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    まかろ

    卓絵、SSを投げるとこ
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    まかろ

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    百古里のヤカラ服どこで買ってんの??? という話
    2/1

    #ひよすが
    days
    #まかろのSS
    ssOfMaroro

    ヤカラファッションSS 千浦日和との衝撃的な出会いを果たし、人生の中でも指折りの急展開により百古里はついに就職先を得た。しかし百社のお祈りから解放された高揚感が落ち着いてくると、広い事務所に年下の小柄な女の子とたった二人きりだという事実を遅れて認識することとなった。

     電球の交換は任せてほしい。料理も掃除も洗濯も、小うるさい三姉妹に仕込まれているので問題ない。引きこもりなので業務時間以外は自室から出てこないし、そうでなければ一人で旅にでているので彼女のプライバシーを侵害することもきっとないだろう。それなりにコンピュータを扱えるので事務員としてはおそらく即戦力で役に立てる。問題はもっと根本的な、別のところにあった。
     ここは人の多い繁華街にもそこそこ近いし、業種柄危ない事件に関わりそうな依頼もくる。何よりこの探偵様はあまりに勢いがよすぎて、危機感というものをまるで持ち合わせていないのだ。これが何よりも先に対策を要する課題だった。明らかに危険な依頼も二つ返事で受けてしまう千浦さんのために、百古里は早急に用心棒として動ける用意が要ると判断した。

     コミュニケーション能力もなければ主体性もないが、身長だけはある。まずは持っているものを活かそう。世の中の人間は人をほぼ見た目だけで判断するのだから、逆に考えれば見た目さえ騙し切れば大丈夫だ。
     手っ取り早いのは『仕事着』を調達することだろうか。百社に祈られた呪いのリクルートスーツは早く脱ぎたいし、学校も休みなので千浦さんにことわって今日は実家に向かうことにした。


     普段からあまり帰りたくない実家は、ここからだと電車でだいたい一時間半の距離だ。日帰りで行けなくはないが気力が湧かないので、荷物がまだ残っている。
     憂鬱だ。この一週間ほどまともに家に帰っていないから反動が怖い。
     何せ急に住居が与えられたのだ。終電を逃したので近所にホテルがないか聞いたら、あっさり『じゃあ今日からそこがすがりの部屋ね!』と部屋を宛てがわれたのは絶対に勢いだと思う。
     とはいえ実家を出るチャンスをみすみす逃す訳には行かないので、彼女の気が変わらないうちにと翌朝に着替えとパソコンを取りに行ったのが最後だった。家から通うより学校にも近いので、四日後の卒業式にもこのまま事務所から向かうつもりだ。

