はぁ、と熱い息を吐き出せば、外気に触れて白くなる。
目に映ったそれに、今の寒さを嫌にも自覚して、ぶるりと肩を竦めた。
極寒の冬の夜、繁華街の明かりが辺りを照らす。
人々は身を縮め、普段より少し早いペースで歩みを進めていく。
勿論、エディも例外ではない。
チェンの店で「用心棒代」としてチョコレートを受け取り、夕飯の材料を購入して帰路につく。
なにやらいい事があったのか、その「用心棒代」は、いつもよりひとつ多めに入っていた。
『エディ、晩飯は何にするんだ』
「こんなに寒いし、シチューで温まりたいな」
『よし、オレも手伝う』
「……いや、気持ちだけ有難く受け取っておくよ」
いつぞやの朝食のようにめちゃくちゃにされたら後が大変だし。
そう口に出さず心の中で留めておいたものの、ヴェノムの前では隠し事ができないという余計なオプションのせいで『失礼な!』と声が脳内に響いた。
『エディ』
「なんだ?手伝いは要らないぞ」
『違う!何か落ちてきた!』
「え!?」
迫真めいた言いように、思わず反射的に空を見上げる。
落ちてくるなんて言われ方をすれば、身の危険を感じてしまうようなものを想像してしまったが、そこには眩しいくらいの街灯と真っ暗な空があるだけ。
なんだ、と胸を下ろし、何でもないじゃないかと小言を言おうとした瞬間、視界に黒い触手がズルリと入りこんできた。
「おい!待て、待てって!!!」
人が普通に行き交う道端だというのに姿を現したヴェノムに、伸びる触手を握りしめ正面を向けさせ、声を抑えつつ叫びながら、慌てて路地裏へと身体を滑り込ませる。
なんの混乱もなく、普段通り人々が横切っていくのを見てひとつため息をつくと、ヴェノムの触手を掴み強く引き寄せた。
「だから出てくるなって何度も言っ」
『エディ、これはなんだ』
「はぁ!?」
食い気味に言葉を遮られたうえに未だ空を見上げたままのヴェノムに怒りを覚えつつ、もう一度空を見上げる。
不意に、ぽつりと冷たいものが鼻に当たった。
「げっ、雨か?」
『違う。もっと大きくて……白い』
「白い……あ、雪か」
『ゆき……ゆきって言うのか』
エディの言った言葉を繰り返し、物珍しそうに舞い落ちる雪を見つめる。
ちろりと舌を伸ばし、雪をひとつ舐め取る。
思っていた以上に冷たかったようで、鋭い白の目を大きく見開きながらぶるぶると震える仕草がまるで猫のようだと、さっきまでの怒りがかき消えたエディは、柔らかく口角を上げ微笑んだ。
「ヴェノムがいたところには雪は降らないのか」
『ないな。雪どころか……季節?だったか?そもそもそういうものがない』
「へぇ……」
『だから、今こうしてエディと一緒に見られてよかった』
「!」
思わずヴェノムの方へと目をやる。
ずっと空を見上げていたヴェノムは、少し遅れてエディの方を向いては、なんだ?と言いたげに首を傾げて怪訝そうに見つめてくるのが可笑しくて、そっかそっか、と小刻みに頭を揺らした。
『おい!可愛いとはなんだ!!』
「勝手に頭の中を見るなよ!ほら、このままだと凍えちまうだろ。さっさと帰るぞ。……そうだ、ホットチョコレートでも作ってさ。好きだろ?」
『あぁ、それはいいな!あれはホットだがクールな飲み物だ!そうと決まればすぐ行くぞ、エディ』
「はいはい」
するりとエディの体内へ隠れたヴェノムを確認して、歩を進めて路地裏をあとにする。
ちらちらと舞う雪は、気がつけば数を増して少しずつ世界を白く染めていく。
外はこれから更に冷えていく一方であっても、心はどこかほんのりと暖かいものを感じていた。