恋占いの行方 目の前にはうんざりするほどのメルヘン具合をした夢色の液体。普通の飲み物ではおよそ感じ取れない魔力が感じられる。
――好きな人と仲良くなれるお茶。レイシフト前に飲むと効果的! など、おまじないぶった宣伝に文句をつけるつもりはない。それが少女のおままごと程度ならば良いのだが、茶の効果が折り紙付きなのは嫌というほど感じ取れる。まぁ強い魔力ではない。サーヴァントの身体に危険を及ぼすようなこともないだろう。
「貴重なお茶なんだって! 良い香りだよね」
「香りでごまかそうと中の厄介な混ぜ物には何の変わりもあるまい」
「……何か変な物が入ってるの?」
「さて、どうだか。製造元に尋ねたらどうだ? 正しい答えが返ってくるかは知らないが」
マスターはポットの中の液体を見つめて目を凝らしている。そんなもの、目視したところで異物が見える訳ではない。
「……もしかしてやめておいた方がいい?」
「そんなもの、レイシフトに同行する奴らに聞けばいいだろう」
「えっ……?」
俺がマスターのレイシフトに付き合わなくなってから随分経つ。レイシフト取材で得られるものが無くなったからだ。……と言うのが建前の理由。実のところ、本当の原因はマスターと俺の関係性が変わったことにある。
マスターがレイシフト以外で俺と共に過ごす時間を増やした。義務ではなく権利として、俺の部屋で寛ぐ時間を持っている。
特別扱いを許容する関係性を誰に伝えたわけでもないが、俺がマスターの時間を独占する割合が増えたのだ。レイシフトの少ない枠をわざわざ使うこともない、何より初めてできた恋人への浮かれとほんの僅かの優越感から、レイシフトを遠慮をしている。それが現状だった。
「今日の同行者は誰だ?」
「ええと、今日は……」
マスターが女サーヴァント達の名前を上げていく。名前が上がったのは召喚されて間もない者ばかりだ。
(まぁ、召喚されたばかりのサーヴァントとの交流もマスターの仕事のひとつだろう)
女子会だなんだと、そんなやかましいイベントに興味はない。ただこの世には俺ではフォローできないことがごまんとあるのだ。俺以外の理解者が多いに越したことはない。
「あと、それから……」
マスターの口からサーヴァントの名前が続く。相手はこれまた最近召喚されたばかりの男。
――前言撤回。
他の男に飲ませる茶など、ここには一滴たりともない。
ポットを掴む。煌めく液を揺らしながら、注ぎ口を無理やりに口内へ押し込む。全て霊基に収めてしまえ。この身体は厳密には人間とは異なる。ポット一杯の水分くらい、今押し込まなくて何がサーヴァントだ!
「え、ちょっと、アンデルセン!」
マスターが俺を咎めて止めようとする頃にはティーポットは空になっていた。無理やりに水分を詰めた後で濡れた口元を適当に手で拭えば、魔力の籠った液体の痕跡はどこへやら。
「は、これまた甘ったるい万人受けしそうな調整だな! 俺の好みにはかすりもしないが需要はある。百点をくれてやろう」
こんなもの、今さらになって効果があるわけもない。仲良くなりたい? あぁ残念ながらそんな甘酸っぱい期待の心を抱えるには、少し遅かった。せいぜいが「いかにこの危険物を他の男に飲ませないようにするか」。それくらいしか俺の頭にはない。
「そんな、一気に飲みきらなくても……しかも直飲みで」
空のティーポットを見つめて落ち込む彼女を見ると、罪悪感が湧かないでもない。
「残念だったな。茶を振る舞うのはまたの機会にしておけ」
まぁまたの機会も俺が妨害するだろうが。
「私もアンデルセンと一緒に飲もうと思ってたのに」
「……なんだと?」
おかしなことを言う。その言い分ではまるで。
「一つ確かめるが。まさかお前、俺と飲むつもりでこれを淹れたのか?」
「そうだよ?」
「馬鹿め、レイシフトしない俺に飲ませてどうする!」
目眩がする。彼女は当たり前のように返事をするのだ。仲良くなれる、なんて曖昧な触れ込みの貴重品を迷うことなく俺へ差し出す。
「そんなことより」
「そんなこと? お前はもっと事の重要性を……」
「ねぇ、ホントに効果ある?」
膝の上で拳を握りしめたまま、彼女が問う。俺の変化を見逃さんとばかりに見つめてくるものだから、厄介だ。期待していますと目を輝かせて、俺の方に身を乗り出す。こんな関係を築いておいて、まだ満足しないときた。これ以上絡めとって一体どうするつもりだ。
「……さぁ? どうだかな」
もう効きもしない茶の効果を見せつけるように隣の彼女に寄りかかる。応えるように隣からも俺の方へと重みが加わる。
茶の効果を信じ込む彼女が事実に気がつくのはいつになるだろうか? 嬉しそうな様子を見るに、どうやら多少の叱責は覚悟しておかなければならないらしい。
顔を赤くして恥じらい、怒る彼女の姿を今から少し楽しみにしている。趣味の悪い男に捕まった彼女の不運を憐れみながら、レイシフトの時間になるまでゆったりと時間を過ごしたのだった。