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    gorogorohuton

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    gorogorohuton

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    猫んべとおもち先生と新武
    一瞬でもいいから幸せな時間を過ごしてくれ〜という気持ちを込めました

     膝の上でのんびりと寛ぐ背を丁寧に撫でた。長くしなやかな毛並みは手触りが良い。固いように見えて実はふわふわと柔らかく、武市が撫でてやるといっそう艶を増すような気がした。
     たとえば、午後のうららかな日差しの中で彼を可愛がってやれたら、どんなに心地良いことだろう。縁側に腰掛けて背中を撫でながら一緒にうたた寝でもしてみる、だとか。もっとも今は有事であり、そうのんびりともしていられないのだが。
     残念だ、と愛しい膝の重みを一頻り撫でる。彼は武市が撫でる分には、どこを撫でてもいくら撫でても機嫌が良い。少し間があくともっと撫でろ、構えと言わんばかりに武市にすり寄ってくる。
     ごろごろと喉を鳴らし、時折目を細めて満足そうに口元を緩める。
    「田中君もこのくらい、図々しく甘えてくれると良いのだが」
     膝の上の大きな赤毛の猫は、自分を呼んだと思ったのか低く唸った。どことなく新兵衛の猿叫に似ている。
     霊基の余分が時々別の霊基を形作ることがあるらしい。そう聞いた時は一体どういうことやらと首を傾げた。カルデアは平時では考えられないような珍事が頻繁に起こる。話を聞いているだけでは信じられず、目の前で起こったとしてもすぐには受け入れがたい。
     武市の膝でうたた寝を始めた猫は、つまり新兵衛の霊基から生まれたものである。新兵衛の分身のようなものらしく、戦闘能力はないがマスター曰く「とても癒されるちいさないのち」なのだそうだ。猫にしては大柄なので小さな命かどうかはわからないが、癒されるというのはよくわかる。
     長く、ふわふわとした赤い毛並み。大人しくて賢く、一番に武市に懐いている。仕草のひとつひとつが可愛らしい。抱いているとあたたかく、自然と頬が緩んだ。
     体をすり寄せるので霊衣である黒のスーツは赤い毛だらけだ。魔力が元になっているので放っておいてもやがて消えていくのだが、黒地に赤の毛はよく目立つ。それさえも愛おしい。
     新兵衛は自分が迷惑をかけている気になるらしく、この分身のことをよく思っていない。元が魔力の余分なのでそのうちに消えてしまうと聞き、消えるまで檻に入れておきましょうと言った。武市からすれば迷惑などという事は全くなく、こうして温かくふわふわとしたものに懐かれ、思う存分愛でられるのは気分がよかった。
     もちろん、この猫が新兵衛の分身である、ということが一番の理由だ。
    「……君でなければこんな風に、愛でたりはしないよ」
     そういえば、そんな単純な理由を新兵衛には伝えていたなかったか。周回から帰ったら言ってみようか、驚くのか喜ぶのか、それともそれでもやはり猫が気に食わないと渋い顔をするのか。
     いつの間にか猫はすっかり眠ってしまった。膝の上のほど良い重みとあたたかさに、こちらまで眠くなってくる。サーヴァントは眠らないのだとわかっているが、生前の癖はそう簡単に抜けないらしい。
     自室でベッドの縁に腰をおろしている。このまま体を倒せば眠ってしまえるが、体を動かしたら猫は起きてしまうだろうか。
     どうしたものか、としなやかな背を撫でてやった。気持ちがよかったのか、ごろりと体を仰向けにする。背中よりも手触りの柔らかな腹にそっと触れると、低く唸りながら猫は口元を綻ばせた。ああ可愛い、とつられて口元が緩む。
     と、手元にころんと転がってきたものがある。
    「ぷ」
    「む、何処へ行っていた……また誰かに菓子をねだっていたな? ああ髪にまで食べかすをつけて、まったくはしたない」
     猫を撫でる手を止めて、髪についたクッキーと思われる滓を払ってやった。小さいながらも髪は油か何かで整えているらしく(手足がないのにどうやって、と考えてはいけない)、くっついてしまってなかなか取れない。水で流してやればいいのだろうが、コレの大きさを考えると下手をすれば水責めになってしまう。新兵衛などは桶を使って上手く洗ってやっているようだが。