     気が進まないながらも青羽根家の門の前まで帰ってくる。嫌すぎて五分ぐらい立ち止まっていたけれど、意を決して門をくぐって玄関の引き戸を開ける。
    「すーちゃーん! おっかえりー!!!」
     第一声がこのテンションでげんなりする。二人の姉のうち長姉のいずみは在宅勤務なので、いつ帰ってもほぼ絶対にエンカウントを避けられない。靴を脱いでそそくさと玄関脇の自室に部屋に入ろうとすれば、一瞬早く居間から出てきた姉に見つかる。
     平日の昼間なので妹のきさみは大学だし、両親も仕事だ。二番目の姉のみゆきだけが接客業で不定休だが、彼女も今日は仕事らしい。
    「おコタ入れよっか! おいで」
    「いいです、長居しませんので」
     そう返すといずみは途端にくしゃりと表情を歪める。
    「なんでよう! この所全然帰ってこないじゃない、寂しいこと言わないで〜!」
     際限なく百古里に構いたがるのは長姉のいずみばかりでなく、その下のみゆきも妹のきさみもそうだ。帰ればいつも誰かしら代わりばんこに百古里の部屋に入ってくる。みゆきはやたら恋バナをしたがり、きさみは何だかいつも不機嫌にしつつスキンシップをとりたがる。三者三様に面倒だ。
    「すーちゃ〜ん! 聞いてるの!?」
    「はい、あの、住み込みですので」
    「受かった日にいきなり?」
    「ええ。みなさんのお誕生日や、記念日や、クリスマスも、その…… これからはボク抜きで、お願いします」
    「えっ何でよ」
    「仕事ですから」
     仕事。なんて自尊心を満たす響きだろう。
     これから百古里は助手になる。人間は怖いしうまくやれるか不安でいっぱいだが、つかみ取った幸せは絶対離さない。縋りついてでも千浦探偵事務所に居着く覚悟はあの夜決めた。
     千浦日和は危なっかしいところもあるが、すごい人だ。太陽のように冷酷にすべてを照らしだしたりせず、月のように欠けたり消えたりなどしない。ささやかに見えるのに、絶対にどこにも行かない北極星のような上司だ。これから百古里がどこへ向かうのだとしても、その道筋は彼女が示す。
    「え~っやだやだやだ〜、養うからずっといて~」
    「お気に入りの玩具が、なくなるからですか」
    「……」
     頬を膨らめてみせる六つも年上の姉に、百古里はため息をつく。
    「あのぅ、そこは否定して頂けません?」
     彼女の愛は愛玩物としての愛なのだと、気づいてしまったのは中学の頃だ。弟の人格を愛しているのであればもう少し離れてくれてもいいはずだ、頭は悪くない姉なのだから。百古里が一人の時間を必要としていることを、理解できないわけではないだろう。
    「あはは。ところで、仕事なにするんだっけ?」
    「ええっと…… 探偵助手に……」
    「ええ!? すーちゃん探偵になるの!? ウッソ!」
    「ひ、いえ、助手です!」
     本当はこれでこそ密かな憧れを叶えたのだと、誰にも言うべきではないだろう。将来の夢はワトソンと作文に書いてクラス中に笑われてから、百古里は決してこの気持ちを口にはしなくなった。
     家に帰っても姉の思い通りに遊ばれ、学校にいれば笑い方が気持ち悪いと虐められ、いつしか逃げ場として本の世界を選択した百古里は当時十二、三歳だっただろうか。
     本の中では誰の玩具にもならないでいいということを、当時の百古里は心から嬉しく思っていた。人間は怖いが、本の中の人間は作り物だから怖くない。
     本の力を借りて脳内に構築した想像の世界は、百古里が唯一百古里として存在することを許された安全な箱庭だった。その箱庭の中で特に気に入って浸っていたのは、シャーロック・ホームズの世界観だった。
     ホームズはすごいに決まっている、タイトルにもなっている名探偵だ。到底そんな風にはなれっこないし、目立つ立場にはそもそもなりたくない。百古里が憧れたのは、こんな風にすごい人の傍でそのジーニアスぶりを支えるワトソンのほうなのだ。
     いつか誰かのワトソンのようになれたらきっと幸せだろうと思っていた。地味にスペックが高いワトソンは百古里からしたら相当な高望みではあるが、願望なんてすべて高望みだ。
     本当に探偵の助手をやることなんて現代日本ではないと思っていたけれど、千浦探偵事務所には経理と事務が必要だ。捜索と推理の手伝いをしつつ、事務方の細々した作業を担うなんて現代の助手らしくてとてもいい。
     これまで主人公どころか設定のある脇役にすらなる権利のないただのモブだったのが、準主役になった気分だ。
     だから百古里は、この高揚感に任せて苦手な身内を頼る決断ができた。
    「姉さん」
    「いずみよ」
    「……いずみさん」
     名前で呼ばないと怒るのは、『妹だけ名前で呼ばれるのは不公平だから』らしいが百古里は普通に妹のことだって『妹』と呼びたい。面倒くさい姉だが、これまで22年間散々百古里を着せ替え人形にしてきたのだ。真面目に頼めば真面目に答えてくれるだろう。
    「服を、選んでください」
    「……え?」
    「なるべく強そうに見えるように。ナメられなさそうな感じで」
    「はい???」
     初めての百古里からのお願いに、いずみは動揺している。それもそうだろう。ずっと姉の着せ替え人形になるのを嫌だと思っていたし、隠さず嫌そうに振舞っていた。
    「真面目な格好でいたら、見た目で隙をつくります…… トラブルは起こる前に防ぎたいんです」
    「はー、なんかすーちゃんの理論って感じ」
    「嫌ならいいんです、直接上司に相談しますので」
    「え! 嫌だなんて言ってない! 行くよすーちゃん!」
     仕事を放り出した姉は、年季の入ったキーを壁のフックから外して駆け出す。百古里は最低限の手荷物だけ持って姉に従った。


     三時間ほどあらゆる店をハシゴして着せ替え人形になったが、サイズの合う服はどうしても少ない。いつもネットで欧米サイズのものを取り寄せているので、そういえば店舗に服を買いに来るのはスーツを買った日以来だ。あの日も姉に日暮れまで連れ回された。
    「そっかぁ、スーツは結局オーダーメイドになったんだっけ。忘れてた」
    「とりあえず、アドバイスだけしてくだされば…… あとはネットで何とかします」
    「何言ってんのよ! ねーちゃんあきらめないわ!!!」
     諦めてください疲れましたと思いながら、車に揺られて更に2時間連れ回される。郊外の服屋もしらみ潰しに回る戦法らしい。そろそろ夕方だ。というかこの人、仕事はいいんだろうか。

