続きは溶けないうちにどうぞ「売り子?」
「そうだ、ショップの店員のようなもので……ああ、お前はもっぱら客側か。まぁとにかく客が来たら対応する仕事だ」
「頼み事なんて珍しいね」
「まぁ気まぐれに声をかけただけだ、都合が悪いなら……」
「やる! 手伝うよ」
アンデルセンがわたしにこういう頼み事をするのは珍しい。しかも前回のサバフェスではアシスタント業務で忙しくてなかなか彼のサークルに遊びに行くことができなかった。サークル活動をしている最中の彼がどんな様子なのか興味がある。
詳しい条件なんて聞かなくても、普段と違う彼の一面が見られるかも……なんて思惑だけで了承した売り子。
――真夏の熱い日差しの中、一人で留守を任されることになるとは思っていなかった。
(もっとよく聞いてから受ければよかったかな)
誰もいないこのサークルスペースで売り子を任されながら脳内で反省会を繰り広げる。
しかも売り子と言ってもこのサークルは自由に投げ銭入れにお金を入れるスタイル。やることが全然ないのだ。時々本を眺めて箱にお金を入れる人々を見ているだけ。
時々、なぜマスターがここにいるのかと質問されては売り子を頼まれているからと説明をするくらいで、売り子らしいことはさっぱり。アンデルセンもシェイクスピアも出かけたまま帰ってこない。
この慌ただしさではアンデルセンと一緒にフラッペを食べながら散歩をするのも難しい。それ以前に一緒に歩かないかと誘うようなタイミングもうまく掴めない。ずっとサークル活動をしている彼を誘う理由を作れないでいた。
せめてこのサークル活動で並んで座れたら良いかな、なんて。
売り子をしてほしい、が一緒に隣で過ごしてほしいと言われたようで少し浮かれてしまったのだ。それがまさか自分達のいない間サークルの留守番をしてほしいという話だったなんて! ……それはそれで少し、信用されているみたいで嬉しいけれど。
サークルの本を目当てにやってくるサーヴァント達に事あるごとに「アンデルセンに頼まれて……」と説明する。それを聞いたサーヴァント達の「まぁそんなことだと思っていたけど」みたいな反応も、何度も聞いているうちに照れくさくなってきてしまう。
「遅くなった。今戻ったぞ、マスター」
「アンデルセン! おかえり」
ブースの後ろからやってきたアンデルセンは手にフラッペを持っていた。流行ものをしっかりおさえる彼らしく、早速購入したらしい。
「思っていたより配布は順調みたいだな」
「うん。みんなアンデルセンによろしくって」
「は、それは結構。……あぁ、このフラッペは想像以上に甘いな。原稿明けの身体に障る、後はお前で処分してくれ」
「え、ちょっと!」
「しばらく休む。売り子は任せるから適当に捌いてくれ」
「あれ、シェイクスピアは?」
「そのうち戻ってくるだろう、気にするな」
言いたいことだけ言いつけると彼はわたしの隣で帽子を深く被り、さっさと仮眠の体勢に入る。
押し付けられたフラッペは少し減っているだけでほとんど買ったばかりと変わらない。けれど食べかけのそれをはたして口に運んで良いのか、脳内でぐるぐると考えている。
こんなものをなんてことないみたいに渡してきて、ホントに全然分かってない!
しかも隣に座ってはいるものの彼が寝てしまったので全然会話をするチャンスがないのだ。
彼からの信頼と全く意識されていない現状に悩んで、最終的にはまぁしばらくは隣に座れるのだしいいかと妥協する。
暑い夏の日の出来事。
――冷たくて美味しいフラッペも、いつまで経っても戻ってこないサークルの相方も全て彼の計画の上だとわたしが知ったのは祭りが全て終わった後のことだった。