視力の悪い鳥海だからこそ(fry)鳥海が眼鏡をかけていない裸眼のとき、降谷は「きみがすきだよ」「きみをあいしてる」「きみにふりむいてほしい」「ぼくをすきになって」「ぼくにこいして」「ぼくをあいして」と音無く囁く。眼鏡をかけず普段よりも開いていない瞳を見て、どれくらい近付けばこの音無き囁きが拾われる距離なのだろうかともどかしくもある。でも、この気持ちは組織を壊滅させるまで腹の奥底へ眠らせると決めたから。この想いが溢れこぼれる前に、少しずつこうして口からこぼす。いつかこの言葉達を音に乗せて伝えられるように願いながら。
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#バーボンVer
今日も僕は闇に身を沈める。目の前に喉から手が出るほど欲しい獲物が飛び込んできた。こんなチャンス、僕が逃す筈ないでしょう?「愛してます。僕だけを愛しなさい。そうすれば貴女の身の保証はしましょう」こんな怪しい侵入者に何を言い出すのかと周りのネームドがザワつく。「前から目をつけていたんです。それが、自ら飛び込んできてくれるなんて……もうこれって、運命、ですよね?」眼鏡はどこかへ落としたのだろう。拘束され床に転がされている鳥海は見えていなくとも声で判別できたようで、顎を掴んで持ち上げると目を見開いた。普段は伏せ目がちな瞳がしっかりと僕を写す。「こんなところへ足を踏み入れなければ僕に捕まらなかったのに。本当に、本当に可哀想」嬉々としながらも興奮を隠せていない声に鳥海が真っ青になって震える。いま、鳥海には僕がどう見えているのだろうか。「もう明るいところなんて歩けませんよ、貴女。ずっと、ずっと僕の腕の中で生き続けるんです。好奇心は猫をも殺す……そうだ、貴女は可哀想な猫だったんですね。ならばとびきりお似合いの首輪を用意してあげなければ。これって、飼い主として当たり前ですよね?」鳥海の口が「いやだ」と動いた瞬間、許しがたくて顎を掴んでいた手で首を締める。周りのまだ穏便なネームドがやめてあげろと言うが、最初の躾が肝心なのだ。邪魔をしないで欲しい。気道を潰され息が出来ない鳥海の瞳からポロリと涙がこぼれた。ゾクリと快感から背筋が震える。「僕が優しくしているうちに、ちゃんと言うことを聞いた方がいいですよ?」声は出ていないが鳥海の口の動きが肯定を示す。パッと手を離してあげた。ほら、支えてあげていないとキミは座っていることも儘ならないじゃないですか。
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#安室Ver
ポアロで何度目かの告白に正直ウンザリしていた。「僕には結婚を前提にお付き合いしている方がいるので、すみません」店内で告げた言葉はすぐさま噂となり広まる。もうそういうことにしてもらっていいですよね?お昼にポアロへ部下を連れてきた鳥海に駆け寄りドアを押さえれば店内がザワついた。まだ事態を把握しておらずこちらの珍しい行動に警戒心を高め眉間に皺を寄せている。作業をする自分に一番近いカウンター席へ案内した。「噂が広まったので、もう隠す必要は無いかな?と思いまして」頭の上に疑問符を沢山浮かべている。思い当たることなんて何も無いのは当たり前だ。いま真実としてこの世に産声を上げるのだから。「僕たち、結婚を前提にお付き合いしているんです」部下と梓が拍手をしながら祝福する。梓なんてもう炎上しないと大喜びしていた。「少し前から半同棲もしているんです」動揺すると落ち着こうと眼鏡を拭く癖がある鈴は優しくて僕思いだからこの場で否定はしないと確信している。手を伸ばし頬に触れれば口を閉ざした鈴は曖昧に頷くだけで手早く食事を済ませて早々にお店を出て行った。その日の夜、鈴の家に上がる。どういうことだか説明をしろと言うけれど……前からずっと結婚を前提に付き合っていて、いつか来るその日のためにも半同棲までしているんじゃないですか。僕はなにかおかしな事でも言ってるのかな?鈴の顔色が悪くなる。話しが通じない?鈴の方こそ何を言っているんだろう。僕たちは昔から好き合って両思いじゃないか。もしかして、勝手に付き合っていることを公表したから恥ずかしくて拗ねているのかな?そっか、そうなんですね。僕、鈴に嫌われちゃったかと思ってすごくショックを受けました。ええ、本当に悲しかったです。邪魔になるであろう眼鏡を奪う。ねぇ、僕のこと、ちゃんと慰めてくれますよね。
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降谷Ver
「すきだ。あいしてる。ぼくだけのものになって」気付かず聞こえず気に止めず、眼鏡を探す鳥海へ降谷は声無く囁く。まるで願掛けのようであり呪いのようでもある。今日がもしかしたら最後の日かもしれない。この思いを秘めたまま大仕事へ行くのを後悔しないだろうか。どうなるかわからない。無事に帰ってこられるかもしれないし、そうではないかもしれない。もし万が一があったら……鳥海はどうなるのだろう。怒ってくれる?悲しんでくれる?泣いてくれる?今回ばかりは自信を持って無事帰ってこられるとは言えなかった。眼鏡を拭いている鳥海と視線が合わさる。「すきだ。あいしてる。ぼくだけのものになって」見えておらず聞こえもしないこの声無き囁きを初めて見つめ合ってやった。鳥海の視線が自分の口元へあると気付いたのは言い終えた後で、しまったと背筋が凍る。気付かれたかもしれない。鳥海が眼鏡をかけた。眼鏡クロスを新品にしたらレンズのクリア度が段違いで綺麗になったと喜んでいる。そして自室へと入ってしまった。危なかった。それから黒ずくめの組織壊滅作戦が決行される。かなりの怪我を負ったが僕は後始末も一段落して、半年ぶりに鳥海へ連絡を入れて家に向かった。玄関のドアが開く。僕は体中ガーゼまみれでまだ包帯が巻かれているところもあり湿布臭いが、手にした大きすぎる花束を差し出した。「好きだ。愛してる。僕だけのものになって」ようやく声に出したか、そう言った鳥海がストレートパンチを繰り出し肩を殴られる。わざわざご丁寧にも痛めた方だ。痛みで呻き声を上げながらも胸ぐらを掴まれて玄関へ通された。沢山心配したらしい。最後にあんなことを言い残して行ってしまうなんて酷いんじゃないのかと詰め寄られた。「どうして……声には出さなかったのに」単純なことだった。あの時、鳥海は久しぶりにコンタクトだったのだ。眼鏡クロスは新品ではなかったし眼鏡をかける必要も無かった。何か大きなことが起きると察して触れずにその場を後にしたらしい。まだ手にしたままの花束へ視線を向けたので差し出せばそれをすんなりと受け取ってくれた。じっと花を見下ろしているが視線の動きから数を数えている。少し時間がかかり本数を数え終え、108本の薔薇をどう管理するつもりなのだと呆れ顔をした鳥海の左手を握った。利き手を拘束されたと顔に書いてある。ちがう、米花町脳いい加減にしろ、そうじゃないだろう。「ずっと好きだった。僕と結婚してくれ」驚かれたり動揺されることもなく、まるで待っていてくれたかのようにフワリと微笑んで頷いた鳥海をすかさず抱き締めた。湿布臭いと憎まれ口を叩かれたのでしっかりと塞いであげる。数日続いた薔薇風呂の掃除はきちんと受け負った。