     水責めになっても構わんか、と武市はため息をついた。新兵衛の余分は猫となったが、武市の霊基から発生したそれは手のひらに乗る大きさの謎の物体だ。おもちだ!とマスターは大喜びしたが、何がそんなに嬉しいのかわからない。よく見ると確かに武市に似ているのだが、どうにも締まりのない顔をしている。おまけに、「ぷ」などと気の抜けた声(?)で鳴く。
     餅というよりは大福のようなものだ。触ってみると柔らかく、意外にもしっとりとしている。胴体がなく顔だけで存在するのでなんとも珍妙であるが、マスターをはじめとする他の面々からは愛らしいと評判だ。
    「可愛らしいといえば、そう言えなくもないのだが……しかし」
     これが自分か、と思うと複雑なのであった。
     私の中のどこかには、こういう間抜けな側面があるのだろうか。菓子に執心し、ところ構わず転がっていっては愛でられて満足している。自分の体の数倍はあろうかというショートケーキを貪っていた時などは、あまりの恥ずかしさに目眩がした。しかし、これもまた私なのかと思うとあまり強くは叱れないのだった。
     今も、武市の複雑な心境などどこ吹く風で、新兵衛の分身である猫の元へと転がっている。ふわふわとした毛並みがお気に入りのようで、毛量の多い尻尾のあたりで体を上下させて遊んで(?)いる。
    「こ、こら、よしなさい。猫の田中君が起きてしまう……」
     すくい上げようとした武市の手を「ぷ」とすり抜けて、ころんと転がっていく。気持ちよさそうに昼寝をしている猫の尻尾からお腹の方へと、遠慮無く転がりふわりと止まった。
    「ぷー……」
     どうやら、その位置が気に入ったらしい。おいそれとは触らせてくれない、体の一番やわい部分である腹の上だ。武市にはいつだって無防備に晒しているそこであるが、もちに乗られても気になることはないらしい。
     少しばかり顔を顰める。そこに触れて良いのは自分ばかりだと思っていた……いや、そのもちも自分ではあるのだが。
     やがてもちも寝息を立て始める。恐らく、おやつで腹が膨れて眠たかったのだろう。ふわふわの毛に埋もれて気持ちよさそうだ。
    「……まったく、仕方のない奴め」
     呆れて溜め息しか出ない。しかし無下に追い払うわけにもいかず、膝の上でくつろぐ彼らを柔らかく眺めた。
     自分にも眠気が移ってきたのか、小さな欠伸を噛み殺す。眠りが必要ないのだとわかっていながら目の前がぼんやりとする。
     膝の上の猫がぐるぐると喉を鳴らした。


    「……ないごて」
     どうしてこんな状況になっているのだろう。光景としては微笑ましいこと極まりないが、何故、と首を傾げた。
     今日も今日とて周回に駆り出された新兵衛は、帰還すると当たり前のように武市の元へ挨拶に向かった。そんなに気を使わなくて良い、と言われているが、自ら望んでそうしているのだ。
     過酷な周回はサーヴァントさえ疲弊させる。魔力は潤沢に供給されているにも関わらず、生身であった頃の感覚と結びついて否応なしに疲労を訴えてくる。夜を徹して町を駆け、人の命を狙っていた生前でさえこんなに疲れたことはなかった。極度の疲労を少しでも癒やそうとすれば、新兵衛にとって武市の顔を見ることが一番だ。彼に帰還に挨拶をして、よく頑張ったな、などと労いの言葉の一つでも頂戴できればすべてが報われる。
     それともう一つ、近頃は気になる事がある。自分の霊基から派生したという、少しも可愛くない図体ばかりがでかい猫を、武市がいたく気に入っているのだ。図々しく膝や肩に乗っても咎めず、それどころか寝所へ入ることさえ許している。
     こんな事をしている間にも、あの不躾な猫めは武市先生に無礼を働いていないだろうか。あれの赤毛は先生の黒いお召し物の上で悪目立ちをする。
     周回をしていても気がかりで仕方がなかった。そうして向かった武市の私室は、いつになく長閑な光景が広がっていた。ベッドに腰掛けた武市の膝には猫が大きな体を液体のように垂らして眠っている。その腹の上では、武市の霊基から生まれたなんとも愛らしい「おもち」なるものが寛いでいる。どうやらおもち先生もお休みになっているらしい。
     更には膝を貸す武市も、うとうとと船を漕いでいた。
    「うっ、むぜ……いや、落ち着け」
     胸の奥が鷲掴みにされた。苦しくなって胸元を抑えてどうにか堪える。あまりに暢気な光景が、その中でゆっくりと寛ぐように表情を和らげて眠る武市の姿が、堪らなく可愛らしい。愛おしい、などと思ってしまうのは行きすぎていると奥歯を噛んで己を戒める。
