なにもしない日に。 オルニオンの朝は、少しだけ早い。それはまだ街との往来に苦労するからであって、定住していない商人や職人たちは次の仕事のために一日二本しか出ていない定期船を求めて朝日とともに街を出る。
だが、逆に定住している者の朝は遅い。出かけるようがあるならばまだしも、なにもないならば余計に。ギルド『凛々の明星』についてはことさら、ギルド員ジュディスの友である『始祖の隸長』バウルを足としているから、時間にこだわる必要もなかった。
そもそも今日は依頼もなく、休日としていた。だから足であるバウルは、ジュディスとともにクリティアの街ミョルゾヘでかけている。それは昨日からだ。そこに住まうクリティア族が地上に降りるための準備を手伝うと言っていた。
つまり、ギルド構成員三名の『凛々の明星』本拠地には今、二人しかいない。建築ギルドに建ててもらった新築の拠点、そこはまだ住まいも兼ねており人影は寝室にしかなかった。男女別の寝室は、今のところどちらもベッドはひとつである。
「ユーリ、起きないの……?」
休みとはいえ、首領であるカロルはいつまでも寝ていることを良しとしていなかった。しかし少しだけ成長したとはいえまだ小さい体は隣に寝転がる男の腕に抱えられるには丁度いいサイズだ。抱きまくらよろしく、しっかりと抱えられている。
「いいだろ、休みなんだから」
「でも……」
「オレと一緒に寝るの、カロルはイヤなわけ?」
抱える男はそんな言葉を、笑いながら言う。そうだ、と肯定することがないと、わかっている表情だ。
「……イヤじゃないけど」
「じゃあいいだろ。あ、もしかして腹減った?」
「違うよ! もー、……あんまりダラダラするの、良くないと思うんだけど」
「首領が手当り次第依頼取ってくるから疲れすごいんだけど」
「……ウッキウキででかけてるくせに……」
ただぐだぐだと寝ているわけではないことくらいわかる。ここひと月くらいの間、彼、ユーリは魔導器を失った世界で各地の護衛依頼を請け負っていたのだから。結界魔導器がないことはもちろん、魔導器に頼り戦闘を行っていた傭兵ギルドが使い物にならなくなり、その代わり帝国の騎士団や純粋な戦闘技術の高いユーリらが駆り出されていた。
首領であるカロルも、手当り次第受けていたわけではない。濡れ衣である。少数精鋭の『凛々の明星』が拠点を完全に空けるわけにはいかないから、依頼はすべてユーリとジュディスが受けていた。無理をしない範囲でどれくらいいけるか、もちろん二人に確認し受領しているのだ。
元来暴れたがりの二人であり、そうではないように言いながら、困っている人を放っておけない質だ。片っ端から依頼を受けてはバウルを駆り、二人で片っ端から片付けていった。
そんな片っ端からを粗方終わらせて、次の依頼がやってくるまでのインターバルが今である。インターバルであればいつまでも続くわけではなく、一時的な休息だ。だからユーリがこの時間を欲しているのならば、首領として認めないわけにはいかない。それに、好意を分け合った相手としても。
「……おちつく」
「ん……」
年の差があっても、首領とギルド員だとしても、世界を守る旅を共にした仲間だとしても。好意を持ちこうして体を寄せ合うまでに近づけた心では、結局甘やかしてしまうのだ。
「……な、キスしていい?」
「う、うん……」
ユーリが問うて、そのまま唇を重ねる。啄むような、触れるだけのキスを何度かされれば、物足りなくなるのはカロルであった。唇が離れた瞬間にユーリの上に覆いかぶさり、何度も口づけてそれから唇を舐めた。
そんなキスを教えたのほは他でもないユーリである。自覚した恋も、こうした触れ合いも、カロルにとってはユーリが初めてだった。告白をしたのはカロルからで、ユーリが返事をしたのは告白から数ヶ月、ほんの僅か、数日前なのだが。
「がっつきすぎ」
「休みなんだから、……好きな人に触るだけの日でもいいでしょ」
「はは、確かに」
ちゅ、と軽いキスをしてから再び隣り合って寝転がる。ユーリの腕に収まり直して、しっかりと体に抱きつく。しがみついている、というほうが適切かもしれない。
目まぐるしい日々を長く続けていたから、こうしてなにもない時間を過ごすのはひどく久しぶりのような気もした。
せっかくならば。カロルはこの休みを彼との距離を縮めるために利用しようと画策する。好きになった理由を話し、彼が了承してくれた理由を聞いてみたい。長く待たされたのだから、尋ねるくらいでバチは当たらないだろう。
自分はまだ子供だが、今の彼と同じ年になるまで、なってからもずっとともに生きていてほしいから。
「ユーリ、あのさ」
視線を向けてくれた年上の恋人は、まっすぐ、自分を見ていてくれるだろうか。カロルは少しだけ不安をいだきながら言葉を紡いだ。
二人の、これからの話をするために。