月の光ピアノを弾いた瞬間、ふわりとレースカーテンが風になびいた。
ドビュッシーの月の光。
曲名の通り今日は月が一段と要とピアノを照らす。
強弱がわかりやすいこの曲は要が感情をピアノに乗せると風もそれに呼応するようにレースカーテンを揺らす。
リビングの窓際に置いてあるこのピアノ、茶色いアップライトピアノは幼い頃、HiMERUと一緒に連弾したり、音に合わせて歌ったり、踊ったりと楽しい日々を一緒に過ごしたピアノだ。
最近は仕事が忙しくなり、弾く時間が無く少し埃を被っていたので調律が狂ってないか心配したが鍵盤を叩けば昔と同じ音を奏で、当時のことを思い出し、ふっと笑みが浮かぶ。
HiMERUが入院して代わりに自分なりにHiMERUの仕事を肩代わりするようになり、弾く時間が昔より長く取れず腕が訛っていると思ったが、頭、いや、手が勝手に覚えているようだ。自然に動く。
HiMERUが退院したら、いつか一緒に…。
期待で胸が膨らみ、月の光は共に最高潮に輝いた。
*
やがて月が雲に隠れ、要を照らさなくなったのと同時に月の光を弾き終えた。
「へェ、ピアノ上手いじゃん。」
「天城…いつからそこに」
「要がピアノを弾いた30秒後ぐらい~外まで綺麗な音響いてたぜ」
天城は寄りかかっていた壁を離れ、ピアノへと足を運び、要が座る椅子の隣に来ると鍵盤を見つめ、一音、音を鳴らす。
「なぁ、今度俺っちにもピアノ教えて」
えっ、と思わず天城の方を振り向いた時にこちらをまっすぐに見つめてくる深くて青い瞳に思わず天城がこんな真剣な顔を時もあると改めて思った。
「…ふふっ、いいですよ。特別に教えてあげましょう。」
「マジやりぃふふん、いつかニキにギャフンと言わせてやるぜ」
「ですが、教えてあげるからには厳しく指導しますからね。」
「おうよテレビの特番で取り上げてもらおうぜキャハハ♪」
テレビの特番かよと思ってしまったが、Crazy:Bの知名度が上がるならそれもありか。
「…天城」
「ん?」
「天城が上手くなればの話ですが俺と一緒に連弾てもしませんか」
はっと気付いた時にはもう口を塞いでしまった。天城の目には真っ赤に染まった自分が写っている。いくら何でも気が早すぎるだろ俺っ…そんな簡単に…
「いいぜ。一緒に弾いてやるよ。ピアノ。」
「えっ」
「ピアノとか決められた通りに鍵盤押せばいいんだろンなもん俺っちには余裕よ♪」
「…あってますが意外と難しいんですよ強弱やリズムもあるので…」
「まぁ、やってみねぇと分かんねぇだろだから教えてくれよ~…」
情けない声の後、頼む、このとおりと手を合わせ、頭を下げられるともう後には引けなくなった。
「…分かりました。そこまで言うなら教えてあげましょう、ただし、俺のレッスンは厳しいですよ」
「おうよビシバシ鍛えてくれ要先生ッ♪」
ふわり、風がレースカーテンをなびかせ、雲に隠れていた月の光はまるで要と天城を包み込むように2人をほんのり照らした。