トリック一択、チョコレートサイダー「トリックオアトリート!」
「……何だ、またイベントか。周回なら他を当たれ」
「そんなこと言って、実はお菓子持ってないんでしょ。お菓子をくれないならイタズラだよ!」
「…………」
無言の圧力と大きなため息。彼の大きすぎる白衣のポケットから、カラフルなオレンジとピンクの縞模様が顔をのぞかせる。……これは食堂に置いてあったキャンディ。
何だかんだとイベントや流行をしっかりおさえる彼のことだから用意しているのではないかと思っていた。だけどひょっとしたら用意がないかもしれないと少し期待していたのに、少しがっかりする。
「なんだ、やっぱり持ってるんだ。……つまんないの」
「何を今更、風変わりなお前のやりそうなことぐらい予想を立ててある」
セロファンの包みから飴を取り出しながら彼はそう言った。
「こっちは強制的な悪戯など願い下げだぞ」
お菓子を受け取らずにイタズラするつもりだったのが完全にバレている。
「そら、さっさとこの飴玉で妥協しろ。返品は受け付けないぞ」
「んぐ……」
唇にぐいぐいと無理やり押し付けられた飴玉を放っておくわけにもいかなくて口を開く。サイダーの味を舌で転がしながら文句をつける。
「イタズラする隙もない……」
「誰が好き好んでそんな酔狂に付き合うか。だがまぁ何かのネタになるかもしれん。暇つぶしに付き合ってやろう。……『トリックオアトリート』」
わざと日本語の発音に似せたその言葉。
ポケットを確認する。チョコを持ってきた。……そのはずなのに、ポケットの中には何も入っていない。
「あれ? ちょ、ちょっと待ってね……」
「探し物はこれか?」
「!」
いつの間にやら、私のポケットの中身は彼の掌の中。取り返そうと手を伸ばす間もなく、小さな口の中に消えていく。包み紙以外は跡形も残らない。
「何だ、菓子を持っていないのか。自分は貰っておいて、相手には渡さない魂胆とは卑しさが滲み出るようだな」
「いや、だって、」
目の前で食べられてしまったのは明らかにわたしのポケットの中にあったチョコレートなのに。いつの間に、どうして、頭の中に浮かんだ疑問が絶えない。
「もう一度だけ聞いてやろう。……トリックオアトリート」
お菓子か、悪戯か。選べる選択肢がない。一枚も二枚も上手の彼からの反撃。
「も、もうあげたでしょ!」
だって目の前で食べたのだから、私があげたのと変わらない。
「お前から贈られた覚えはないぞ」
ああ言えば、こう言う。こうなってしまうと何を言っても言い負かされてしまう。
「……だって、最後の一個だったのに」
「それはお前の手抜かりだ、残念だったな。油断する方が悪い。『お菓子をくれないならイタズラ』だろう? それとも……」
とん、とカサついた指が唇に触れる。
「返品でもしてみるか?」
口の中にまだ残っているサイダーの味が主張する。
「そんなの、どっちもイタズラじゃん……」
「悪戯なものか。馬車馬のように働かされている腹いせに、たまには褒美の一つも頂戴しようというだけだ」
返品か、それとも悪戯か、お前の好きな方を選べ。鋭い目つきでこちらを試すようなセリフを吐く。
「ああもう……どうぞ、お好きな方を!」
勢いに任せて選択肢を叩きつける。
「馬鹿だなお前は。俺に選択を委ねるのか? そんなもの『両方』だと、答えは決まっている」
「⁉︎ ダメだよどっちかひとつだけ!」
途端に引き寄せられてバランスを崩す。まるで淡い青色で視界がいっぱいになるような錯覚。
「お前はどちらも嫌いじゃないだろう」
最早それは質問ですらなかった。今年もわたしの完敗。
来年こそは彼を打ち負かすことができるだろうか。…来年の今頃もこんなことを考えてそうな気がする。
そんなことを考えながら、いつまでも一枚上手の恋人の目が閉じて長い睫毛が見えるのを見届けて、自分もそっと目を閉じた。