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    garden_eel1126

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    garden_eel1126

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    前にぼやいていたワスオタ♀
    男として育てられたオタが家督継いだ事をきっかけに女として過ごし始めてドギマギするワスを目指してた、、はず、、、、、

    愛情を知るワースが生家に呼び出されたのは、オーターが家督を継いでから一月後の事。
    神覚者として魔法局に勤めていたオーターはいつ休んでいるのかと噂になるほどのワーカホリックで、そんな彼が1週間の休暇を申し出た事が全ての発端だった。

    (今更俺になんの用だよ。)

    オーターがその1週間の休暇で家督を継ぎ、両親を隠居させた事は魔法局内で噂になっていたのでワースの耳にも入っている。噂話しか知らない理由は当然オーターが喋らないからだった。
    イノセントゼロとの一件でワースは両親とは疎遠になっている。父親に認められるため、価値をつけてもらうために今まで努力を重ねて来たワースだったが、ランスとの戦いで身を置く場所を間違えていた事を知った。認められる喜びを知ってしまってはあの家に戻る事なんてできなかったのだ。大体、需要が違えば価値だって変動する。苛烈な戦場に求められるのは頭脳明晰な研究者ではなく、状況を打破できるヒーローだろう。それと同じでマドル家で俺の需要は無かった。無かったら需要のある所に行けばいい。簡単な話だったのだ。まだ完全に吹っ切れたとは言えないが、自分の価値は努力と環境で決まる。その事に気づいたワースはやっと地に足をつけて歩み出す事ができた。それからは失態を挽回しようと必死に努力を重ねた。実技、座学共に優秀な成績を収めイーストンを卒業し、魔法局という就職先を手に入れたのである。
    完全に吹っ切る事が出来ない理由の一つである兄は魔法局に入局したとたん「調子はどうですか?」「残業してないで早く帰りなさい」などと事ある事にちょっかいを出して来たくせに、今回のことは何も口にせず、なんなら避けられていたため、家の事はもうワースに喋る義理はないとオーターが判断したと思っていたのにどうして今更実家に呼ぶのか。
    気が進まない時に限って目的地に着くのが早い気がして、うんざりしながらもお行儀よく3回ノックする。

    「はい。」

    「俺だけど」

    「ワースか。入りなさい。」

    かつて父親が座っていた椅子に座るのは、いつもと変わらないオーターだった。ワースは部屋に数歩入った場所で立ち止まった。

    「話があって呼び出しました。貴方に伝えるのが遅くなりましたが、父から家を継ぎました。」

    「呼び出しといてそれだけかよ」

    魔法局にあるオーターの執務室で事足りたであろう内容にうんざりする。貴族というものは形式ばっか重んじて、合理性のなさに嫌な顔を隠せなかった。「帰る。」そう言い残してドアの方を向くと少し焦った声が部屋に響いた。

    「まちなさい!まだ、話があるんです。」

    いつも澄ました顔をしてお高くとまっている兄がそんな声を出すのが珍しくて思わずワースは振り返ってしまった。オーターは何やら思い詰めた表情で下を向き、一向にワースと視線を合わせる事をしない。

    「なんだよ」

    「貴方に言えていないことがありまして、、、みてもらったほうが早いですね。」

    ぱちん

    説明を諦めたオーターが指を鳴らすと、今まで見ていた輪郭が崩れていく。ワースより少し下にあったオーターの目線はより一層低くなり、男性特有の骨ばった体つきは丸みを帯びた女性らしいものに変わっていった。

    「なっ、、ぇっ、、!?」

    「実は私は兄ではなく、姉だったんです。」

    生まれた時からね。


    「これから女として過ごします。」

    オーターは物心つく前から本当の性別を偽っていた事、これからは女性として生きていくことをワースに伝えた。言いにくかったことをやっと告白出来たオーターは先ほどよりもリラックスしており、不自然に入っていた力も緩んだように見えた。

    「今更なんでそんなこと言うんだよ、、あんたの変装は完璧だった。これからも欺こうと思えば出来たはずだ。」

    「それが出来なくなったんですよ。性転換するのに外見は魔法を、中身は魔法薬を使用していたのですがドクターストップがかかりまして。性転換薬は常用するものではないと医者に口酸っぱく言われてたのですが、ついにいつ後遺症が出てもおかしくないと言われてしまいました。
    元々性別の転換は両親に強制されてたので隠居させてから女性に戻ろうと薄々思ってはいましたよ。」

    最初のどもり具合は何だったんだと思うぐらいオーターはワースの質問に淡々と答えた。

    (何考えてんだ?)

