ダンス しっとりとしたジャズが流れるバーでアラスターはウィスキーを傾けている。ロックグラスの中に沈む氷はウィスキーと混ざり合い、からんと音を立てた。その時、店の扉が開き足音が近づく。
「悪い、遅くなった」
「別に、私も今来たばかりです」
「そうか……マスター、彼と同じ物を」
そう言ってアラスターの隣に腰掛けたのはヴォックス。彼はアラスターの旧友で、今日もここで飲む約束をしていた。
ヴォックスが腰掛けたところでアラスターは彼に目を向けたが、瞬間目を見開く。
「貴方、その姿どうしたんですか?」
「新しい事を始めるから、思い切って新調したんだ」
「ふーん、私は前の方がまだ愛嬌があって可愛げがあるように感じましたがね」
「まったく、そんな事言わないでくれ。今はこれが流行りなんだよ」
ヴォックスは言って薄い液晶テレビを模した頭を指差し、これ見よがしに燕尾服の裾を直す。それを見たアラスターはなんとも言えない顔をしたが、すぐに笑顔に戻る。
「まぁ、貴方が良いのなら良いですが」
「あぁ。じゃあ乾杯をしないか?」
「せっかくですからしましょうか」
二人はグラスを掲げる。そこでアラスターが言葉を添えた。
「新しい貴方に乾杯」
「ありがとう、乾杯」
二人はウィスキーを一口含んで息を吐く。そこで改めてジャズが耳に入る。低音のサックスがゆったりと奏でる音が体の奥に響いた。その音を聞くうちに時の流れまで遅くなったように思えたが、サックスの音は空気に消えるように止む。それに寂しさを覚えた時、先程よりもアップテンポなジャズがかかる。スイングという程でもないが、リズムに合わせて体のどこかが動き出す。
ヴォックスがリズムに合わせて爪先でテーブルを叩いていると、不意に手を引かれた。手を引くアラスターの顔は赤らみ、吐く息は酒気を帯びている。
「ヴォックス、踊りましょう」
「吐いても知らないぞ?」
「そんなに柔な体してません」
楽しげに笑うアラスターはヴォックスの手を取ると、燕尾服の裾を翻して回ったり、腕の中に身を預けては妖艶に笑う。その色気にあてられて高鳴る胸を悟られないように踊るヴォックスはとても幸せで、この時をいつまでもと心から願った。
デジタル時計のアラームが鳴る。
その音に起こされたヴォックスはあくびをしてから伸びをすると、独りごつ。
「はぁ……懐かしい夢だな」