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    vita_di_sardina

    @vita_di_sardina

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    vita_di_sardina

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    兄と弟の話僕たちは二人だけでずっと一緒だった。
    親のことは何一つ知らない。どちらが先に物心がついたのかも覚えていないが、どっちも何も知らないのだから今更どうでもいいことだ。
    僕は兄を名前で呼んで、兄も僕を名前で呼ぶ。年齢だって正しいものかは分からない。僕たちは顔も背格好も同じだったから尚更、どちらが兄でどちらが弟かなんて知り得ないことだった。ただ昔から兄と比べて人当たりの良いように振る舞っていた僕のほうにお兄ちゃんみたいね、とか言ってくる人間が多かったから、そのとき出来た些細な反抗だったというだけだ。
    そもそもどちらがどちらであったって構わない。無愛想で無表情で何を考えているのか分からない、ミステリアスだなんて良く言われる兄だが僕にはそんなこと簡単に分かるし、兄も僕の考えていることを知っている。だから僕は兄にも成れるし、兄は僕にも成れる。
    僕たちは二人だけでいい。世間と関わりを断とうというわけではない。それでも、僕たちは本当の意味でこの世界に馴染むことはない。ひとが僕たちのことを理解できないように、僕らもひとの気持ちが分からない。息をして、貪って、片割れと分け合ったりもたまにして、きっと間違えて生まれてきてしまった僕らはそうやって生きていく。

    「なあルッチ、どうしたの? お前最近おかしいよ」

    そう思っていたから、こんなことを二人しかいない部屋の中で聞くのは初めてだったし、帰ってきたかと思えば大きな音をたてて扉を閉め、スマホの画面をちらりと見たかと思えばそれをぶん投げて僕と同じ大きな身体に見合った長い手足を投げ出してソファに寝そべり、目を瞑って天井に向かって溜息を吐く姿なんてもっと初めて見るものだった。
    ルッチは僕を一瞥してまた目を閉じた。返事はなかった。それ自体はよくあることだから苛立ったりなんかしない。
    ダイニングの椅子に座り直し、手を止めていた食事を再開する。料理はルッチの担当で、意外とマメな兄は毎週末に大量の作り置きを男二人の暮らしには大きいが僕らの体格を考慮すればさもありなんと言ったふうな冷蔵庫の冷蔵室と冷凍室に入れていて、平日は大抵それを温め直して食べていた。
    美味しい。僕がなんでも出来るのと同じように兄もなんでも出来る。だがそれをひけらかすようなことはしない。端的に面倒だからだ。言葉に出してそう決めあったわけではない。ただの暗黙の了解だ。
    だから……兄が僕の知らない人間に手料理を振舞ったって、僕が何かを言う権利はない。

    初めてルッチの考えていることが分からない。それは、きっとルッチ自身にも分かっていないのだ。
    ひとと関係を築こうともしたことがない僕らだった。互いがいればそれで十分だったから。でも、ルッチは誰かを見つけたらしい。何も言われていなくても、それくらい分かる。

    ルッチの作った料理を食べ終えてシンクへ皿を持っていき、蛇口を捻ってスポンジを泡立てる。俯くと、鏡面になるほど磨いたシンクが僕の顔を写している。
    ──同じ顔だ

    「久々に走らない?」

    食事を終え、皿を洗い終えても未だ同じ体勢でソファに寝ている兄に声を掛ける。先程と同じように兄はちらりと僕を見て、しかし先程と違ってむくりと起き上がりリビングを出ていくと、階段を上がる足音がした。
    先程までルッチがいたソファに座り、髮を結ぶ。眼鏡も邪魔になるから外してしまおうかと悩んだ末に、もう外も暗いから同じ顔が並んでいても問題ないだろうと判断した。
    そうしているうちに階段を降りる音が聞こえたから玄関へ向かう。僕がスニーカーを履いていると、隣に座った兄は僕と揃いのジャージに着替えていて、横顔はいつもの無表情に戻っていた。リビングに戻った様子はなかったから、叩きつけていたスマホは床に転がったままなのだろう。

    会ってみたいな、と思う。兄と同じ僕を見て、そのひとは何を思うのだろう。それとも兄を表面しか見ていなければ、笑いながら全然違うと言ったりするのかな。
    同じペースで隣を走る兄は今、そのひとのことを考えているのだろうか。

    なんだかすごく気になった。それがどうしてか分からなくて考えて、そうして分かったのは、僕は僕自身の気持ちが分からないのも初めてだということだけだった。
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    vita_di_sardina

    MEMO「おれの妹にもそうやって言うこと聞かせてんのか?」
    義兄と義弟の話年下の恋人が分かりやすく落ち込んでいたのだ。

    それは大変に珍しいことだった。恋人はいつも朗らかににこにこしていて、それは朝起きたときから始まり食事をしているときも、一手に任されている四人分の洗濯物を干すときも畳んで仕舞うときだって、水回りの掃除をしているときも楽しそうで、大きなベッドで毎晩おれのことを干涸らびてしまうのではないかと思うほどに責め立てているときすらも、ずっと手本のような笑顔を浮かべている。おれも含めてこの家に住んでいる残り三人は少しばかり見習った方が良い。特に恋人の兄について、そう思う。
    出会ったときからずっとそんなふうにしているところばかり見ていたから、あまりひとの感情の機微というものを掴もうと思ったことがなかったおれですらこいつは何を考えているのだろう、どうせこいつもおれの前…いや女の前でだけ甘ったるい笑顔を見せているだけだ、と勘繰っていたのが懐かしい。初めて会って、セックスをして、そのときおれは処女だったからあいつにとってはたいそう面倒だったろうに、また会って、またセックスをして、そうしているうちになぜだか彼はおれのことを気に入ったようで、おれも彼を気に入ったから、互いに都合の良い相手として半分一緒に生活するようになっていた、はずだったのだが、一足先に恋人を作って二人暮らしの広い部屋におれを一人残していった兄が今までおれを気にかけたことなんてなかったのに、おれたちの──少なくともおれの意志をさておいて、気付いたら兄たちとおれたちの四人暮らしになっていた。
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