    ワースは昔からオーターの瞳が苦手だった。
    父親に似た暗い黄土色をしたその瞳が。
    感情乗せず冷めた視線をよこす癖に、焦点が合っているようで合ってないような、自分を見ているようで見ていないような感じがとても不気味だったのだ。
    色んな事に気を取られて思考がまとまらず、何一つ上手く飲み込めないワースをオーターは少しも待たない。気付けば「話は以上です。」と締めくくられていた。テキパキと外装を羽織り、外出する準備をする始末。

    「これから所用で出かけます。」

    「待てよ!」

    「あぁ、それともう家には関わらなくて結構です。」

    「はぁ?」

    「貴方にはこの家は必要ないでしょう?もう帰っていいですよ。」

    「ふっざけんな!!いままで!俺がどれだけ、、、」

    「貴方ここを出たがってたでしょ?」

    必要としなかったのはあんたたちなのに。キュッと痛む心臓を握り締めながら取り乱すワースを遮るようにオーターは喋り出す。
    何故そんなに嫌がるんですか?と言いたげな視線にワースは何も返せなかった。家を出ようと考えた事が無かった訳じゃない。でもこれは違うと思った。上手く言えない感情だけがワースの中にこびりつき、扉は無情にも閉められた。





    「失礼するよ」

    コンコンコンと軽快なノックの後姿を現したのはカルドだった。

    「オーター、ちゃんと休んでる?」

    これ僕の所に届いてたよとカルドが差し出す書類を素直に受け取る。中身を見るとオーターの部署で保管するべき書類だったのにいつの間にかカルドの所へ旅に出ていたようだ。

    「お手数おかけしました。」

    それでも神覚者が直々に持ってくるほどの内容では無いだろうにもしかして暇なのだろうか。
    書類を適当に机の上に放って、退出する様子のない男を見上げた。

    「何徹目?」

    「20分ぐらいの睡眠をこまめにとってる。」

    「不健康だよ。ちゃんと寝ないと。」

    まあ、甘いものでも食べなよと机に置かれたハチミツの小瓶は食べなくても甘ったるくて胸焼けがしそうだ。

    「いらん」

    「そう?」

    「貴様、邪魔しかしないなら帰れ」

    「邪魔したいわけじゃないよ」

    いちいち気に障る男だ。オーターがハチミツを受け取らない事を知っていてわざと距離を詰めてくる所が。カルドはやれやれと肩をすくめて笑うけれど、観察する様な視線は隠さないので苛立ちは募るばかりだった。

    「真面目な話、調子はいいの?」


    「、、、、、」

    問いかけておいてカルドは人の返答も待たずに「こんなの部屋に置いてあったっけ?」と部屋の隅に行ってしまう。

    「埴輪?」

    「違う。ちょうどいいその横に立て。」

    オーターはかろうじて人の形をとった、目と口がついた物を指差す。カルドは頭の上にはてなを浮かべながら言われるがまま人形の横に立った。オーターの砂で出来ていた像は微調整するように形を変えていく。なだらかだった頬から鎖骨にかけてはもっとメリハリのある凹凸が表れ、ネクタイやワイシャツなど詳細な情報がどんどん像に反映されていった。次に2センチほど背丈が調整されたところでカルドはピンとくる。

    「もしかしてワース?」

    「いつでも顔を見れたらいいなって」

    据わった目でカルドと像を見比べながら砂を操る姿は真剣そのものだ。
    重症だ。今すぐにでも弟のいる部屋にぶち込みたいぐらい。この像がワース似ていても似ていなくても代わりにはなりはしないのに見ていて痛々しい。

    「オーター、」

    一度休もう。カルドが声をかけようとした時、突如オーターの右頬がざらざらと砂に変わり、形を崩していく。

    「、、、、」

    「、、、、」

    「オーター?」

    オーターはこぼれ落ちる砂を掬うようにして顔に手を当てた。魔力の暴走を認めて落ち着いていつものように元に戻す。カルドが驚いて声が出ないのをいい事に視線を逸らし続けていると、カルドは返答を求めていないような態度を改めて、厳しい口調に変わる。さっきまでは宥めるような物腰の柔らかさだったのに、もうはぐらかされてはくれないのだろう。オーターはとてもめんどくさく思った。

