トーチ「鳥が好きなんです」
特に猛禽の類いが。
落ち着いた低い声の青年は言った。青年の肩には凛々しい顔つきの鳥が静かにとまっている。
日差しと砂に囲まれた活気のある国。それが私達の国だ。家には子どもの楽しげな声響き、市場には行商人やら異国の人間やらが行き交い賑わっていた。それは瑞々しい果物から宝飾品まで手に入らないものはないのではないかと思う程である。
しかし砂漠の夜は一転するものだ。
日中のからりとした暑さは何処へ行ったのか、死が微笑んでいるかのように底冷えをする。近頃は王族の継承争いの影響で立ち去る旅人がぽつりぽつりと増えてきた。それでも一見、賑わいが欠けていないように見えるのは、かわりに見慣れない人間たちが紛れ込み始めたからだ。
「私達は隣国へ渡るのにも長く砂の海を歩く必要がある。けれど鳥達は空高く舞い上がり道標になってくれる。……この子は夜目がきくから月のない夜の恐怖にだって負けないんですよ」
日除けのフードの下で青年は誇らしげな笑顔を見せた。
あれから幾月。
青年の姿を見ることはなかった。街は王族の女性が宝と姿を消したらしいだとか上手く混乱を抜け出した行商人一家がいるだとかそんな話ばかりである。
きっと彼を気にかけているのは私ひとりなのだろう。
「体調はいかがかな」
扉を開ける。その部屋には大きな止まり木があり、その上には艶やかな羽の鷹がとまっていた。
鷹は万全だとばかりに、与えた鼠の肉を器用に掴み啄んだ。
あの後私は旅人に鷹を貸し出す店を開いていた。
彼が好きだと言った道標。夜闇にも負けない鳥。
随分鳥の知識を身につけたはずだったが、未だにあの凛々しい鳥についてはわからなかった。おそらくこの辺りにはいない種類ないのだろう。
何と言う鳥だったのだろうか。
「名前を……いや」
私の道標。それで十分だ。