妖怪クッキー攫い 綺麗な一軒家が安い価格で売られていたら事故物件かもしれない。それでも月々の支払いが賃貸マンションより安いと分かってしまって、両親が契約をした。安くて、新しくて広めの自慢の我が家。駅から近くて、それでいて閑静な住宅街の一角、藤丸家。引越して二週間……どうもこの家には、『何か』が住んでいる。
家には私しかいないはずの時間に、上の階から物音がするのだ。キッチンの食べ物が気がつくと減っている。
その『何か』は明らかに生き物だ。曰く付きの物件の中でも幽霊なんかよりずっと怖い。……ただのネズミかもしれないけど。
ネズミを捕獲するための罠を仕掛けても、罠を避けるようにして食べ物を取られてしまう。毒の混ざった餌は放置される。ネズミだとしたらかなり賢い。姿を一度も見せたことのない謎の賢い生き物がこの家のどこかにいる。両親に言っても、気のせいだろうと取り合ってくれない。2人は不思議な物音も、減っているキッチンの食べ物にも何故だか気がついていないのだ。……私はと言うと、だんだんとこの謎の生き物に対する恐怖や不信感よりも好奇心が湧いてきて。
ある日、思い切ってたくさんのクッキーを皿に並べたまま放置してみた。居間に置いて、様子を見られるように隣の部屋から覗いて。
そうして、私はついにクッキーが減る瞬間を確かめたのだ……!
天井の隅っこに突然四角く穴が空く。そこから家具を伝って青い塊が降りてきたのだ。
(ネズミじゃない、別の生き物だ……!)
青い生き物は珍しい。きっとネズミではない。
床に降り立ったところでようやく動きを止めた生き物に注目する。ネズミやハムスターくらいの大きさだ。けれど見た目はどう見てもそうじゃない。テーブルによじ登ると、布を広げて器用にクッキーを包み込む。あっという間に支度を整え、また生き物は天井の穴に消えていった。
二頭身に等しいマスコットじみた風貌。勝手に家の食べ物を奪っていく。これは、間違いない……!
「よ……妖怪だ! この家、妖怪が住んでる!」
妖怪クッキー攫いとか、そういう生き物じゃないだろうか。
それから毎日、あの天井の穴に近い棚の上に食べ物を置くことにした。食べ物を供えれば悪さをしないのではないかと思って。夕飯のおかずやお菓子を小皿に乗せて置いた。天井の穴はよく見ると小さな扉になっているようで、こちらからは開けられない。妖怪が出てくるのを待つしかないけれど、食べ物だけがいつの間にかキレイに消えている。なんでもよく食べる。怖いもの見たさで妖怪に餌付けしているだなんてことは、もちろん誰にも言っていない。
それから数週間の時が経つ。
二度目の交流は、私が一人で妖怪に供えるためにおかずを小皿に盛っている時だった。
「いつも棚に皿を置いているのはお前だな?」
「えっ……!」
コンロの近くに何かがやってきて気軽に話しかけてくる。姿を確かめると、そこには水色の髪に青い服。
「あっ妖怪だっ!」
妖怪って喋るんだ! 隠れるように食べ物を集めていた妖怪がコンタクトを取ってきたことに対しての混乱も大きい。
「誰が妖怪だ! 失礼なことを言うな、俺は『妖精』だ!」
「よう…………せい?」
絶対違う。
妖精はもっと神聖な生き物だ。少なくとも食べ物を盗んだり、しないのでは。後は羽とかがついていて飛んだり、花の蜜を吸って生きたりするんじゃないだろうか。いや、見たことはないけれど。
「その肉を分けてくれ。代わりに妖精の祝福をくれてやる」
夕食のおかずの入った小皿を抱えて、よく分からない妖精(自称)が物々交換を申し込んでくる。元々妖怪にあげるつもりで用意していたから肉を分けるのは良いんだけど。
「祝福って、何?」
「お前、妖精の祝福も知らないのか? 細かな説明も面倒だ、適当にありがたがって受けておけ」
目の前で妖怪が杖を振ってキラキラの粉を私に振りかけてくる。
「わ、何これ!?」
慌てて肩に積もった粉を振り落とす。
「……祝福をはたき落とすやつがいるなんて、世も末だな。まあいい、はたき落とそうが多少の効果はあるだろう。皿はもらっていくぞ」
「あっちょっと待ってよ!」
小皿を抱えた妖怪は素早い動きでぴょんぴょんと飛び跳ね、キッチンの戸棚の中に消えていった。ーー後から戸棚を開けても、妖怪の姿はどこにもなかった。いったいどこに消えたのだろう。
私のちょっとしたラッキーな出来事の多い日々と、小さな生き物と二人で食卓を囲む生活が日常になったのは、それからすぐ後のことだった。