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    たまごやき@推し活

    アンぐだ♀と童話作家アンデルセンのこと考える推し活アカウント

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    現パロアンぐだ♀、竹中先生×ファンのぐだち

    2022.4

    ##FGO
    ##アンぐだ
    ##現パロ
    ##青年実験

    お返事は不要です「ファンです! 今日はありがとうございます!」
     差し出された手に握手を返して「こちらこそありがとうございます」。安っぽい黒マジックを手に持ち自分の本にサインを入れる。
     ――サイン会。
     広報活動の一環で(あるいは締切の融通を効かせる編集の顔を立てて)行われるイベント。
     開催を押し切られた自覚はあるが、こんなにも大きな催しになるとは聞いていない。話が違うじゃないか、今は遠くで見守る編集へ視線をやれどもヘラヘラ笑うばかり。
     列に目をやる。ショッピングモールの中にある書店の目の前にはそこそこの列。……とは言え何割が実際の読者であるのかは分からない。今や世の中の需要は青天井。ともかく、日頃は本を読まない人間がわざわざ本を購入し、列に並んで握手やサインを求める意図など深く探りを入れるものではない。
     だがまぁできるのなら僕は今後一切広報活動に関わり合いになりたくない、感想はそれだけだ。今日はさっさと義務を果たしてベッドへ戻りたい。

    「よろしくお願いします!」
     列を捌いて握手とサインを繰り返す、流れが一気に停止したようだった。

     買ったばかりの本を目の前で僕に差し出す赤毛の少女。今日の僕が散々浴びてきた物とは毛色の違う『期待』を含んだ眼差し。琥珀色の目がやたらと煌めいている。ああ、これは恐らく……。
    「あの、前に出されていたお話も大好きで――」
     間髪を入れずに叩きつけられる前作の感想。中に込められた熱量は電話帳のように分厚いファンレターで直に殴られているかのようで。
     こんな大勢の人間の前でよくもまぁ、熱心に話す。憧れている、らしい作家の目の前に立ってここまで饒舌になるものか? どうも彼女と僕は作家のファンとしてのスタンスが違うらしい。
    「それで、そこの部分で主人公が――」
    「すみません、お客様。そろそろお時間の方が……」
    「ごめんなさい、長かったですね……!」
     一人当たりにかける時間に制限はなかったはずだが。まぁこうも時間を割いてはさすがに止められもするか。
     だがこんなところまでわざわざやってきてファンだと宣言する、その勤勉さと熱意を即座に止めるのは少し惜しい。
     何より今日初めて、僕にまともな愛読者らしき姿を見せた者だ。であれば少しばかりのファンサービスくらいは必要経費になるだろう。
     
     話を聞くばかりで放置していた本を開き、サインを入れる。それから奥付に書かれた編集部の住所に下線を引く。サイン用の太いマジックで文字が潰れないようにと極力細く書いた線は不恰好に波打って、やたらと幼稚に見えた。
     格好はつかないが僕はこんなところに定規など持ってきていない、こんなものはただの気まぐれだから多めに見てほしい。
     本を開いたまま彼女へ差し出す。
    「……残りの話とこの本の感想は編集部にでも」
     彼女は口を開けたまま本を眺めていたが、しばらくして恐る恐る本を受け取った。
    「ありがとうございます! 読んだら感想をお送りしますね!」
     本を受け取った彼女が列の後方に「待たせてごめんなさい」と声をかけ、パタパタと通路の向こう側へ消えていく。

     あぁ、どうせなら名前を聞いておくべきだっただろうか。分からなければ手紙に返事の一つも出せやしない。……だがまぁあの熱量で手紙が来たのなら彼女を見分けられるような気もするが。
     締切に追い込まれてもいないくせに、今日は嫌に筆が進みそうだ。


     ――編集部に分厚い封筒が届いたのは、それから一ヶ月経った頃のことだった。


    初めてお便りいたします


     今日は好きな作家さんのサイン会が行われる。本は発売日に欲しかったけれど、該当の本屋で買ったお客さんにしかサインをしてくれないらしい。発売日を過ぎているのに本をまだ手に取れない歯がゆさを耐えて、ショッピングモールへ出陣する。
     普段はなかなか会えない憧れの作家さん。感想を一言だけでも伝えたい。しかもたくさん本を出しているのにサイン会なんて初めてなのだ……!
    (まずあの本の感想は絶対伝えるでしょ。それに他の本も……)
     バスに揺られて店を目指す途中も何を話そうかと忙しく考える。乗っている時間は思っていたよりもあっという間で、わたしはうっかり乗り過ごしそうになった。慌てて降りたバス停で決意を新たにする。
     ――そこまでは、良かった。

