白刃が閃いた。
月並みだが、そう表現するほかない。
東方の国、ドマの剣士、だったか。キモノを着た男は東方風の名をわざわざ名乗りあげ、帝国兵とそれを率いる第XIV軍団幕僚長のネロ・トル・スカエウァに刀を向けた。
ドマが属州になってから、こういった手合いは先の戦いでかなり減ったと思っていたが、石をひっくり返せば虫が飛び出してくるように、まだまだ帝国へ奉仕することを良しとせず、隊列に加わるように、と手を出せばこうやって歯向かってくる人民も多い。
いや、そもそも服従を良しとしたことなどないか。
家を燃やされ、村を追い立てられようとしている人々が、心から服従などするはずもない。
ネロは分厚いフルフェイスアーマーの内側で、口角を上げた。
男の身なりはごく普通のキモノであったが、男の持つ刀は遠目で見ても、異国人のネロが見ても業物であった。男の家に大事に仕舞われ、守り刀として大切にされてきたであろうそれが、血に濡れている。
ネロは数歩下がって、男がネロより前にいる帝国兵の鎧に傷を付け、中まで斬り込む姿を観察した。
凡庸な太陽光と炎の熱を浴びて青白い光を放つ、まっすぐな刀身にあわい波打ちが入った刀が、帝国兵の鎧の隙間、関節を曲げるために布張りになった部分を狙って跳ね上げる。
器用な一刀が、兵士の腕と血しぶきを飛ばした。
これは経験者だな、とネロは算段を付けるが、画一的な戦闘訓練しか受けていない属州人の兵士たちには分からないだろう。
相手の力量が分からない方が、幸福かも知れないが。
「ギャアア!!」
「よくも、」
悲鳴と怒号。ネロの率いた帝国兵のほうが声が大きい。男は歯ぎしりをして、汗を拭いもせずに今切り落とした腕にも、その持ち主にも目を向けずに一心にネロを見た。
「よくも、俺の村を、家族を」
藁を編み組み上げられた家は轟々と音を立てて燃え、黒い煙をあげている。
メット越しにも熱を、そして空気が薄まっているのを感じながら、ネロは腕を広げてみせた。男が狙いたいのは、顔も見えない無数の兵士ではない。背後の炎のように真っ赤に目立つ鎧を着た、幕僚長である自分なのだ。
「ッ殺してやる!!」
あからさまな挑発行為に、男の眉がこれでもかというくらいに釣り上がる。毛が逆立つというのはこういうことか、とばかりに怒り狂う男は、血に濡れ震える刀を上手に構え、煤けた地面を強く踏み込む。
草鞋がぎちち、と地面に擦れる音がして、男が動いた。
バキィン!!という金属音。怪物の口のようなネロのヘルメットが、男が握り込んだ刃を強く押し込むほどにバキバキと音を立てて割れる。斜めから振り下ろされた長刀を受けたメットが破裂するように弾ける。
厚みのあるカケラと、噴き出す血が零れるのに残った部下が声をあげるのを手で制止して、ネロは男の姿を見つめた。
姿はまるで獣のようだ。刀は鎧の厚みと衝撃に耐えかねて一撃ののちにへし折れている。先端のない刀の柄を握り込んだままの手が、今だ殺意と共にネロへと向いていた。
「……悪くはねェ。だが、オレの反応を見る前にもう一歩、踏み込むべきだったな」
「ッ何を……ぐあっ!!」
バンッ!という破裂音は、男の背後から響いた。
男が急に前のめりに倒れる。その背中は突然の銃撃に酷く裂け、焼けた傷から血が噴き出していた。
男の背中から視線を外して遠くを見れば、視線の先には白い鎧のダルマスカの魔女がいた。距離を保ったままで水平に伸ばした手を下ろした彼女は、不満そうな様子を隠そうともせずに、ネロと撃たれた男に近付こうともせずに炎の隙間に消えてしまった。
あの様子だと、ガイウスと一緒に行動できず、ネロと一緒にこの場を任されたことがまだ不満なのだろう。
「戻るぞ。『それ』は息があるなら持ってこい」
生き残った部下にそう伝え、ネロは踵を返した。
割れた破片が入りでもしたか、今だ燃える村の煙が風に乗って流れてきているのか。視界は広くなったが、どうにも目が滲みる。
ネロは手袋で分厚くなった黒い指先で露出した肌をゆっくりと拭い、僅かに切れた額から流れる血を幾らか不器用に拭ってから、静かに息を吐いた。