Light up my love「こんなこともありましたね」
ノートを捲りながらナギくんは呟いた。スラリと長い足を組んでソファに座る姿は自分よりもずっと様になっている。甘いカフェオレの入ったカップを目の前に置いて、俺も隣に座った。
「そうやってじっくり見られると恥ずかしいな……。この時の俺、かなり情けなかったし……」
「その通りです。しっかり反省するように」
「うん。でも、後悔はしてないよ」
ナギくんがノートを持つ手に自分の手を重ねる。ひんやりした手には一瞬だけ力が込められて、すぐ身を委ねるように抜けた。そんなところがやっぱり好きだ。そう伝えるように包み込んだ。
「今日は随分積極的ですね?」
「あはは。思い出したからかな」
幽霊の俺が消えてから、陸くんに彼の様子を聞いたことがある。幽霊になるくらいナギくんを好きな俺についてちゃんと知っておきたかったから。
本当に片時もナギくんから離れず、唯一離れたのは陸くんに自分の存在を伝えないよう頼んだ時だっただけらしい。結局それもナギくんのためだ。いや、俺自身のためかな? ナギくんを好きだという自分を一番大事にしていたんだろう。その気持ちだけが抜け出たものだったから当たり前なんだけど。
正直、今でも彼が自分の一部だったことは信じられない。ナギくんのことが好きだったのは確かだし、そんなこともあったとは思うんだけど、それだけ。記憶として残ってはいるけど感情がついていかない。幽霊になった時点で、俺の中では完全に気持ちの整理がついちゃったんだろうなって思ってる。
「君のことが好きだった俺がいて、消えた。けれど、今の俺はまた君のことを好きになったよ」
「ふふ、知っています。あの日のワタシの涙を返して欲しいですね」
「はは。でも、あの時泣いてくれるようなナギくんだったから好きになったんだ」
「……ワタシは納得がいきませんが」
ナギくんは不満げに口を尖らせる。ああ、可愛いな。開いていた左手を肩に回してそっと抱き寄せる。口はそのままで頭だけ肩に乗せてくれた。あの朝と同じだ。
「やっぱり、好きだなあ」
「しみじみしないでください。ワタシの涙に謝罪は?」
「欲しいのはごめんじゃないだろう?」
耳元で囁けば、目を見開いて顔を背ける。ナギくんは色白だから赤くなっているのが良くわかった。耳も頬もさっと赤みが差して、握ったままの手に力が入る。そんな姿が愛おしい。絶対に離したくない。きっと、彼もこんな気持ちだったんだろうな。
「……いつからそんなに性格が悪くなったんですか?」
「えっ、嫌だった? ご、ごめんね……?」
「―っ! い、嫌では……ないですが……」
「あはは。ずっと見てたからわかるよ、っ、いたた!」
ナギくんの左手が俺の太ももを抓る。思わず声をあげれば満足げにふんと鼻を鳴らした。そういうところも好きだ。また緩み始めた俺の頬を左手で抓って、ナギくんはこう言った。
「わかるのならワタシの欲しい言葉を言って。プリーズ?」
「……君のことが好きだよ。これからもずっと」
「それだけ?」
からかうように笑う。そう返されるのも想定内だった。左手に思いきり力を込めて抱き寄せる。落ちたノートはそのまま、少しでも俺の気持ちが伝わるよう両腕を背に回した。
「君のことを愛してる。これで伝わった?」
「ふふ、及第点ですね。顔を見せて?」
言われた通り顔を上げると、すぐに整った顔が近づいてきて唇同士が触れ合う。驚いて固まっていると、照れたように俺の肩口に顔を埋めた。
「気分が良いのでプレゼントです」
早口で言う声がちょっと上ずっていて、伝わってくる鼓動もどくどくと早くて、それがとてつもなく愛おしかった。好きだって気持ちが溢れて止まらない。それも全部ナギくんに伝えたくて、さっきよりずっと強い力で抱きしめた。同じくらいの力でナギくんも抱きしめ帰してくれたのが、嬉しくてたまらない。
「ああ、大好きだな。君のことを好きになって本当に良かった」
「ワタシも。……この手を、ずっと離さないでくださいね」
それに返す言葉はいらない。ただ、それを誓うよう腕に力を込めた。