     時間も遅くなったので最後の店、ということで駆け込んだのがその日一番の『ハズレ』の店だと百古里は思った。
     明らかに末端の組員かそれに近い雰囲気の刈り上げの男が睨みをきかせて店番をしている。筋肉でパツパツの襟首からも袖からもタトゥーがみえており、任侠映画の中でしか見かけないような小さい丸いグラサンをかけている。なんだか『刃牙』に出てきそうな人だ。
    「いらっしゃい」
     ドスの効いた声で挨拶されたので、とりあえず会釈は返した。いずみも流石にビビるだろうと思っていたのに、この人はどういうわけかいつものテンションで笑顔で挨拶している。
    「こんばんは! この子を思いっきりワルな感じにしてください!」
    「ひえ……」
     萎縮する百古里を下の方から睨みあげる組員もとい店員は、観察してみれば歯が何本かない。百古里の視線に気づいてこちらに近づいてメンチを切り始めたので慌てて目を逸らす。無理だ、怖い、早く帰りたい。
     回れ右してドアの方を向いたが、指輪だらけの手でテーブルをガツンと叩く音がして振り向かざるを得なくなる。
    「坊主ゥ、ついてきな」
     タイマンを持ちかける気だろうか。生きて帰れるだろうか。足がすくんで動けずにいると、にやにやしながら姉が百古里の手を引いた。
    「何してるのよ、行くわよ」
    「おっと、嬢ちゃんはそこで待ちな。奥は女人禁制なんでね」
    「そうなの? 残念だわ……。行ってらっしゃい、すーちゃん」
    「ええええ……」
     姉に背中を押され、目つきの悪すぎる組員のような店員に先導され、店の奥へと進む。帰りたい。帰って千浦さんに会いたい。怖い。

     組員に連れてこられたのは散らかった試着室だった。ごちゃごちゃしたボックス状で、百古里の身長だと完全に頭が出る。
    「ここで待ちな」
    「ひっ…… はい」
     試着室の雑多な壁に目を向ける。骸骨のマリアが蛇を両手に絡めているようなデザインの派手なパーカーや、タトゥーを入れまくった不動明王が髑髏を踏みつけている図案のシャツが目につく。さすがにこういうのは着たくない。
    「おい坊主、ソレ脱ぎな」
    「へっ!?」
    「脱がなきゃ着られねえだろうが」
    「はいい……」
     言われるがままに着ていた黒のパーカーと黒いスキニーパンツを脱ぐ。それらは即座に組員に回収され、代わりに手渡されたのはゼブラ柄の派手なシャツとエナメル素材のパンツだった。マリアや不動明王でなくてよかったとは思ったが、ゼブラも十分嫌だ。
     とはいえパンイチでいるのも精神衛生上よくないので、仕方なく渡されたものを着る。サイズのフィット感は、今日試着した中で一番よかった。
     組員は着たのを見届けるとまた出ていく。そして無言で、今度は太めの白と黒のストライプのシャツを渡してくる。ターコイズグリーンのベルトも渡されるので、されるがまま着替えた。
     その調子で何組か服を着せられ、組員のセンスで似合う(?)ものが選ばれていく。
    「坊主、てめえ何かやってんな」
    「ひぃ!?」
    「蹴りが得意だろう。スキニーは腰周りよりふくらはぎで選びな、出来れば伸びるヤツのほうがいい」
    「はっ、はいっ……」
     なんで分かるのだろう。謎の武術を教わっていることは姉にも言っていない。
    「上腕の張り方から見るに、殴る方はソコソコだろうな。なら…… コレだ」
     組員はニヤリと笑うと、左手を突き出す。全ての指にゴッテゴテのシルバーリングがはまっていた。
    「ひえ……」
    「色が白いからな、ターコイズを合わせときゃ立派なインテリヤクザだろう。手出しな」
     言った。ついに言った。ヤクザって言った……
    「おい坊主。両方だ」
    「は、はいぃ!」
     弾かれるように両手を出すと、メリケンサックにしか見えないリングゲージで指を測られる。早く帰りたさしかない。
    「俺もてめえと同じくらいでコッチの道に入ったんだ。始めた頃は、まるで捨て犬みてえに惨めでよ」
     尋ねてもいないのに急に人生を語り始めた組員から目をそらす。怖い。
    「知ってるか、人は見た目が九割だ。てめえ見てると思い出すよ、昔はガリ勉だなんだってバカにされてよく虐められてたもんだ……」
     語りながらも組員は金庫のような箱から次々にシルバーリングを取り出し、何かを吟味している。
    「思い切って刈り上げてみたらよォ、変わったぜぇ、人生」
    「は、はぁ」
    「その伊達メガネは捨てちまいな。自分の目で物事を見ろ」
     言いながら組員は百古里の手に次々と指輪をつけていく。重い。
    「左手はちいと空けといたぞ、左利きだろう」
    「なんでわかるんですか……」
    「ペンだこの位置と小指の曲がりだ。ついでにいうとてめえ、字を書く時クソ姿勢が悪いだろう。肩こりの原因になるぞ」
     めちゃくちゃ観察されていた上にアドバイスまでされた。怖い。
    「伊達に服屋やってねえよ。男なら一本の道を極めな」
     この人が言うと『極』めた『道』とはつまり極道なのでは? という気がしてくるが、そう突っ込むためのコミュニケーション能力はなかった。恐怖のあまり頷くだけに留まると、男はそれを見て満足そうに歯の欠けた口で笑う。そのまま彼は、選んだ服を色々と持ってレジの方へ向かった。
    「また来いよ坊主」
    「はっ、はいい……」
    「そうだ、コレをやろう」
     先ほどまで着ていた黒い服を紙袋に詰め込みながら、男は小さな箱をついでに入れる。ヤクだろうか。怖い。というか何だか流れでこのままヤカラ服で帰宅することになってしまっているのが怖い。けれど着替えたいと言い出せない。
    「ボタンは上から二つは開けろ、ぴっちり着るんじゃねぇ。ナメられるぞ」
    「ひえ、……わ、わかりましたぁ」
    「寂しけりゃ、女を抱きしめとくか重ためのネックレス付けときゃいい」
    「ネックレスにしますぅ……」
     そんな会話をして会計を済ませると、店の入口からいずみが顔を出す。電話を片手に眉を下げているのでとうとう会社に叱られたのだろう。
    「すーちゃん!? 最高じゃない」
    「ひ……」
    「あざっしたァ!!!」
     威勢のいい声に追い立てられるように店を出る。
     色々と怖い店だったがサイズがあるのだけはありがたい。そのまままっすぐ家に帰るのかと思いきや、姉は家と反対に向かってハンドルを切った。
    「いずみさん、ボク帰らないと」
    「そのファッションにその髪はないわよ!」
    「ええ……」
     まさかと思うがさっき電話を持って外にいたのは美容室の予約だったのだろうか? そろそろ会社に怒られろと思う。