    「はぁ、、、本当の姿になったら魔力量も跳ね上がって制御できてないだけだ。」

    「解決策は?」

    「マーガレットマカロン曰く、慣れるか、発散するしかないと。貴方私の外勤奪ってますよね?返せ。」

    神覚者としてもそうだが、最近はマドル家当主としても忙しなくしていたため、代わりに引き受けといた仕事がいくつかあった。まさかそんな弊害があるなんて考えもしなかったとカルドは手を顎に当てて考える。

    「そういうことなら。条件としてレインをつけさせてもらうけどいいよね?」

    「は?」

    「条件が呑めないならこの話は無しだ。別に実戦に出なくても君には2人も弟子がいるんだから付き合って貰えばいいじゃないか。」

    「魔力が制御できないって言ってるのにあの2人相手にするわけないだろ。」

    「なら条件呑んでよ。僕が行こうと思っていた案件だけど結構大きめの殲滅があるんだ。レインはイーストンも卒業した事だし実戦に慣れて貰いたいからさ連れてってよ。」

    「、、、」

    「それとも僕が相手になろうか?」

    カルドの目がうっすらと開いて微笑んだところで頑なに頭を振らなかったオーターが先に折れた。
    めんどくさいと言わんばかりの盛大なため息の後、オーターは渋々了承したのだった。

    -------------------

    書けてないけどカルドがワースにオーターの様子見てきてっていうシーン

    -------------------

    なんで俺がとも思わなくはないが、流石に心配になってくる。そんな気持ちを悟られたのかカルド様に背中を押されて兄の元へ向かった。

    適当にノックして返事を待ってから入室する。オーターはまさか実の弟が尋ねて来るなんて一ミリも思っていなかったので酷く驚いているようだった。でも驚いていたのは一瞬ですぐに元の表情に戻ってしまう。
    部屋の中にはオーターの他にもう1人、30代ぐらいの男がいた。男の手にはお盆が携えられていたので、コーヒーを差し入れに来ていた事が伺える。
    オーターはその男に「下がって頂けますか?」と声をかけて退出を求めると、男は「かしこまりました。」と素直に退出するらしかった。
    ワースは男が出て行くのを横目に観察する。
    どこかで見覚えがあると思ったら、数ヶ月前までワースと同じフロアで働いていた男だった。
    最近見かけないと思ってはいたが、兄貴の付き人になっていたのか。何だか腑に落ちないものを感じつつも今はいいかと前を向き直る。

    ワースは兄に「もう家にかかわるな」と突き放されて以来、オーターの事が気になるようになった。以前は事あるごとに話しかけて来たり視線を感じて煩わしく思っていたのにそれも最近はめっきりと無くなった。オーターが多忙のため執務室から出ていない事も理由の一つであるが、意図的にそうしているように感じたのだ。
    それに気づいてからは自然と兄の姿を追っていた。遠目に見かけた時や、すれ違ったとき、公の場に出ている姿などがやけに目に留まったのだ。
    オーターの表情は滅多に変わる事がないが、態度や雰囲気で何となく喜怒哀楽ぐらいは判別がつく。
    “喜”は、、、見た事ないかもしれないけれど、“怒”は父親と口喧嘩しているところ、“哀”はイーストンに通う前、突然実家に帰って来た時に見た気がする。“楽”は兄が好きな作家が新刊出した時に、今思うと冷血で冷徹と恐れられる兄でも色んな表情を持ち合わせていたのかもしれない。
    今更そんな事を思ってはみるものの全くの無駄で、最近の兄が何を思っているのかワースにもさっぱり分からなかった。
    強いていうなら“無”だ。
    人間に普通に備わっているものが欠落しているように感じた。心を揺さぶるような、、いや違うな、、もう揺さぶられるものがないように見える。
    元々高い志を持って何かをやり遂げるタイプでは無いし、むしろ、そこそこの力でそういった奴らを雑草のように踏みつけて視界にすら入れないそんな人だった。変わる毎日よりも変わらない日常を好んで、それが乱されない限りは穏やかに過ごしている印象だ。
    ではいまはどうだろう。
    優秀と名高い兄が不眠不休で手を動かし続けて終わらない仕事量とは本当に1人でやらないといけない物なのだろうか。組織とはそういうものだっただろうか。ここ数ヶ月、音を上げずにやり切っている所を見ていると余計にタチが悪いように思えて来る。
    必要最低限。いらないものを全部削ぎ落として、事務的に、機械的に働く兄は、“こうあるべき”を保つパーツの一つといった方がしっくりときた。
    決められた時間に合わせて生活しているだけでも本当に自分の兄か疑うレベルなのに、あのクソマイペースが自分の時間を削りながらせっせと身を粉にして働いているなんて魔法局に入るまで信じられなかった。どれぐらい働き続けているのか定かでは無いが、寝不足で済ませていいレベルでは無い程の濃い隈をこさえて、顔色も真っ青にしている所は昔の兄からは想像もできない。
    大体、女性の身体になったばっかりなのにそんなに無理を重ねて大丈夫なんだろうか。その目に見える体調不良が不眠や疲労によるものでないとしたら?
    言葉にし難い不安感を抱えて口を挟まずには居られなくなった。

