『馬鹿にできない馬鹿騒ぎ』―side:Kagami―「突然ですが赤司君と別れることになりました」
「……は?」
あと三分ほどで正午になろうといった頃のファミレスにて。久しぶりに会った相棒が開口一番、ランチ時の喧騒にかき消されそうな声でそう言い放ったので火神は思わず固まった。
最初こそ、オレの聞き間違いか?と火神は思ったが、彼が神妙な面持ちで見つめてくるので聞き間違いではないことを察する。そうだ、そもそも彼は冗談が苦手だ。
「別れたってお前……だって昨日」
突然のカミングアウトに火神は何を返せばいいのかわからず、迷いながら口を開いた。
そして言葉に詰まりつつも火神は思い返す。
昨夜、久しぶりに日本に帰るから会おうぜ、と火神が黒子に連絡した。その際、電話口から赤司と楽しそうに会話している黒子の声を聞いている。それがたった半日で破局に至ったというのか。
いつものように、何もなくても楽しそうにしていたふたりの声、あれは幻聴だったのか?それとも自分が電話をしたせいでケンカになったとか?一体、ふたりの間に何があったというのだ。
火神の思考回路は考えれば考えるほどぐちゃぐちゃに巡り、空腹も相まってまとまるどころかとっ散らかる一方だ。
「なぁ黒子、それって……」
オレのせい?
やっとの思いで絞り出した言葉を火神が問おうとした、その時。
『正午になりました!ここでランチにおすすめなメニューを紹介します!』
頭上で軽快な店内放送が鳴り響き、火神の声もろとも重い空気が一瞬でかき消された。
それを受けて、こんな時に!と火神は内心で舌打ちしたが、一方の黒子といえば。
「……はぁ、これで今年のミッションも完遂です。やっぱり慣れないことをするものではないですね」
「?」
店内放送が続いている中、ボソリと何かを呟いていたが火神には聞き取れず。やっと終わったところで。
「火神君すみません、さっき言ったこと嘘なんです。赤司君とは別れてません」
「……は」
再びとんでもないことを言い放った。
彼が突拍子もないことなど今に始まったことではないが、火神には彼の意図が全く読み取れず混乱するばかりで、言の葉のひとつすら出てこない。
さっきの発言が自分をからかうための冗談だというのなら、冗談の苦手な彼にしてはあまりにも内容が酷すぎる。仲間想いの彼が、ましてや恋人を貶すような真似をするだろうか。
火神が冷静になろうと必死に思考を巡らせていれば、黒子はやっと終わったというような、申し訳なさそうにため息をつき。
「火神君は時差ボケで忘れてるかもしれませんが――今日は四月一日、エイプリルフールです」
「……てことはオマエ、オレを騙そうとしたってことか?」
そんな黒子の言葉に火神は気の抜けた声を出す。そういえばそうだった、そんな感想と共に。
「そう、なりますね……すみません」
「ふざけんなよ!オレのせいで別れたのかと思ったじゃねぇか!……でもよかったぜウソで……」
「はぁ……これだから火神君にはしたくなかったのに。もし仮に別れたとしても、キミのせいじゃないですから安心してください」
俯き謝る黒子に一瞬だけ怒鳴った火神だが、開口一番に告げられた内容が嘘だったという事実に安堵して脱力する。頭と神経を使ったせいか余計に空腹感に襲われたが、それ以上に黒子の言動の真意が気になり再び問うた。
「つーか、なんでそんなウソついたんだよ?内容的にアイツ怒るんじゃねぇの?」
「むしろそれ言い出したの彼なんですよね。昨日たまたま電話して来たのがキミだったので、今年はキミに決行しようって電話切った後で彼が」
「アイツ鬼か!……てか今年『は』?去年もやってんのか?」
またとんでもないことを黒子が言うので思わず反応する火神だが、彼の物言いに引っかかりを覚えて問えば彼は頷いた。
「はい、彼と付き合うようになってから毎年同じ内容でウソついてますね。それにウソって自分ひとりでは成り立たないし、そのウソをつく相手がいて初めてウソになるじゃないですか」
「それで人巻き込んでんのかよ。ノリ良く見せてタチ悪ぃ」
「あんなウソ、ノリでなんてやれませんよ。願掛けです」
「願掛け?」
黒子の言い分にげんなりする火神だったが、ついでにぼやいた言葉に彼は反応したらしい。表情こそ苦笑いしているものの、話す声は至って真剣だった。そして相手の心を見透かすような、澄んだ瞳で火神を見据える。
「エイプリルフールについたウソはその一年間は叶わないって言うじゃないですか。――だからどうしても叶えたくないんですよ、それだけは」
それを聞いた瞬間、ストンと腹落ちした感覚が火神にはあった。
ウソや冗談が苦手なほどストレートで、それ故に正しいと思えば是が非でも我を曲げずに突き進み、願望だって自力で叶えようとする彼。そんな彼がウソをついてもいい日に慣れないウソをつくことも驚きだが、それがまさか実現したくない願い事があるからとは。ジンクスを逆手に取るような、斜め上の発想が実に彼ららしい。
もっとも日本には言霊、ひいては嘘から出た誠という言葉もあるくらいだから、ウソとはいえよほどのことがない限り口にしたくないのだろう。
ウソをついていいのは一度だけ、それも午前中のみで午後にはウソだったと白状しなければいけない、というエイプリルフールのルールを則った上で正午になる直前に仕掛けてくるあたりから本気なことが窺える。
「……まぁ、オレから言えることはオマエはウソつくの向いてないってことと、そのウソの内容を言うことも慣れない方がいいってことだな」
ただでさえ冗談すら苦手な人間がウソをつけば余計に信憑性が増してしまうし、ましてや言葉が予行演習だなんて軽いものになってしまったら願掛けしたい相手への気持ちが薄れている証拠にすらなってしまうだろう。
「そうですね。エイプリルフールって四月馬鹿とも言うらしいですけど、馬鹿騒ぎも苦手みたいですボク達」
「だな。そもそもエイプリルフールにつくウソは罪のないウソがいいらしいし」
「えっ、ボク達のウソ、罪深すぎません……?」
「今気付いたのかよ!ホント、タチ悪ぃ!」
ハッとする黒子に突っ込みながら、決死の覚悟でつくようなウソが永遠に叶わないことを願いつつ、馬鹿正直すぎるほど真剣な四月馬鹿に巻き込まれることは金輪際お断りしたい火神なのだった。