年末賞与請求権 人理修復を行う旅の最中、日付の概念は薄い。それでも推測上の日取りが一年の終わりを示すとなり、マスターの国の風習に合わせた年末を過ごすこととなった。
「あの歌合戦とやら……いや、もとい戦争を止めなくていいのか?」
「これ、録画映像だからもう止めようがないんだよね」
レクリエーションルームで行われたコウハク、だのなんだのといった催しが最早原型を留めない地獄と化している。中継映像をスクリーンで見ているだけのこちらにも伝わるほどひどい事態だ。
年末は歌合戦映像を見ながら各々の部屋で過ごすのだと、まぁ簡易的なマスター視点の知識を得たサーヴァント。その中でも歌に無駄な自信のある有志の者達がいつのまにか映像を用意していたらしい。
「お前のことだ、食堂にスクリーンでも持ち込んでパーティー、宵越しのQPは持たんと夜通し騒ぐつもりかと思っていたが……存外控えめな年末になったな」
「そういう年越しパーティーも迷ったんだけど……たまにはゆっくりするのがいいかなって。ほら、ここならコタツもあるし」
今、冬仕様にカスタムされたマスターの部屋はタタミとコタツで日本風になっている。
「コタツが欲しいのならあの漫画描き主催のゲーム大会にでも参加すればよかっただろう」
ゲームを楽しみながら年越しする趣旨のイベントはコタツを囲んで行われるはずだ。
「……皆寝ないでゲームクリアするって言ってたし、どれも初心者向けのゲームじゃないから」
「なるほど?」
その解答で大体は彼女の意向が分かった。理解した上で少しばかり……この一年俺を馬車馬のように働かせていた出版社に対して賞与のひとつでも請求してやろうかと揺さぶりをかける。
「キッチン当番の主催する慰労会にも誘われていただろう?」
「ちょ、なんでそれ知って……!」
「ああそれから海賊共の酒宴もだ。お子様向きノンアルコールの用意などないだろうがな」
年末は各々の部屋でゆったりと過ごすのだ……などといくらマスターが説明しようが当然宴の誘いなど山のように来る。一方、俺はマスターから温かなコタツをメリットに年末の誘いを受けた。
「お前、他にも数え切れないほど年末の宴を蹴ったな?」
取材をしたわけでもないが、半分確信のようなものだった。さらには目の前で気まずそうにしている彼女を見ればもう答えは出たようなもの。
「はぁ……まさか年末を一人静かに過ごしているはずのマスターが部屋に男を連れ込んでいるとは! 暴かれれば新年の日の出も怪しいものだ」
「連れ込んでるなんて人聞きの悪い!」
「連れ込んでなどいないと? なら『たらし込んだ』とでも言い換えてやろうか」
「もう、何言ってるの」
そもそもただ内密に恋人と新しい年の始まりを祝おうと、それだけで深夜に俺を部屋に招き入れる危機感のなさには問題がある。
「誘いは山ほどあったんだ、受けなくて良かったのか? ん?」
「……アンデルセンはまたそういうイジワル言うんだから」
拗ねるように彼女が言う。あぁもちろんこの部屋に俺一人を誘い出した心境が分からないわけはない。ただ、推測するのと直接耳にするのでは話が違う。
「……二人きりがいいから誘ったのに」
ところでここは宴の誘いを蹴り続けたせいで何があろうともすぐに助けは期待できない部屋の中。そのあたりの理解が足りていないのではないか? まぁたとえここが色香のカケラもない散らかし放題の空間だとしてもだ。
「それに悪いことしてるわけじゃないんだからいいでしょ」
「よく言う、俺がここにいると知られれば都合が悪いのはお前の方だぞ」
自分達の誘いを蹴って一人を誘っているというのだから、その瞬間秘密などあってないようなもの。特別扱いを公にしないのならもう少し配慮が必要だろう。
であれば。
ここが今年分の賞与請求のタイミングだ。
「年が明けてすぐに部屋を出れば俺は宴帰りの連中の餌食だ。お前が秘密を守りたいのなら移動時間には配慮が必要だと思わないか」
「配慮……?」
「なに、このコタツも寝床としてはそう悪くない。電源を入れたままでは健康に悪いと聞くが、サーヴァントの身体で健康などとは縁遠いからな!」
「え! ここで寝るの⁉︎」
「何をそう騒いでいる。仮眠の場所が少し変わる程度大したことでもない」
コタツの上のリモコンを手に取る。
映像からはいつの間にか擬似再現された鐘の音が鳴り響いている。もうすぐ新しい年が始まるのだろう。
(こんなもので煩悩が消えればいいが、さて)
まぁ鐘が鳴る程度で消えるなら、そもそもこんな深夜に居座る真似はしないが!
分かりきった答えを胸に抱え、年明けを待たずに映像をシャットアウトする。スクリーンが白く染まればここはもう年末など関係ない少女の自室。――年が明けるまで、あと少し。
今年の賞与なら今年のうちに使い切ってしまわなければ。コタツの電源を切る頃には、彼女の逃げ場はこの部屋のどこにも見当たらなかった。