     さてどうしたものか、と彼らを見やる。部屋に入ってきた新兵衛には気付かないようだ。猫とおもち先生はともかく、彼らを膝に乗せている武市はこのままだと体を痛めてしまうかもしれない。
     起こさないようにそっと近づいた。近くへ寄るとおもち先生の「ぷー……」という小さな寝息が聞こえてきて、思わず頬が綻んだ。この時間にお昼寝をなさっているということは、おやつをたくさん召し上がってお腹いっぱいになって眠たくなったのだろう。おもち先生には心ゆくまで美味しいおやつを食べて、ゆっくりお休みいただきたい。
    (先生もこんくれ、ゆっくりしてくれたやよかとに)
     人理をかけた戦いの最中なのだと、肩肘張っている事が多い。特にこのカルデアは何かと騒動が起こる。常に気を引き締めていなければと、生来真面目な武市は規則正しく質素な生活を送っている。当然、新兵衛もそれに倣っている。
     しかしたまにはこうして、のんびりと過ごしてほしい。それこそおもち先生のように、お好きな甘味を味わってゆっくりと本でも読み、午睡の真似事をする。そういう、穏やかな時間を過ごしてほしいと思うのだ。
     生前、新兵衛と出会った頃は一度たりとて安らかな日はなかった。昔はきっとそうではなかったのだろうから、かつてのように、たまにでもいいから安らぐひと時があって欲しいと願う。
    (……甘うなったな)
     奇跡のような偶然で、再び共に現界できたのだから。戦いの合間の時間くらいは、たとえ僅かであっても安らいでいて欲しい、と。以前ならばそんな思いは芽生えなかった。かつての自分なら軟弱だと断じるだろうか。
     首を傾けてうとうととしていた武市が、姿勢を崩したのかくらりと横に倒れかける。
    「先生っ」
     慌てて支えて事なきを得るが、うっかりと腕に抱き込むような形になってしまった。
    「ん……」
     しまった、起こしたか。腕の中で身じろいだ武市は、ゆっくりと瞼を揺らした。
    「先生、起こしましたか……」
    「ああ、田中君か……おかえり」
     ご苦労だった、と半分眠った声が言う。いつだって良く通る、澄んだ響きの声音が今は随分と柔らかい。愛しくなって、強くなりすぎない程度に抱く腕に力を込めた。
    「お休みになるのなら、寝台で横になられては。猫めはどこぞに放ってやりましょう」
    「ふ、それは駄目だ。なかなかに抱き心地が良くて……」
     うつらうつらとしながら、膝の猫を掬い上げる。おもち先生も落とさないようにと慎重に抱えて、ベッドに寝かせた。猫は甘えたように喉を鳴らすと、ごろりと寝返りを打った。腹の上にいたおもち先生が転げるのを慌てて掬う。そのまま何処か安全なところに乗せてやりたかったが、猫の上がお気に入りのお昼寝の場所なのは知っている。仕方なく、量ばかりが多い赤毛の中に戻して差し上げた。ぷ、と小さく満足そうに鳴いた。
     その横に寝そべる武市は、いつのまにか霊衣の上着を解いていた。ネクタイも手袋もなく、靴も解いて灰色のシャツの前は寛げている。
    「むっ……ぜ」
    「……うん?」
    「いえ、なんでも」
    「そうか……では君も、横になりたまえ」
     長身の武市の為に(そして新兵衛が泊まることもあるので)大きめのベッドが置かれている。新兵衛が横になってもぎりぎり足がはみ出ない程度には広い。そこに、猫とおもち先生が加わったとしても十分一緒に眠れるだろう。
     しかし、となお躊躇う新兵衛を、可愛らしい寝ぼけ眼が見上げた。
    「いいから、来なさい」
     最終的には拒めない。いや、武市を拒むことなどあり得ないのだが、それがわかっているのか否か時々こうして強引に命じる。新兵衛にとっては可愛い我儘に似ている。かと言って素直に従うにはあまりに恥ずかしい。
     それでも、断ることはできないのである。迷っているうちに武市はまた目を閉じてしまった。眠ることなどないはずなのに、規則正しい寝息に似た吐息が聞こえてくる。おもち先生も、小憎たらしい赤毛の猫も、揃って昼寝を楽しんでいる。
     ふ、と自然と笑みが溢れた。
     武具を解き、武市に言われた通りにベッドへあがった。猫たちを挟んで武市とは反対側、少し間はあいているが一番に彼の寝顔が見える位置だ。
     眉間の皺が和らぎ、険しいばかりの顔が安らいでいる事に喜びを噛み締める。
     そのうちに、新兵衛もまどろみ始めた。
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