まだ夢の中と思わせて「マスター、もう休むところか?」
わたしの部屋にノックもなく入ってきたのは青い髪、黒縁の眼鏡、ストライプのシャツ、白衣それにこの声。…この特徴に当てはまるひとは、わたしの中ではただ一人なのだけれど、
「アンデルセン、なの…?」
目の前にいる彼は私よりも随分と背が高い。 一体どういうことなんだろう。
「……何を言っている? あぁ、寝ぼけているのか」
「その姿、一体どうしたの?」
「姿、だと? いつも通り何ら変わりはない、どこにでもいるような男だろう」
……決してどこにでもいるようにはとても思えない。
モデルみたいなそのひとは、わたしの前で不思議そうに首を傾げる。こんな仕草をわたしよりも小さな先生がしているのを見たことがあったっけ。その姿が目の前のひとと重なっていく。
「起こしてしまったのなら悪かったな」
「寝てたわけじゃなくてこれから寝るところだよ」
「そうか。それは良かった」
そんな風に雑談しながら、何気なくベッドに潜りこんでくる。
「は 何ナチュラルにベッドに入ってきてるの!」
「? お前こそ先ほどから何を言っている?」
何が起こっているのかさっぱり自分には理解できない。ちゃんとまともなコミュニケーションがとれていない居心地の悪い会話に、もう一度確認が必要そうだなんて一息入れていると
「今更そんな反応が見られるとは思ってもいなかったな。俺がここで休むことなどいつものことだろう」
「⁉︎」
不意をつかれて一瞬息が止まる。
「……おい、何かおかしなものでも口にしたんじゃないだろうな?」
大きな手が頬に触れて、ペタペタと確かめるように動く。こちらを覗き込む疑いの眼差しがふだんよりも鋭く見えて、合った目線を反らしてしまう。
「今日はもう遅い。頭はともかく身体に問題はないようだな。疲れているのならさっさと寝ろ」
「うわっ!」
肩を軽く押されて、頭が枕に沈む。その隣に潜り込む人影。
「えっちょっと、ここで寝るの」
「おい静かにしろ、雑音があると眠れない性質なんだ。それとも何か?」
”朝まで寝かさないなどと、安っぽい台詞がお前の好みか? 立香。”
耳元に寄せられた唇から、普段よりも掠れ気味の低音が響く。
目を見開いたその瞬間、耳に響く音はアラームのうるさい音にかき消されて、何もなかったみたいにわたしは飛び起きた。
「おい、マスター。俺に何か言いたいことでもあるのか?」
「! 別になんにも!」
いつもと同じサイズのアンデルセンを前に、あんな夢を見た後で挙動不審になってしまう。
ただの夢をどうしてこんなに気にしてしまうんだろう。
「ともかくこれで打ち合わせは終わりだな? 俺は疲れた、ベッドを借りるぞ」
「えっ……」
「……今更何だ、その反応は?」
たしかにミーティングが終わった後に我が物顔でわたしのベッドを占領することは、よくあることなのだけれど。
今日に限ってこんな夢の内容に心が引きずられてしまう。
「”俺がここで休むことなどいつものことだろう”」
「”……おい、何かおかしなものでも口にしたんじゃないだろうな?”」
正夢みたいになぞられる彼のセリフに夢の続きを思い出してしまう。
(朝まで寝かさないなどと、安っぽい台詞がお前の好みか? 立香)
「わ、私は一緒に寝ないからね⁉︎」
「 一体何を……」
「先生は男の人なんだから、そんな……わたしのベッドで寝たらダメでしょ!」
「はぁ?」
「わたしこれからマシュとお茶する予定あるしもう行くね!」
逃げるようにマイルームを出ると張りつめていた気持ちが一気に解放されたようで、力が抜ける。
「……別にいつものことなのに」
見た目は幼くても中身はわたしよりもずっと歳上だと、前から分かっていたはずのことをこんなに気にしてる。これからどうやってあのひとに接したらいいんだろう、そんなことを考えて…あんなの、ただの夢なのに。
広がる気持ちから逃げ切るみたいに食堂へ向かって走り出す。
「なんで、こんな……」
心臓の音がこんなにうるさいのも、顔が赤いのも、全部。全力で走ったせいだと、今はまだそう思っていたい。