あの子にそっくり サーヴァントがレイシフト先で買い物をすることがある。日用品から趣味に関する品物まで幅広く手にする機会がある。
商売道具のペンもインクも、消耗品だ。それ以外に買い物の用事はないのだから、購入すればさっさとカルデアに戻る。ウィンドウショッピングだなんてものに熱中する女達の思考は俺にはさっぱり分からないのだ。買わないくせに品物を見て歩く時間は無駄としか思えない。
しかし、それとは別に知らない土地を歩くのは俺にとって生前慣れ親しんだ習慣に近いものだった。買い物を済ませた後に街を散策したのは、少しばかりの旅行気分。ほんの気まぐれ。
ーー街中で店の窓から偶さかに出会ったその品物は、その気まぐれの成果物だった。
ふわっとした毛と、琥珀色の瞳。いかにも快活に見える表情。……これは猫のぬいぐるみ。
「いい歳まで生きておいて、どうしてこんな無駄なものを買ってきたんだか……」
ため息の一つや二つ、ついて然るべき状況だ。俺はもうメルヘンは懲り懲りだと言っているのに、何をこんな子どもサーヴァント達の代表アイテムのようなものを持ち帰っているのか。その上枕元に置いてみたり、毛なみを整えたり、服を縫ってみたり。……いや、これは違う。いくら子どもの遊び道具を作った経験に富んでいたとしても、これは誰かに渡すものでもないのだ。
音楽でも聴いて少し冷静になろうと、タブレットから適当に曲を選んでヘッドホンを装着する。
ぬいぐるみなんて買った理由は残念ながら明白で、これを見て真っ先に「彼女」が思い当たった時点で既に手に取ってしまっていた。何かの魔力でも働いたとしか思えない、気がつけば会計は済んだ後。しかし、見れば見るほど似ているのだ。そう思うと少し、そう、ほんの僅かばかり愛着が湧く。そうして毛を撫でつけるようにしてひっそりと頭を撫でてみる。
「アンデルセン!」
装着していたヘッドホンをずらされ、彼女の声が響いてくる。
「マスター、部屋に入る前に声をかけろ」
「何度も声掛けたけど返事がなかったから、寝てるのかと思って……」
どうやらぬいぐるみに集中しすぎたらしい。ヘッドホンを装着していたのもあってか、まるで気が付かなかった。
「そのぬいぐるみ、どうしたの?」
「ああ、これか。レイシフト先で買ったんだ」
「ナーサリーとか、誰かにあげるの?」
「そんな予定はない」
「アンデルセンがぬいぐるみが好きなの、知らなかった」
「別にそんな趣味はない」
「……さっきまで大事に可愛がってたの、見てたよ」
俺が応答しなかったせいとはいえ、それはプライバシーの侵害にはならないのか? ……気が付かれたわけでもないが、ぬいぐるみの面影と重ねた張本人にこんな場面を見られるのは決まりが悪い。大事に可愛がっていた、なんて見えたのなら余計に。
「こんな荒んだ生活をしていれば小動物に少しばかり癒しも求めたくなるものだ。浅ましい悪知恵がない分人間よりも幾分か心洗われることもある。ほら、間の抜けた表情が愛らしいだろう?」
「…………」
愛らしい動物も、ぬいぐるみも好みそうな彼女だ。それなのに賛同が得られなくて、肩透かしを食う。
「立香? どうした、」
「こんなの別にかわいくない」
「は……」
賛同が得られないどころか、そんな言葉が出てくるとは。心なしか目の敵のようにそのぬいぐるみを見つめている。その類の視線に心当たりがひとつ。
「なんだ、妬いているのか?」
「そんなんじゃない!」
ムキになればなるほど、肯定したも同然だ。嫉妬なら物よりも人間相手にすればいいものを……まぁ俺みたいのを相手にしているせいで普段は嫉妬の対象になるような女がいないということだろう。浮気の心配が微塵もなくて良かったじゃないか。
それにしても彼女の姿を重ねて買ってきてしまったものに、当の本人が嫉妬するだなんて、笑わずにはいられない。
「もう、ちょっと何笑ってるの?」
ムッとした顔でこちらを責める彼女はぬいぐるみとは比べ物にならない。心配するようなことなど何もないのに、目の前の彼女は「ぬいぐるみとわたし、どっちが好きなの?」とでも言ってきそうだ。
比べるまでもなく、答えは決まっているだろうが!
ーーお前に似ているから買ったんだと白状したら、どんな顔をするだろうか?
まぁそんなこと、余程のことがなければ教えてやるつもりもない。どうせ普段は嫉妬の種になるような出来事もない健全な男なのだから……少しくらいそんな表情を独占しても、かまわないだろう。