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    uronubed

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    uronubed

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    涅石のキャラクターシート間に合わなかったので正月イベにログインSSで滑り込み。
    バトルドーム!!!無禮咬ちゃんを助けに行くぞ、オーッッッ!(助かるかはさておき)

    お借りしました
    └蟹さん
    └四六法師さん
    └蕚蓮ちゃん
    └無禮咬ちゃん
    └巴蛇さんと梔子さん

    ※のちほどCSが出せたらNizitsukuにも格納予定です。

    #無法都市シナプス
    #薬事に涅石

    天に蛇、地に竜来たりて──桃源浄土とはよく言ったものだ。
    生命の焰が噴き上がっては潰えてをまるで煮えたぎる鍋のなかに浮かべた穀物のように繰り返す。──繰り返す?

    「随分とおもしれぇ、有様じゃねぇか」

     コンクリートを熱い血潮が叩き、3mはゆうにあろうかという巨軀の女が吼える。その米神には水牛のような長大な角が生え、首筋から血が噴水のように噴き上がっていた。

     刻は戻る。
    四凶の処刑人部隊『倒福』に所属している蟹(シュエ)と呼ばれる青年は苛立っていた。それもその筈だ。天に蟠を巻く大蛇がこの桃源浄土を覆って以来、厄日と言っていい吐き気と"視覚不良"に襲われている。「死を視る」──その魔眼が不幸にも封じられたのだ。
     その苛立ちは凶暴性に繋がり、そして魔眼ではなく類稀なる経験に頼った兇刃になる。目の前に過去幾度か衝突を繰り返し、時に煮湯を飲まされた竜がいるなら尚更だ。

    「クソ爬虫類風情が俺の前で何をごちゃごちゃと──ッ!!」

     人型であれば亜人種も含め首や頭部が死点であり、そうでなくとも死点を過去に視た際も"ここ"が竜殺しの起点になる"逆鱗"なのだと、卓越した処刑人は知っている。だからこそ、巨軀を活かした破壊に巻き込まれる前に先手を打つべく今まさに地面を抉る竜の剛腕を寸前で躱して、返す刀で腕を踏み台にし身を宙に踊らせた。さながら滝を昇る鯉のように。狙うは頸。殺すは必定。殺意。殺意。殺意。武侠の目に焰は滾り鍋の中で煮えたぎる──!

     ここで、竜──水牛の如く立派な角を持つ巨軀の武侠の話をしよう。そう、この桃源浄土に踏み入った武侠の話だ。彼女の事を知る者は多いとも言えるが、それは旧い武侠譚としてだ。曰く、『百の峯、千の路を歩いて水牛の角を持つ竜は廻る。その尾には万の山と涅石を掴んで巻き取り、廻る郷々で億の武を極め、那由多の先の豊かな霊峰に放浪する』そんな竜がいるのだと謂う。

    「(何が、竜だ。ふざけやがってッ)」

     蟹は現実主義者だ。夢見がちでもなければましてや目の前に立ち塞がる峯のような女を伝承に準えて同じ存在だとは認めない。過去この女を視認した際に確と死点が見えたのだから。こいつも所詮は。そう頭の中で観察眼を巡らせて最適解を出す。投擲3発。よく研がれた必中の跳刃が涅石を湛える竜の首を捉える。これぞ死点撃ちに他ならない。ならば結末は決まっている。血飛沫ッ!血飛沫ッッ!血飛沫ッッッ!
     投擲と回避を同時にこなし、中空でしなやかに身を猫のように捩って地面にトンと着地して残心を視る蟹は、しかしながら死点の先に目を見開かされる。

    「随分とおもしれぇ、有様じゃねぇか」

     月に──いや、あの忌々しい大蛇にでも語らうように吼えているのだ。女が。喜面に牙を打ち鳴らし口元に焰を燻らせながら笑っている。首から夥しい血飛沫をあげて明らかな致命傷で口から泡を吐く女にばかり目がいって。
     そして、それより何よりも"潰えた米粒"が眼帯に隠された左の死角から迫ってきていた。視界いっぱいに見える礫。
    いや、違う。これは──!?

    「アタシの前に堂々と立って刃を向け、その上鱗を貫くたァ見事。アンタを歓迎するぞ小僧ッ!!」

     蟹と呼ばれた処刑人は確実に竜を屠った筈だが、その身は着地したその体勢のままみるみるうちに巨大化した"石"に跳ね飛ばされる事になった。それもひとつではない。まるで天狗の石降らしのように。あるいは大軍の投石機が堅牢な門を破壊しにきたかのように、礫が竜女の短い尾から放射状に放たれたように見えた。正しく、──山が天から降り地を抉り谷を創る──埒外の質量による破壊である。
     轢かれるように天に打ち上げられ、岩に骨を砕かれながら、一方で安堵もしていた。打ち上げられて段々と眼前視界に小さく遠ざかる竜がその巨軀を地面に倒れさせたのだ。我が目は、我が指は健在だったのだ。ざまあみろ。そう思えば、この焰が今は潰えても悔いはない。
     ふわっとした浮遊感の後に、制御を失った四肢は千切れんばかりに錐揉みを起こして無数の岩と共に建物の屋根に引かれはじめる。おそらく、何秒ともたず、どことも知れぬ家屋に叩きつけられた我が身に今度は岩が降り注ぎ一途の死を迎えるのだろう。落下をはじめた処刑人の頭に昔聞いた旧い武侠譚と他愛のない一幕が過ぎる。こんなクソッタレな厄日に随分くだらないものを思い出すものだと頭の片隅で考えながら。
     かの稀代の処刑人が落下先でまた血湧き肉躍る八つ当たりを始めるのはまた別の武勇譚の話だ。

