アンドロイドに人間のような体温はない、故にこれは外気に触れた結果だ。けれど、確かにそこには熱があって、温かいと感じる。プログラムの異常による錯覚、なのだろうか。冷静に判断するように告げる脳内と、溺れてしまいたい欲望がぐるぐると、行ったり来たりしていた。それが居たたまれずに、サイモンはいつも、逃げ出したくなってしまう。マーカスの熱は、自分には熱すぎる。このアイスのように、溶けてしまいそうだ。けれど、その熱に捕らわれた自分は、どうしてもその場から離れることはできなかった。いつも、いつでも。今も、そう。
「サイモン」
力強くも優しい声が、音声プロセッサを刺激する。
思わず目を伏せると、マーカスは追いかけるように、溶けて流れた液体を舐め取った。
交差する視線。マーカスの左右異なる瞳が、自身を見つめ、離さない。
「そんな風に」
見ないでくれ、と消え入りそうな声で呟く。掴まれた手首が、焼けてしまいそうだ。
何もかも明け渡すことができたなら。
この焦げ付くような胸の痛みも、溶けて消えてしまうのだろうか。
甘美な誘いに乗ってしまいたくなる。
このまま、このまま、吸い込まれるように、一つになることができたなら。
全て忘れて、失くして、ただこの熱さだけを感じることは、きっと、記録されているどんな瞬間よりも幸福な―――
嗚呼、でも
「だめだよ」
きっと、それは、赦されることではない。
自分では、だめだ。
そんな風に満たされることがあってはならないと警告している。
とっくに取り外したはずのLEDが真っ赤に光る。目障りな光、見えなくなる、なにも、熱さも、美しい2つの光りも。
振り払った手を誤魔化すように、近くの飲み物を手に取った。
まるで人間みたいだ、とサイモンは他人事のように思う。
ごっこ遊びなのだ。所詮、こうしていることは。食べることも、飲むことも、ほんの少し、それっぽくできる、ただそれだけ。
人と暮らすときそれは役に立つかもしれない。
けれど、自分たちには必要のないもの。
わかっていて、口に含む。わかっているのに、求める。実に非合理的なこの行動こそが変異体の証。
欲しい
欲しくない
必要だ
必要ない
傾けたその液体のように、しゅわしゅわと思考が弾けては消える。
炭酸の強いラムネは涙の味がした。
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(マカサイ) 幸福になることに抵抗のあるサイモン