虎誕の悠虎―お前たち、まさか。
言いにくそうに、それか笑いながら聞かれることがたまにある。
別に本気で聞いてるわけじゃないのはわかってる。元々仲良しのグループで売ってたわけじゃないし、それは裏でも同じだった。だからちょっと親しげなところを見ると、下衆なやつはそんなことを聞きたくなるのかもしれない。それが本当だなんて欠片も思わないまま。
まあ一応アイドルだし、恋愛沙汰が表に出るなんて絶対にダメ。公表しようなんて思ってないし、それはあの虎於も同じだった。言ったところで信じないとは思う。それでも気にしないのはなんか違うし、わざと隠してるってのがこそばゆい。恋人と秘密を共有してるのがなんだか、嬉しかった。
とはいえ、いつまでも隠し通せると思ってたわけじゃない。例えばトウマとか巳波とか、あとはマネージャーとか。そういう人達に聞かれたらちゃんと答えようって最初に約束した。したはずだったんだ。いいぜって言ったのもちゃんと聞いたのに。
「お、お前たち、付き合ってるのか?」
「……そうなのか?」
なんっだよそれ!
「オレに聞くなよ! 虎於も当事者だろ!」
「はは、そんなに怒るな。冗談だよ」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるよ!」
「ま、待て待て! あ、えー、つまり、付き合ってるってこと……なんだよな?」
オレが手を上げようとすると、それを制してトウマが口を開いた。
すごく言いにくそうにしてたけど、オレは自信を持って頷く。そうしないとおかしくなりそうだった。言ったじゃん、メンバーの前では隠さないでいいだろって。虎於もそうだなって言ったじゃん。
オレ、結構バレたときのこと楽しみだったんだけど。
やっと自慢できるって思ったのに!
「そうだよ、虎於のバカ!」
「冗談だって。ま、そういうことな」
「お、おう……」
「……何、キモイとか思ってる?」
「まさか! そういうわけじゃねえけど、なんつうか、意外だなってよ。特に虎於なんかあんなに女女言ってたじゃねえか」
「ああ? 女遊びはやめたっつっただろうが」
「そうだけどさ! まさか次に同じグループのメンバーに行くとは思わないだろ!」
しかも悠、と続けようとして口を噤んだようだった。そう言われる覚悟はしてた。グループの最年長と最年少。大人と子供。いつもだったら子供扱いすんなって怒ってたかもしれない。でも今はそれどころじゃないんだ。
「まあな、こいつがどうしてもって言うから」
「はあ!? しょうがなく付き合ったって言いたいわけ!?」
「落ち着けって! 痴話喧嘩は後! な!」
「…………」
「んなむくれんなって……トラ、お前恋人だったらちゃんと大切にしろよ。あと未成年に手を出すのは犯罪だからな」
「言われなくてもわかってるよ。この後ちゃんとご機嫌取りしてやるつもりだ。
だから、今はこれだけな」
やたらと整った顔が近づいてくる。いつの間にか腰と頭に回された手がオレのことをがっちりと固定している。え、急に何。さっきは制された手を振り上げて、勢いよく落としながらオレは叫んだ。
「人前なんだけど!!」
―――
とりあえずあの時はそれでその場を収めた。確かにあの後オレが好きなゲーム付き合ってくれたし、ご飯奢ってくれたけど。ついでにばあちゃんにもお土産買ってくれたけど。ちゃんと誰もいないところでキスもさせてくれたけど!
それで気が済むほどオレは単純な性格じゃない。それに、なんだか虎於にまで子供扱いされたのもムカついた。オレが告白したのは事実だ。でも、それにちゃんと頷いてくれたのは虎於だったじゃん。オレのこと好きだって言ってくれたじゃん。それはオレの機嫌を取るためだったの? しつこそうだからしょうがなくだった?
一回悪い方に考えると止まらなくて、あれからずっと頭の中がもやもやしてる。ラビチャしてても、二人でいても、思考がマイナスの方向に舵を切るのを止められない。恋人同士になれて浮かれてたのはオレだけだったんだ、とか。両思いだと思ってたのに違うのかな、とか。態度に出てるんじゃないかって気になったりもしたけど、虎於は何も言ってこなかった。
「亥清さん、今日は一段と機嫌が悪そうですねえ」
「は? 別にいつもそんな機嫌悪そうにしてないし!」
早めに現場に来ていた巳波に言われて、つい大きな声が出た。オレは学校終わりに直行したらたまたま早く着いちゃっただけ。虎於とトウマは前の仕事があるから多分まだ来ない。マネージャーもそっちに付いてるから同じこと。巳波は早朝のドラマ撮影だったから、軽く仮眠して来たのかな。朝早かった割にはスッキリした顔してるし、機嫌も良さそう。
怒鳴ったような形になっちゃったオレにだって、気にしないみたいにニコニコして話題を逸らした。
「まあ、ふふ。そういえばそろそろ御堂さんのお誕生日でしょう? お祝いの方法、決めましたか?」
「え、3人でお祝いするんだと思ってた。そういえば連絡来ないなって思ってたけど」
「あらあら。狗丸さんから今年は亥清さんに譲りましょうと言われていたのですけれど」
「はあ!? なにそれ!?」
と、一瞬は驚いたけどすぐに思い当たる。トウマは気を遣ってるんだ。だってオレと虎於が付き合ってるってトウマは知ってるんだから。で、馬鹿正直に巳波にも話したんだろう。それか、濁そうとしてバレたのかもしれない。ただでさえトウマは隠し事が下手だし、巳波は察しがいい。巳波はわかっててニコニコしてたんだ。
「……別に変に気使わなくていいよ。みんなで祝ってやった方が喜ぶんじゃないの」
「そうでしょうか? やはり特別な人に祝っていただくのは格別ですよ」
「みんな特別な人だろ、虎於にとっては」
「でも、お二人はお付き合いされているのでしょう?」
笑顔を崩さないままで巳波は尋ねる。やっぱわかってたんじゃん。
そうだけど、っていつもだったら返してたと思う。巳波にだったらバレてもよかったし、ちょっとは惚気たくなってたところだった。面と向かって相手に好きなとこ言うのってやっぱり恥ずかしいし、巳波はなんだかんだちゃんと聞いてくれるし。
……でも、虎於にああ言われたのがやっぱりショックで。
なんとなくあっさり肯定するのが嫌だった。だからって否定もしたくなかった。
「知らない」
その結果出て来た四文字。吐き捨てるように口から出たそれは、ちょっと巳波を困らせて終わるはずだった。それか、意地を張らないでいいんですよなんて嗜められるだけだと。
だからまさかドアの外に虎於がずっといたなんて。
ちょうどネタばらしで入ってきたところだなんて。
「っ……」
「虎、於……?」
知らなかったんだよ、バカ!