廻るものよ、 シキは墓の前にいた。
悲壮感はない。ただひたすら穏やかな表情でその冷たい石を眺めている。
そこから少し離れた傍らに、一本の細い樹木が植えられていた。
高さはシキより少し高いくらい。薄紅色の小さな花が枝のそこここで密集しながら開いている。
先日咲いたばかりだが早くも散り始めており、ひらりひらりと宙を舞いながら落ちていくその様は、儚くも美しく、風流であった。そういう花なのだとビビアンが言っていた。来年になればまた咲く。今度はもう少し成長し、花の数も増えるだろう。ゆえに今の姿に物悲しさはない。
ユキハ姫はその麗しき花木に“サクラ”と名付けた。
本当は別の似たような名前だったが、シキ達には発音が難しく、最終的に別途名を付けたのだ。
雪崩や飢饉などの大災害の年からの脱却の祝いと、改めて友好の証として、ビビアンから贈られたものだった。余所の支配圏からわざわざ取り寄せたらしい。……世界が分断される前のこの土地にもほぼ同類の木があったそうだが、雪の大地では生きていけなかったとかなんとか。
ともあれ。熾烈な戦いを経て、世界は健全な姿を取り戻し。
新たに可憐な花が再び根付き、咲いて、散って、娘の墓を彩る。
その光景は美しい。
皮肉にも。
「見えているか、チヅル」
真の意味でやっと命を吹き返した世界の姿を。
とうに亡き娘に語りかける。
──本当は、実際の目で見ることができたら良かったのだが……
健全化に伴う大災害により、世界の生態系は一度死に瀕した。しかし魔族や妖魔、そしてそれぞれの世界の協力によって危機を乗り切ることができたのだった。
今は生き残り、または新たに芽吹いた動植物が定着して、大地の循環を支えている。
求めていた平和が、悲願であった未来が、自分達にもたらされたのだと、心から実感できたのはごく最近のことである。
「……」
散った花が再び咲くように……いずれ、魂が再びこの地に舞い戻る日が来たら、その時にこの輝かしい世界をその目に焼き付けてほしいとシキは願った。
そして。
それを残せたことを、誇りに思わせてくれ──