。濡れたのは、ほんの少しですから」
    「拭ったほうが乾くのも早いですよ。卸したばかりの新しいものですから、もし、お嫌でなければ。髪も濡れたでしょう」
    「…じゃあ、お言葉に甘えて。すみません。…天気雨か 4303

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