    ────

     轟音と土煙に地面が揺れて宵の訪れ──終わらない修羅道が今日もまた始まったのだと悟った四六法師は白い息を溜め息のように吐いた。四六法師もまた四凶の警護部隊『檮杌』の一角であり桃源浄土を荒らす外敵を駆除する役割を背負っている。

    「やれやれ、ヤんなるね……でもボスちゃんの言いつけだもの。退くわけにはいかないからさ」

     みるみるうちに身の丈10mを越える巨大な百足のような異形に変わってゆく。パンと柏手を打ち鳴らすと一呼吸おいて、侵入者を屠るべく前へ前へとおそるべく速度で狭い路地を爆進していく。その様は宝棒を掲げ夷狄を毅然と殺す毘沙門天のようですらある。
     狭い路地路を這えば、桃源浄土の住人や客人たちは驚嘆とともに軒下へと跳び退きあるいは器用に節足が壁を這って避けてみせたが、何人もその凶悪な脚で轢き潰すことのない様がまた四六法師の心根を表しているとも言えよう。曰く、義侠悪鬼には羅刹のように苛烈なれど民草には易しとはこの事であり、桃源浄土の荒くれたちにもよく好かれているようだった。

    「四六さま!」
    「あぁ、リーリャンちゃんかい」

     そんな四六法師の頭上から鈴の鳴るような可憐な声がかかる。同じ『檮杌』に所属する蕚蓮(リーリャン)である。彼女は爆走する四六法師の頭上、建物の壁から壁へと蹴ってふわりと滑空するように走り並走している。それは蕚蓮の持つ重力操作の賜物であり、緩急を自然と使いこなす様はまだあどけない少女が凄絶な歩みを経た修羅の1人であることを如実に語っていた。

    「さっきの…蟹さんの暴れていた方でしょうか…?」
    「ん〜…そうだよねぇ……シュエちゃんならダイジョーブだとは思うけど…」

     そも、巻き戻るのだから。そうも2人の刺客は思いもした。この非日常を巻き起こしているであろう大蛇は何も語らないが、事実30秒もすれば死は"綺麗さっぱり"覆されるのである。それは四六法師も蕚蓮も身をもって知っている。しかし問題は寧ろ、死をもたらしあるいは齎される者の心根の問題と言っていい。怨讐に囚われた者や弱者を痛ぶるだけの悪来漢にとってこの非日常は出来すぎていた。繰り返し同じ対象を手放しに殺し続ける輩がのさばるならそれは最早浄土とは言い難い。それは四凶の地位を穢す敵に他ならない。
     しかもだ、と四六法師は走りながらも熟考した。四六法師が感じた振動と音は蟹が普段好む最適解を突くような武芸とは異なっていた。ああいう怪力を奮って何かを投げるような手合いは自分を含め数多くいる。だがあれは──。

    「リーリャンちゃん、さっきの誰がやったか見たぁ?」
    「いえ、土煙と打ち上げられた岩くれが視界を遮っていてよくは見えませんでした。しかし遠目にも鬼人ですかね…水牛みたいな角と薬棚みたいな背負いものが」

     四六法師は身に震えが走るのが分かった。岩くれが天高く土煙をつくりだす─まるで天災のようなそれを引き起こす輩はそう多くはない。奇蟲の大戦の折、噂に聞いたことがある。河原に降り立った水牛角のある白鷺が羽ばたきと共に岩くれの雨を見舞ったのだという。噂を語る者たちは口を揃えて「涅石竜の仕業だ」と言った。その竜の名は武侠譚と共に広まったものだが、竜との手合わせならばと心躍ったのだった。
     一方で蕚蓮も奥底に焦燥感に似たものを感じていた。蕚蓮は汗や血生臭さを好む武芸者ではなかったが、うら優しさと鋭い観察眼から「この者は排せねばならぬ」と直感していた。年の近い蟹が傷付けられた結果がこの岩くれが降る異常事態だとするなら、一刻も早くその悪鬼は退かせるべきだと義憤していたのだ。
     故にこそ、2人の刺客は渦を巻く土煙のなかに勇猛果敢に飛び込んでいった。