    「何かありましたか?」

    「なあ、兄貴のせいで部下が休み辛そうにしてるけど早く休んだ方がいいんじゃねーの?」

    「それは私の配慮が足りなかったですね。気にするなと伝えておいてもらえませんか?」

    オーターは書類を確認しながらワースの相手をした。声をかけても苦手だった目がワースの方を向く事は無くて、そのことにイラついて堪えるように噛み締める。

    「なあ、、あんたどんだけ人に迷惑かけてるのかわかってんのかよ!」

    違う。言いたい事はそんな事じゃない。
    もっと素直に、もっとストレートな言葉で言わないとこの人には伝わらないのに。少しの後悔と過去のわだかまり。それだけが次の言葉を紡ぐ事を許さなかった。
    やっとこちらに向いた瞳は悲しげに揺らめく。

    「、、、そうですね。少し休ませていただきます。」

    20分ほど仮眠をとります。それでいいですか?と問いかけるオーターに苛立ちが止まらない。
    分かっているようで分かっていない。分かろうと歩み寄る事もしないのはオーターの悪癖でもあった。
    言いすぎた事を謝る事もできず、迷惑ではなくて心配していると訂正できない自分にも嫌になる。
    オーターは妥協したぞとばかりにいつものツンとした顔でテキパキと机の上を簡単に片付けていく。あらかた片付け終わるとイスに深く座り直し、肘掛けに頬杖をついて寝る体勢に入った。そんな所では満足に寝れないのに。素直に家に帰る事を勧められたらこんな思いをしなくて良かったのに。やっぱりカルド様が来た方が良かったんじゃないか。色々思う事はあっても、もう勝手にしろと投げ出すことも出来ないワースはズカズカとオーターに近づいた。

    「チッ」

    「まだ用があるんですか?」

    「うるさい」

    こうなったら強行手段だ。眠気を訴える顔からメガネを外して机に置く。オーターがど近眼なのはワースも知っていた。もうほとんど見えていないだろうオーターを引っ張って無理矢理来客用の長椅子に連れていく。軽く肩を突いて座らせると不服を訴えてくる視線がとても不快だった。視界に入れないようにしゃがみこんで靴を脱がせにかかると違和感を覚える。サイズは女性用なのに形は男性用の靴みたいで足の甲と横幅が合っていなかったのだ。ワースは気づいたのはいいものの、足に合っていないから買い直せばと提案する事もできなくて結局見なかった事にした。地面に足がつかないように、脱がせた足からワースの太腿の上に載せ、靴は二つ揃えて椅子の下に仕舞い込んでから、膝裏を持ち上げて横になるように押し込んだ。されるがままだったオーターは観念したのか肘掛けを枕に横になるとワースに背を向けるように背もたれの方を向いてしまった。
    ワースは今までオーターの正面ばっかりを見ていて気づかなかったけれど、長く伸ばされた髪が無造作に輪ゴムで括られていた事に気づき再び盛大な舌打ちをする。
    どうしてこういう事をするのか理解に苦しむ。男の俺でも取る時髪が引っ張られて痛い思いをするし、絡んで取れなくなるって思うのにその発想はないのだろうか。
    もっと絡まる前に取ってしまおう。出来る限り痛めつけないように頭皮に近い髪をギュッと握って慎重に外していくが、それでも少しは引っ張られるのであろう「痛い」とオーターが訴えてくる。自業自得だろ馬鹿がと言いたくなるのをグッと堪えて「もうやんなよ」となんとか返した。代わりの髪ゴムなんて持ち合わせているハズもなく解いた髪は無造作に椅子の上に放り、自分が羽織っていた上着を投げつける。
    ワースは女性であるオーターをまだ完全に受け入れられたわけでは無いが、女性を誰でも入れる部屋に1人で寝かせておけるハズもなく、扉を泥で固めた後オーターと向かい側にあるソファに腰掛けた。