    (列、全然動かないなぁ)
     まだ午前中なのにショッピングモールの片隅に長い列ができている。目的はみんなわたしと同じ。やっぱり面白いお話を書く人のサイン会ともなるとこんなに人が並ぶのだろうか。
     目的の本を買って整理券をもらった後、列に並び始めてからかなり時間が経った。
     列の前の方はどうなっているんだろう? ここからではよく見えない。それに、何だか……。
    (女の人ばっかりだなぁ)
     列に並んでいるのは女性客ばかりだ。しかもオシャレな服で、メイクだってキラキラで、ネイルも可愛くて。
     もしかしてサイン会というものは、張り切ってオシャレしてこなければならないイベントだったんだろうか? 
     わたしだって憧れの作家さんにファンだと宣言するのだ、それはもちろんちゃんとした格好を選んだつもりだけれど。……列に並ぶ彼女達の格好は憧れの作家さんに会う、よりもどちらかと言えば恋人に会いに行くような、そんな気合の入り方をしている。
    (もしかしてわたし、浮いてる⁉︎ もっとメイクとか、ネイルとか、しっかりやらなきゃだった……?)
     こんなイベントは初めて参加するのだ。サインをもらって、感想を伝えるだけと思っていたのが甘かったらしい。せめてもの抵抗で手鏡を出して髪型をチェックする。……もっと事前に情報収集すれば良かったなぁ。

     ようやく列の前方が近づいてくると、作家さんに挨拶する女の子達の声が鮮明に聞こえてくる。
    「ファンです! 今日はありがとうございます!」
    「こちらこそありがとうございます」
     低い男性の声が返答する。女の子達が数人、作家さんを囲んでいるようだった。握手やサインのたびに上がる声はアイドルの握手会と言ってもおかしくない。極めつけに、女の子達の隙間から見えた作家さんの姿といったら――。
    (なるほど、そういう……)
     妙に女の子達の多いこの列と、オシャレな服とメイクにネイルに。作家さんは女の子に人気があるらしい。そんなことは全然知らないで来たから、わたしだけこんなに場違いみたいになってしまった。
     これはアイドルの握手会に誤って飛び込んでしまった、に近い。

     そんな状況だからどんどん憧れの作家さんが近づいていくにつれてどう話をすれば良いのか分からなくなってくる。けれど何組ものファンと作家さんのやりとりを見ていて、気がついたことがひとつあった。
    (作家さん、何だかあんまり嬉しそうじゃないかも)
     女の子達がファンですと宣言して、握手を求めて。同じような流れが続いている。本読んでます、応援してます……もちろんそういうことを言う女の子だっている。けれど誰一人詳しく本の感想を伝える人はいないようだった。
    (遠慮してるのかな?)
     さっきまで列に並んでいた女の子達がこっそり作家さんにスマホを向けているのが見える。わたしと目が合って、慌てて逃げるように去っていった。
    (『作家』として好きっていうのとは違うのかもなぁ)
     アイドルを見るような気持ちで列に並ぶ彼女達を責めることはできない。けれど今目の前にいるのはアイドルではなく、作家さんなのだから。
     だから心なしかつまらなさそうにサインを繰り返す彼に今、わたしがファンとしてできることはオシャレをすることでも写真を撮ることでもなく。

    「よろしくお願いします! あの、前に出されていたお話も大好きで――」
     買ったばかりの本を差し出し、精一杯の感想と応援の言葉を。
     憧れの作家さんからしたら拙いだろう言葉を、長いだろうと思って短縮版で考えていた想いを、縮めることなくすべて、ありのまま。

    「――すみません、お客様。そろそろお時間の方が……」
    「ごめんなさい、長かったですね……!」
     わたしは張り切り過ぎて案内係の人に止められるまで喋るのをやめなかった。……ちょっとしつこかっただろうか。けれどせっかく大好きなお話の作者に直接感想を伝えられる場だ。アイドルの握手会ではなく、作家のサイン会だから来たのだ。
     喋るのをやめたわたしの前で作家さんは本にサインを書き始めた。細めで几帳面そうな文字。流れるように書かれたサインは描き慣れているのがすぐ分かった。それから、彼は本の文字に下線を入れた。明らかにサインとは関係のない動きに一体何かと首を傾げた、その時だった。
     
    「……残りの話とこの本の感想は編集部にでも」
     それはふわり、こぼれるような微笑みだった。

     だってさっきまで何も面白いことなんてないみたいに、「ありがとうございます」を繰り返していた人が。
     表情の動きなんてお世辞にもあるとはいえないような仏頂面だった人が。
     ……それなのに。

    (この人、こんな風に笑うんだ)

    「ありがとうございます! 読んだら感想をお送りしますね!」
     逃げ帰るように列を後にする。急いでその場を離れながら、まだ自分の心音がうるさくて。
     だって、アイドルを見に来たわけではないのに……列に並んで色めき立っていた女の子の気持ちが少しだけ分かってしまったのだ。あんな顔で微笑まれたら、それはドキドキしたって仕方ない……!
     だってあんなに素敵なお話が書けて、その上あんな風に表情を綻ばせて見せるのだ。

     感想を送るなんて安請合いまでしてしまった。あんな顔をされてしまっては、気合を入れて感想を書きたくなってしまうじゃないか。
     お話を読み終わったその日から、ああでもないこうでもないと綴った便箋は気がつけば膨大な数になってしまった。

     どうにか推敲して枚数を減らしたファンレターを送れたのは、それから一ヶ月ばかり後のことだった。
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