     美容室に連れていかれ、何とかソウルブラザースにいそうなワルい感じの美容師にがっつり青メッシュを入れられ、後頭部はすっきり刈り上げられた。一気に毛が減ったせいですーすーする。『思い切って刈り上げてみたらよ、変わったぜぇ、人生……』という先程の組員のセリフがリフレインした。
     変わるだろうか、人生。形だけでも威圧感を纏おうとした結果、千浦さんに見捨てられるような事態にだけはならないことを祈る。
    「こんな感じでどうです?」
    「ひえ……」
     鏡の中には完全に怖そうなやばい男が映っている。一重の瞼のせいで目つきも悪くて怖い。けれど、怖いのが正解だ。これで千浦探偵事務所の客層を改善するのに貢献出来るはずだ。

     いずみに連れられて家に帰り、家族の思い思いの反応にもみくちゃにされ、夕飯もそこそこに『仕事が入った』といってスーツケースに荷物を詰めて家を出た。疲れすぎて記憶があまりない。おかげで自分が下っ端組員のような格好をしていることなど忘れて、当たり前のように駅まで来ていた。
     電車に乗り込むと、すっと人が引いていった。閉まった向かいのドアの窓部分に映った自分の姿に思わず悲鳴が出かけるが飲み込む。上出来だ。

     日付が変わる前には探偵事務所に帰ることができ、千浦さんには驚かれたし遅いと叱られもしたが、その話はまたの機会でいいだろう。

    ----------------------------


    家族への話し方と日和さんへの話し方にまだ多少違いがある頃。案外一年経たないうちに日和さん呼びにはなる。
    日和さんに「名前で呼びなさいよ」って言われたらなんの躊躇いもなく下の名前で呼べちゃう。

    日和さんとはいえにんげんなので初期の百古里は脱走しちゃうことがあるかもしれないと思ったら、百古里にワトソン願望があるっていう動機が生えた。ずっと誰かに必要とされたい(のにされない)人生だった、っていう百古里のパーソナリティが具体的に例を伴ったので忘れないうちにメモメモ。
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