    「んだよ」

    自分の差し出したローブの隙間から視線を感じた。ど近眼でも物の輪郭は追えるのか単純に気配だけを追っているのかワースにはわからなかったけれど確かにその目はこちらを見ていた。

    「20分貴方が起こしてくださいね。」

    オーターのその言葉を最後に、部屋の端っこで人の形をとった砂は跡形もなくなって消えていった。





    「はい」

    カルドがオーターの執務室を訪ねると、いつもと違う声が出迎えてくれた。

    「カルド様どうしたんですか?」

    「やっぱり君に頼んで良かったよ。」

    「はぁ?」

    ドアを控えめに開けて隙間から顔を覗かせたのはワースだった。要領を得ない返答にワースはとびきり嫌な顔をするが、カルドはそれをみてクスクスと声を押し殺しながら笑った。オーターの所に向かわせてみたものの、ワースが中々戻らず心配したがそれは杞憂だったようだ。ほんの僅かな隙間から見える椅子の上の小さな山に安堵する。
    すると、カルドの様子を不審に思ったワースが、オーターを隠すように振る舞うものだから難儀な兄弟だと今度は苦笑せざる得ない。

    「様子を見に来たんだ。随分深く眠ってるみたいだね。」

    「仮眠だから20分で起こせって言われてたけど、気づいたら2時間経ってた。」

    オーターは神経質な所があり、扉を開けたらすぐに起きそうなものだが、寝息を立てたままぴくりとも動かなかった。こうしてヒソヒソ喋っても起きない所から察するに相当疲れていたんだろう。
    両親に仕事を押し付けられ、神覚者としての仕事をこなし、マドル家の当主を務める。しかも慣れない体で。どれ程の重労働かカルドには想像もつかない。
    ワースはきっちりした男だ。本当に時間のことを忘れていたかは定かではないが、ずっとそばにいた事実が律儀で何とも微笑まく、弟という甘えられる存在がいて良かったと思う。そんな彼を見込んで一つお願い事をすることにした。

    「もう終業近いし家に帰りなよ。オーターの事送り届けてさ、直帰でいいから。他に手が空いてる人いないんだよね。」

    「えぇ、何で俺が、、、ほっときゃいいだろ」

    「ワース。これは命令だよ。」

    じゃ、頼んだからね。とカルドは言うことだけ言って帰ってしまった。「まって下さい」と言い切る前にカルドの姿は消えていき、不自然に宙に浮いた手だけが取り残される。
    後ろに振り返ってワースは項垂れる。ソファーの上、こんもりとした膨らみは起きそうもない。どいつもこいつも人の話を聞きやしない。ワースは腐りながらも、渋々オーターに手を伸ばした。

    「、、、あにき」
    「兄貴が帰らないと俺も帰れないんだけど。さっさと起きろ。」

    オーターの寝起きは存外悪い。揺り起こしても覚醒するのに時間がかかるようだ。イーストンで同室だったアビスの事を思い出す。アビスもまた寝起きが悪く朝起こすのに苦労した。寝起きが良すぎるワースには分からないが、どうしようもなく寝起きが辛い人種もいる事は理解していたので先に帰る支度をする事にした。
    オーターの上に掛けられていた自分の上着を奪い去って、生ぬるい体温を移されたそれを身につける。薄暗くなっていた部屋の電気をつけてからオーターの持ち物を探した。いつも持ち歩いていたカバンに貴重品が入っている事を確認して、自分の持ち物を取りに行く。「絶対寝んなよ!」と声をかけても何も返ってくることはなかったけれど気にせず部屋を飛び出した。ワースが働いているところは今いる階の一つ下にあり、近くの階段から降りれば往復5分もかからない距離だ。上司に帰宅する事を伝えて、荷物をまとめて、オーターの執務室に再び戻ったのは10分後。起きようとはしたんだろう、上体は起き上がっているものの背もたれに身を預けることはやめられずグッタリしている。“限界”という文字が人の形をとったらこんな感じなんだろうとワースは思った。

    「ほら、靴」

    「わーす?」

    「帰るぞ」

    「かえる?」

    まだ夢と現をフラフラしているのか、オーターはワースが言ったことを復唱して噛み砕いているようだった。
    メガネをかけさせてから、何とか靴を履かせて、二の腕を掴んで立ち上がらせる。するとオーターとワースを取り囲むように砂が突如吹き荒れる。

    「っ!?」

    突然の砂嵐に身構える。落ち着くのを待って、恐る恐る目を開けてみると見覚えの無い風景が広がっていた。

    (どこだ?)

