俺が俺でいるために「おーい、ルークぅ。こっちこっち」
ここで、俺の名前を大声で呼ぶ人間なんて一人しかいない。俺は辺りからニヤニヤと見られてるのを我慢しながら、声の主に近寄った。
「陛下! 大声で呼ばないでくださいって、いつも言ってるじゃないですかっ!」
「お前がまっすぐこっちに来ないのが悪い。さっさと入れ」
そう言って陛下は、俺の腰に手を回して、自分の寝室へと入っていく。抵抗なんてしないけど、そうじゃなくて優しくしてくれてるんだなって気がして、俺はその体に寄りかかった。
この人は、俺のことを俺としてみてくれる。レプリカでも、ファブレ家の人間でもなく、俺として。最初は苦手だったし今も苦手な部分はあるけど、こうしてそばにいることが心地良いし落ち着く。触れてくれる手も、指先も、好きで仕方がない。
ベッドにそっと寝転されて、陛下が覆いかぶさってきた。優しいキスをくれて、それからいっぱい頭を撫でてくれる。告白されて俺が返事をするまでと、返事をしてからキスをするまで、同じくらい時間がかかったと思う。決して短くも、長くもない時間。俺も陛下も悩んで、こうして近づいた。
「いよいよだって、聞いたから」
「……はい」
「なにもできないことに、こんなにももどかしく思ったことはない」
俺の首に顔を埋めて、陛下は小さく漏らした。そこには俺の耳があるし、その距離で音を聞き漏らすなんてことはしないのに、わかってて、それを口にしてるんだと思う。
「俺ひとりじゃないですから」
「そんなことは関係ない。俺が、お前にしてやれることがなさすぎるのが、堪える」
優しいな、陛下は。そうして考えてくれるだけで十分なのに。そうして、覚えていてくれるだけで十分なのに。いつか消えてしまうかもしれない存在をこうして、愛してくれただけで十分なのに。
「なにもできなくないですよ」
「……ルーク?」
「俺のことを考えてくれる。それだけでいいんです」
「……馬鹿だな。もっと欲張れよ、もっと、欲しがれよ。眼の前にいるのはマルクトの皇帝だぞ」
ほら、そういうところが苦手なんだ。凹んだと思ったら自信満々に物を言う。いつだって陛下には自分があって、俺にはそれがなくて。それを求める前に、きっと消える。俺は、なにもないまま。
でも、陛下のそばにいるときは違う。俺は俺でいい。なにもなくても、あっても、ただ、俺でいればいいから。仲間たちといるときそうじゃないか、といえばそういうわけでもないんだけど、どうしても色々、考えちゃうから。ここは、なにも考えずにいられる。
「……へいか」
でも、なにも考えてばかりじゃいられない。近いうちに、すぐに、エルドラントへ行かなきゃいけないから。だから今だけは、今だけは。
「俺を、俺でいさせて」
「……お前さんはいつだって『ルーク』、だろ」
「ん……」
髪を優しくなでて、それから少しのキスをくれた。俺が首に腕を回せば、陛下は優しく、もう一度キスをくれる。優しいそれは、顎を伝い首へと滑った。そんな触れ方、今までされたことがなくて、体がこわばる。
「……すまん、嫌なら蹴り飛ばしてくれ」
「そんなこと、……できるわけない、じゃないですか」
ズルい言葉だ、と思った。俺らしくいられる場所で、そんなに優しく触れてくれるなんて。抗えなくて、その手に溺れるしかなくなる。服に手をかけて脱がされる。素肌を撫でる指先は、俺の体に不思議な感覚を与えた。
それがなんなのか、知るすべはない。ただ、愛されてると思う。心地よくて、とろけそうになって、少し高い声が喉からこぼれる。
痛みも苦しみも、幸せもそこにあった。陛下の体温は温かくて、なにも考えられなくなるくらい。
考えなくていいんだ、と思った。俺は、俺でいることだけを考えていれば、それでいいんだって。
**
「……多分明日、行きます」
「そうか」
ベッドは、広かった。静かになるまで気づかなかったけど、この部屋にいつもいるブウサギたちはいなくなってて、きっと陛下が俺のことをこうして、抱きしめてくれるために大切な彼らを別の場所に移動させてくれたんだ、って。
「……戻ってこいよ」
返事は、できなかった。俺が消えずにいられるのか、そんなことはわからないから。
だけど、怖くはない。このぬくもりを知っているから。この人の愛を、知っているから。
「俺は、最後まで俺でいたいです」
「ようやく自信が持てたか?」
「少しだけ」
あなたのおかげで、俺は俺でいられる。俺のいのちは、きっといつもここにいられる。
好きです。愛してました。どうか、これからもお元気で。