4背中合わせ ダイ×アバン 自分の体の一部のように扱っていた筈の剣が重い。回復の為に息を荒げるけれど、地上と違って魔界の空気は瘴気が交じり重く、幾ら吸い込もうと四肢に溜まっていく疲労は軽くならない。
もう、剣を手放してしまいたい。今、この場で横になれるのなら、どんな代償でも払うだろうに。
(……いや、諦めるなら簡単だ。この場から逃げるか、この手にしている剣で自分の胸を貫けばいい)
「ダイくん!」
聞き覚えのある声に顔を上げれば、大勇者たるアバンの姿があった。
「せん、せい」
「遅くなってしまって申し訳ありませんね、この場は一緒に切り抜けましょう」
この人はカール王国で王配となって、国民の為に王杖を振るっている筈で、こんなモンスターが蔓延る魔界の底にいていい人ではない。
「拍子抜け、ですか?」
煤だらけの顔でアバンは笑う。よく見れば身に付けている衣装は所々切り裂かれ、血が滲んでいる。ここに辿り着くまで相当戦ってきたのだろう。
「ヒュンケルかポップなら戦力になったのでしょうが」
「そんなことないです!」
「優しいですね、ダイくんは。でもね、私も勇者として幾つもの戦場を駆けた身。自分の実力の程は分かっているのですよ」
これと同じ場面を自分は知っている。一体、いつの時の記憶だろうと探ると、大魔王の居城、バーンパレスにあった門をアバンの呪文で開いた時だ。
「力だけが全てではない、知恵や心も強さの一つなんだって、教えてくれたのは先生じゃないか」
「ダイくん」
「おれ、実際、一人だったら諦めていた。でも、先生の姿見た途端に力が沸いてきたんだ」
危うかった足元はしっかりとした大地へと生まれ変わり、暗かった視界は先生を中心に色彩を取り戻している。
「おれの背中を守ってくれたら、それだけで十分、この戦場を切り抜ける事が出来るって確信しているんだ」
アバンは目を見開いて、自分をとうに追い越してしまった弟子を見返し、少しくすぐったそうにして笑う。
「キミが確信しているのなら、私も信じましょう。ダイくん、キミの背中は私が守ります」
「はい、そして先生の背中はおれが絶対に守ります」
そうして、何か思いついたかのようにダイが声を上げた。
「あ、あの、もっとおれが強くなる方法があるんだけど」
「ほお、それは何ですか?」
「ちょっと、先生、背をかがめて」
内緒話でもするかのように、二人は顔を近づけると、ダイの方からアバンの頬へと手を添えるとキスをした。軽く重ねるだけの刹那のキスだったが、今はそれで十分だとダイは思う。
「ダ、ダイくん」
「これで力を貰いました。十分、戦えます」
「……そう、なんですか?」
「はいっ!」
触れ合った部分が熱を持ち、胸を熱くして生への渇望を強くし、それは闘志へと直結した。
「先生、おれの背中、お願いします」
「は、はい」
「そして、また、向き合えた時にはキス、しましょう」
もうすでにダイの視界には、相対すべき敵しか映っていないが、背中越しにアバンの戸惑う気配が伝わって、少し笑ってしまった。
「……そういうのは駄目です、ダイくん」
「何でです?」
「ゲームでいう所の死亡の予兆という奴です」
「ならば、おれ達でその予兆を覆すんだ」
「覆す、ですか」
「はいっ!」
離れないでずっと、おれの背中で貴方の熱を感じさせて。
次に向き合えた時、違う二人になっている筈だから。