    かつて一緒に住んでいた家とはかけ離れたこじんまりとした玄関に見覚えはなく、ジロジロと見回す。そんなワースをよそにオーターは靴を脱ぎ捨てて、「ふろ、、、」と言葉数少なめにふらふらと奥へ消えていった。察するに、兄の転移魔法で移動させられた先は、マドル家の本邸ではなく兄個人がもつ一軒家らしい。
    送る必要なんてなかったじゃねぇかと思わずにはいられなかったけれど、もういいと水に流す事にした。兄の荷物を置いてさっさと帰ろうと、脱ぎ捨てられた靴を揃えて上がり込む。

    兄のプライベートに踏み込むのは初めてだった。同じ家で暮らしていた時は、お互いに話しかけることもなく、一度も部屋に入るなんてしたことない。それでも何度か顔を合わせる時はあって、食事の時や、書庫でばったり鉢合わせるなど限られた場でしか兄の様子を伺うことは出来なかった。
    魔法の才能で価値が決まるマドル家において誰よりも尊いとされていた優秀な兄。
    勉強も魔法も努力する姿を一切見せず軽々とこなしていき、期待された以上の結果を叩き出す。
    兄は俺の憧れだった。憧れであり、目標であり、超えなければならない壁。
    どんだけ父親に蔑まれようと、あんたが興味なさそうにしてても、いつか同じ価値を持って兄の瞳に映りたいそう思うようになった。
    幸い進んで兄が何かに取り組むことは無かったから、追いつけると思い込んで必死に勉強をして、知識に見合うように実技の訓練も積んだ。誰かに評価されることはなかったけれど毎日コツコツ努力を重ねたのに。
    兄が変わったのは魔法警察学校に通い始めてからのことで、突然イーストン通いたいと言い出したのだ。”魔法“に本腰を入れた兄はすごかった。学業もさることながら、あっという間に神覚者候補選抜試験をくぐり抜いて、気づけば神覚者として魔法士のトップに君臨していた。
    砂を手足のように操るセンス。攻撃も防御もこなす身のこなし。物怖じしないメンタル。何もかもが桁違いで、その時はこんな人と比べられているのかと絶望した。

    (追いつけない。)

    兄との差を見せつけられて、絶望に打ちひしがれる。それでも諦められなくて必死になってみても、両親からのあたりは強くなる一方で余計に惨めに思えてくる。いつしか憧れは嫉妬に変わりあの人の事を見ることができなくなっていた。
    兄と目があわないように、兄の視界に入らないように、兄が自分の視界に入って来ないように身を潜めて暮らすようになったのだ。

    薄暗い廊下を恐る恐る進む。
    かつて一緒に暮らしていた家とはかけ離れた質素な作りの家。てっきり父親と同じで、金に物を言わせ豪邸で悠々自適に暮らしていると思っていたから正直拍子抜けをしてしまう。部屋数もさほど多くはなく、これでは使用人を雇うにも不恰好だろう。

    だから余計に許せなかったのかもしれない。

    「は?」

    リビングに入ると信じられない光景が広がっていた。
    適当に放られたナッツやチーズなどのつまみの袋、机の上の酒瓶、キッチン行けば使用済みのグラスの数々。荒れている部屋を指摘し始めたらキリがない。目につくものはいっぱいあって気づけば我慢できなくなってプルプルと体が震えていた。どうやって生きていたのか、試しに立派な冷蔵庫を開けてみれば大量のチーズとジャガイモと玉ねぎが一個ずつ入っているのみで愕然とした。


    許せない。

    そんな思いで、ガサガサとゴミを袋に詰め込んでいく。
    ここまで来るといっそ自分が憎かった。
    いくら神覚者様に頼まれたからといって、もう赤の他人。他人に世話を焼かれたくもないだろうし、世話を焼くのも嫌なのにほっとく事が出来なかった。セルフネグレクトなのか?今流行りのワークライフバランスはどうした。こんなに自堕落に生きてるなんて兄以外がやっていてもワースは許せなかっただろう。
    ワースの思う最低限、それを目指しながら部屋を整えていく。ゴミをかき集め、空いている酒瓶を回収し、机を拭く。あまり動かしすぎると本人が分からなくなってしまうだろうから、まとめるだけにとどめるのが苦痛でしょうがなかった。どうして一人暮らしなのにグラスがいっぱいあるんだとか、ソファーに掛け布団が置いてあるのはなんでなんだとか言いたいことはいっぱいあったけれど、何となく理由を察してしまえて嫌になる。
    布団を畳んで、洗い物まで済ませ、気がつけばワースは包丁を握っていた。

