樹はどこまでも走る ついに言ってしまった。軽はずみ、なんて躊躇したのはたった一週間前のことだ。俺に好かれた人間たちがどんな道を歩んだのか、塀の向こうで散々振り返ったつもりだ。だから今回こそは慎重に、と毎晩布団を被って念じていた。
ところが松野千冬には、『こいつなら大丈夫』と思わせる特別な何かがあった。強さ、と表現してもいいのだろうか。雨風の中でも地面に対してまっすぐ立っている樹のような美しさがあった。無条件に受容されたいと思いながら二十五年も生き続けてしまったオレに笑いながら枝を伸ばしてくれたから、好きになるなという方が無理なのだ。
突発的な言動に都合よく辻褄を合わせようとする自分にまたしても嫌気が差し始めたところで、2LDKの我が家に着いた。さっきまで酸素が不足した魚のように口を開けていた千冬はすっかりいつもの調子を取り戻している。少なくとも外見上は。
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