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    kuzunoyama

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    紀元前巽ひめ
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    ぺりぺりと丁寧に包装を剥がして、生真面目に分別してゴミ箱に落とす。風早巽が、食べ物を捨てている。
    考えなくても理由はわかる。コズミックプロダクションは飲食物の差し入れ・プレゼントを断っていたが、それでもあの手この手で送りつけてくる人間はいた。事務所が断る理由を考えれば、それはどうしても口にできない。当然だ。
    しかし要の目には、その光景が夢のように魅力的に映った。嬉しかったのだ。風早巽が、誰かを切り捨てることを肯定したようで。心底安心したのだ。

    「決まりとは言え、心が痛みます」
    巽は人でも殺したかのように眉を顰めて、小さくため息をついた。
    独り言にしては大きな声だった。つまり、独り言ではない。巽は要が側にいることを気づいていた。
    観念して、開いたままだったドアを潜って会議室に入る。ここを通りかかったのは本当に偶然なのだが、「おや、偶然ですね」と言うのも変な気がして口籠もった。
    ゴミ箱の蓋を持ち上げるためのペダルから巽が足を離す。品よく静かに閉まっていくゴミ箱の中に一瞬見えたのは多分焼き菓子だ。既製品か手作りかは判別できない。
    「打ち合わせで渡されたんですか?」
    ドア枠に肩で寄りかかりながら好奇心で聞いてみた。巽はようやく顔を上げ、ぱち、と一度瞬きしてからいつも通り微笑んだ。
    「ええ、まあ。打ち合わせというか……半分プライベートのような雰囲気でしたね」
    ここはそう広くない会議室、というより、応接室だ。程度の軽い接待のようなことが行われたのだろう。さっきから、女性ものの香水の残り香が鼻につく。普段はさして気にならないが、今は何故か無性に不愉快で、鼻を塞ぐように指の甲で押さえた。格好悪いので一瞬でやめる。
    「……なるほど。賢明だと思いますよ。普通に、危ないですし」
    そう、風早巽も、善意とリスクを秤にかけて善意を切り捨てることがあるのだ。それは賢い選択だ。そういう普通の人らしい選択をする風早巽が珍しくてついじろじろと眺めてしまう。嬉しい。ここにはいない一人に向かって「ほら見ろ」と言ってやりたかった。こいつだって。こいつも。こんなもんだ。
    「そうですね……」
    巽の髪がさらりと揺れた。これに限らずたくさんの人を踏みつけてきただろうに、認知した途端にこれだ。ファンへの感謝も、警戒も、程度が難しい。その点HiMERUはよかった。俺だけ全部で警戒すればちょうど半分だ。だからこそ最近は巽と同じように頭を悩ませているのだが。
    「ではこれも、一緒に捨てておいてください」
    鞄にはあまり物を入れていなかったので、手を突っ込んだらすぐそれに当たった。薄いビニール袋に入れられたクッキーだ。2枚入っている。HiMERUの好みに合わせたらしいモノトーンの垢抜けたラッピングが、中のクッキーと不釣り合いだった。
    「これは? HiMERUさんが貰ったものでは」
    こちらに歩み寄りながら巽は首を傾げた。
    巽の指摘の通りHiMERUが貰ったものだ。今朝、ESに向かう途中のコンビニで渡された。もちろん普段は事務所を通さないと受け取らない。しかし、見たことがある顔だったのだ。昔、HiMERUのライブで何度も見た。手紙も返したことがある。そんな人が差し出した手紙とプレゼントを振り払うのも気が引けて、とにかくお礼だけ言って受け取ってしまった。後で事務所に預けようと思ったが、そのまま仕事に向かったので鞄の底に入っていたのだ。
    「……いえ。HiMERUから、巽に」
    クッキーを持った手を空中に浮かせると、巽は逡巡してから手のひらを上にして右手を差し出した。巽のためのものでないと意味がない。
    相手が目の前に居ても平等に、切り捨ててくれることを期待した。境界線を決めるのが1番面倒くさい。彼女からこれを受け取ってしまったことを後悔していて、憂さ晴らしがしたかった。手紙は帰ったらありがたく読むから、これを手放すことは許して欲しい。
    風早巽の視線がチラリと持ち上がって、要のそれとぶつかった。反射的に微笑んでしまったが、この状況で笑いかけるのは不自然だっただろうか。しかし巽は迷う様子も気をつかう様子もその瞳に写していなかった。本当にただ、視線を持ち上げただけだ。
    巽の指が包装の端をつまみ、粘着部分がぴりぴりと剥がされていくのを見る。ゴミ箱に捨てるときの顔が気になって一歩壁際に寄ったら、巽は人差し指と親指でクッキーをつまんで包装から取り出した。それはそのまま持ち上がって、一枚、巽の口の中に入っていく。
    「は?」
    要のマヌケな声が不思議だったのか、巽は咀嚼しながらじっと瞳を見つめてきた。それなりに大ぶりなクッキーだったので一口で食べられたことにも驚いたが、そもそも食べるとは思っていなかった。
    「ごちそうさまです。ああ、すみません。立ったまま……」
    飲み物も無しにクッキーを二枚ぺろりと平らげた巽は的外れな謝罪を述べた。包装が丁寧に折り畳まれる。
    「HiMERUは、捨ててくださいと言ったのですが」
    動揺も苛立ちも表に出さないよう精一杯努めながら出した声はいつもより少し早口になってしまった。
    「そんな。折角HiMERUさんに頂いたのに」
    「……なんでHiMERUだけ」
    「HiMERUさんは今から寮ですか?」
    「ええ」
    「俺と一緒ですね。一緒に行きましょう」
    「ああ、用事を思い出し……」
    「…………どいてください」
    「……」
    「巽、どいてください」
    「これ、何か入ってますか?」
    「え?……体調が?」
    「いえ……その」

    謝るか?いや……
    「き、救急車」
    「大丈夫ですよ」
    「でも……」
    「では、医務室に」
    「……?」
    「ああ、医務室。はい」
    「立つのも辛いですか」
    「……HiMERUさんのせいではないですから、お気になさらず。医務室は、落ち着いてから自分で行きます」
    それだとHiMERUが見捨てたみたいになるだろうが
    「いえ、やっぱりHiMERUが」
    「あ、の。触らないでもらえると」
    は?
    「助かります……」
    は?は?は?
    「お、俺じゃない」
    HiMERUがそういうつもりで変な薬を風早巽に盛ったと思われたら堪らない
    「すみません、ごめんなさい。嘘をついたのは謝ります。それは貰い物で、そんな、変なものが入っているなんて」
    「ああ、そうなんですね。通りで……」
    「あの、やっぱり……ここにいてもらっていいですか」
    「な、何故」
    お、襲われる
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