    (何やってんだろ)

    目の前にはコトコトと黄金色をしたスープが湯気を立てて煮込まれている。スプーンで味見をして仕上げに塩と胡椒で味を整えると、美味しいコンソメスープの出来上がりだ。
    すぐに食べれるように火を消して器に移して少し冷ましておく。調味料の賞味期限のチェックの際見つけたロールパンをトースターで焼きながら、使ったものを片付けているとオーターが顔を覗かせた。

    「ワース?何でいるんです?」

    「てめぇが連れて来たんだよ」

    頭からタオルを被り、濡れたままこちらに来たようだ。薄々気づいてはいたが寝ぼけていたらしいオーターにツッコミを入れる。キョトンとした顔をしているから本当に心当たりは無いらしい。大丈夫かよコイツと思っていたら、オーターは戸棚からまた新しいグラスを取り出そうとする。

    「、、、夜メシ食わねぇの?」

    マドル家に水道水を飲む文化は無い。飲料水のストックがあるかワースはすでに確認済みで、この家に無いとなればもう口にするのは酒だけだろう。控えろと遠回しに伝えると、キッチンに漂ういい匂いも手伝ってオーターはグラスを元に戻した。ワースがしっしっと追い払うように手を振れば、まっすぐリビングに引き返していくので、こちらも準備してその後を追う。
    魔法であっという間に乾かしたのだろう、髪は席に着く頃には水気が無くなっていた。その道中で、オーターの肩にかけられていたバスタオルは用済みとばかりにソファの上に放られて顔を顰めているのも束の間、すぐに慌てる事になる。

    (ばかばかばかばか!!)

    タオルに隠れて気付かなかったけれど、男性の時に着用していたパジャマを魔法で小さくして着ているのか、胸元が抉れて中々際どい事になっていた。それだけではなく、上質なシルクに浮き上がる体のラインや二つの頂に動揺が隠せなかったのだ。
    持っていた物を乱暴に机に置いてから、その辺に放って置かれていたニットのカーディガンを急いで羽織らせる。オーターは近寄って来たワースをじっと見つめたまま動かなかったが、気にせず、袖に手を通すのを待たないままボタンを閉めていく。そう何個もあるわけではないボタンはあっという間に止め終わった。兄にじっと見られていることもあるが、こんなに近付いたのも久しぶり過ぎてワースは居心地の悪さを覚えていた。誤魔化すように離れると、ようやくオーターは緩慢な動きでダボつくニットの袖に手を通し始めた。

    (こんなんだったか?)

    古い記憶の中の話しだ。繊細な装飾を施された部屋で読書に耽る兄は知的でどこか近寄りがたい雰囲気があった。これは悪い意味ではなく、高潔さからくるものだ。隙がなくどこまでも完成されていて、こんなちゃらんぽらんでは無かったはずだ。突き放されたと思ったら、こうして無防備に受け入れて本当に距離感がわからなくなる。
    ワースは深いため息の後にオーターの前にコンソメスープとロールパンを並べる。
    兄が本邸で暮らしていた時の物とは比べられないぐらい質素な物だけれど食べるだろうか。若干不安になる気持ちも否めないけれど酒よりはマシだとこじつけて考えを改める。酒を飲むよりはマシだし、不味くて一口しか食べられなくても上出来だし、食わなかったらゴミになるだけだと思考がだんだんとマイナスに振り切れていったところでオーターが口をつけ始めたので胸を撫で下ろした。

    「あなたは食べないんですか?」

    「あんたの分しか作ってねーの」

    分かったのか分かっていないのか読めない表情にイライラする。「それ洗ったら帰るから。」と食器を指差して言い残してから、濡れたままのバスタオルを回収して部屋を出ていく。
    至る所に落ちている洗濯洗をまとめて戻って来てみると、オーターはすでにソファで横になっていた。
    物を食べた後すぐに寝っ転がるなんてと思ったけれど、一万歩譲ってよしとする。近付いてみるとせっかく畳んだ掛け布団を広げ、くるまって本を読んでいるらしかった。「兄貴」と声をかけても反応はなく、前に回り込んで見ると本を持ったまま寝落ちていた。

    「どこまで振り回せばっ!」

    ワースの悲痛の叫びは誰にも届かずに消えていく。すやすやと安らかに寝息をたてて起こす気にもなれない。

    (今日だけ。今日だけだから。)

    自分に言い訳をしてオーターを布団ごと担ぎ上げる。背が縮んだからといって長身であるオーターはそこそこの重さを覚悟していたけれど、軽すぎて拍子抜けしてしまった。起こさないように体勢を立て直して、慎重な足取りでリビングを後にした。



    「これ弟さんから預かりましたよ。」

    ○○(モブの名前)が取り出したのは何の変哲もないお弁当だった。お弁当の蓋には付箋がついていて、何も書かれていない代わりに誰が作ったのか主張するように魔力が込められている。
    ワースが作ったお弁当を無言で食べる細々としたコミュニケーションが続いていた。きっかけは間違いなく寝ぼけてワースを家に持って帰ってしまった事だが、なぜ続いているのかはオーターには分からない。

    「最近仲がいいんですね。」

    親しげに○○が笑ってみせる。お弁当を受け取ってから興味がないと視線を逸らした。
    最初はライオやレナトスをはじめとした神覚者がお弁当を代わりにもってきていた。が、神覚者も各々忙しく捕まらなかったのだろう、ランスとドットがお弁当を持ったワースごと担ぎ込んで来たことは記憶に新しい。

    「仕事は後にしろや!」
    「ちゃんと1時間きっちり休憩してくださいね。」

    部屋にいたオーターとワース以外の人を追い出して嵐のように部屋を去っていくランスとドットにため息が出る。もっと静かに出来ないのだろうかと考えていると目の前にお弁当が置かれた。

    「何も聞くな。何も言うな。黙って食え。」

    「余計なこと言ったら2度と作らねぇ」と荒々しく置かれたお弁当の中には綺麗にサンドイッチが詰まっていて、具はどれも野菜中心にサラダチキンや海老といった脂っこくないものが挟まっていた。一口齧ってみるとレモンの風味が口いっぱいに広がってすっきりとした味わいでとても食べやすい。
    食の好みなんて喋った事があっただろうか、いや、無いな。聞かれても無いって答えてるはずだと、不思議に思いながら無言で食べ進めた。

    「、、、、なぁ、美味い?」

    不安げな呟きにコクリと頷きで返す。
    するとワースは「ふーん」と颯爽と部屋を出て行ってしまう。

    ワースが直接持って来たのはそれっきりで、神覚者やランスやドットが代わる代わる持って来ていたのだが、今日は最近部屋付きにした男にお弁当を託したらしい。
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    garden_eel1126

    PROGRESS前にぼやいていたワスオタ♀
    男として育てられたオタが家督継いだ事をきっかけに女として過ごし始めてドギマギするワスを目指してた、、はず、、、、、
    愛情を知るワースが生家に呼び出されたのは、オーターが家督を継いでから一月後の事。
    神覚者として魔法局に勤めていたオーターはいつ休んでいるのかと噂になるほどのワーカホリックで、そんな彼が1週間の休暇を申し出た事が全ての発端だった。

    (今更俺になんの用だよ。)

    オーターがその1週間の休暇で家督を継ぎ、両親を隠居させた事は魔法局内で噂になっていたのでワースの耳にも入っている。噂話しか知らない理由は当然オーターが喋らないからだった。
    イノセントゼロとの一件でワースは両親とは疎遠になっている。父親に認められるため、価値をつけてもらうために今まで努力を重ねて来たワースだったが、ランスとの戦いで身を置く場所を間違えていた事を知った。認められる喜びを知ってしまってはあの家に戻る事なんてできなかったのだ。大体、需要が違えば価値だって変動する。苛烈な戦場に求められるのは頭脳明晰な研究者ではなく、状況を打破できるヒーローだろう。それと同じでマドル家で俺の需要は無かった。無かったら需要のある所に行けばいい。簡単な話だったのだ。まだ完全に吹っ切れたとは言えないが、自分の価値は努力と環境で決まる。その事に気づいたワースはやっと地に足をつけて歩み出す事ができた。それからは失態を挽回しようと必死に努力を重ねた。実技、座学共に優秀な成績を収めイーストンを卒業し、魔法局という就職先を手に入れたのである。
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