    ────

     たっぷり30秒、刻は進み、竜は緩く自分の頸を撫でて口角を上げた。本来であれば逆鱗を貫かれたとて彼女のような竜の山肌のような筋肉の層が急所を護り死を直に与える事はない。だが、現に本来なら百の太刀筋を重ねてやっと訪れる死の痛みと高揚をあの青年は見舞ってみせた。
     むしろだ、と竜は目を細めて血で紅を引きながら嬉面を浮かべる。青年が引き当てた一を百にして、その武の昂りを喰らい尽くし竜殺しを上演させた観客が確かにあの一幕にいたのを感じていた。

    「今、アタシを喰ったのはアンタか?…ナァッ!!!美味かったろう、アタシの死にざまァァァッ!」

     水牛のような角を持った竜女が砂煙に燻る上空に向けて吼える。頭上にある大蛇──無禮咬は身を捩り舌舐めずりをしたように見えた。違うのか。やはり、喰ったのは"昂り"なのだろう。陽の気を喰い、太極を廻して摂理を逆しまにする。そんな破滅的なことをしてこの蛇が望むのは何か。竜は逞しい掌を天測でもするように蛇に翳して、たっぷり30秒桃源浄土に目をやって見極めたよう何か確信めいて笑った。

    「寿ぐぞアンタ、多いに結構だ。だがなァ…そりゃ難産になるぞ……そいつを"産む"となりゃ助けがいるだろう。おいアンタ、降りてきてアタシに──」

    「イーリャンちゃん、手筈通りに。あんまり無茶しないでね!」
    「はい、四六さまもどうかお任せを」

     自動販売機が土煙の向こうから涅石の頭上高くに投げ込まれ、その死角──自動販売機の天面に舞い降りた少女が踏み台にするように金属の筺を蹴って天に翳していた悪鬼の不埒な手を押し潰しにかかる。ただの蹴りではない。重力負荷を強く掛けた金属の筺は砲弾のように凄まじい風切り音を立てて落下した。
     竜は驚嘆かあるいは歓喜でその眼を見開くと、瞬間的に砲弾のように圧縮されつつある自動販売機を逞しい腕から繰り出される裏拳で弾いてみせる。ガラス片が散って自動販売機は無惨にも土煙の先に転がりながら飛ばされてゆく。叩き潰された自動販売機から断末魔のように鳴る軋みと回路を破壊されて散るプラズマ。そして2方向から潰されてひしゃげた亀裂から噴き上がった色とりどりの飲料水はまるで旧正月の縁起物のようでも、あるいは惨殺死体のようでもある。ついで、その突き出された腕を折るべく、自動販売機を足場とするように少女が落下をはじめていた岩から岩に八艘跳びの要領で飛び移り全てが地面を割る勢いで降り注いだ。竜は退路を完全に絶ったれたのか、石霰をまともに受けているように不動のまま口元で牙を打ち鳴らして出た息吹が煌めくままにしている。それを逃す蕚蓮ではない。即座に身を翻して火尖槍のように静止したままの腕目掛けて殺到する。素人目に見れば、一瞬であるが、この場にいる武侠譚を愛する諸兄からすれば十分に何が起きたか理解できよう。
     そう、驚くべきことに槍のように貫く筈だった蕚蓮の脚を竜は掌の筋を返してパンと掴んでみせたのだ。逞しい掌に足首を掴まれつつも、咄嗟に重力負荷を逆反転させて折られるのを防いだ少女も剛の者。2人の一合目は火花のなかで互角にも見える気迫である。

    「なんだ、なんだ。今日は随分この街はご機嫌だなァ?」
    「貴方何者ですか?桃源浄土をこんなにして!」
    「こんなァ?」

     嗚呼、と土煙が晴れぬ有様に軽い感嘆を漏らした竜に紫電一閃が襲いくる!それは薬棚を背負っているその背から忍び寄った四六法師である。
     四六法師はほとんど本能的に考えていた。なぜ白鷺は羽ばたきひとつで岩くれの雨を降らせられたのかと。もしも、眼前の女が同一個体か別個体であれ噂に聞いた白鷺と同じ種族であったならば、同じ特性と"盲点"を持っていると考えたからだ。無尽蔵に岩を生み出す魔術師の類はいる。だが気になったのはそのような奇襲向けの術者にしては目立ちすぎる容姿だという事だ。なぜ白鷺は"角を見せつけるようにして"現れたのか。
    ──手妻使い。
     針小棒大を逆に魅せる暗器使いたち。
     四六法師は永き大戦のなかでその手合いとも闘ってきている。角や屈強な脚、巨大な薬棚。あるいは金剛力士のよう女性の姿ですらもブラフで。なんらかの秘術を隠すための飾りなら。岩を自然発生させる術者でなく、文字通り逆しまに"針を棒にする"──例えば百の質量を一にしてしまう力があるのだとすれば……未だ止まない土煙にも説明がつく。あの日、白鷺は──涅石竜はただの石を降らせたのではない。小さく丸めて掌に隠していた"峯そのもの"を投げて寄越したのだ。だとすれば頸は死点の始まりなれど要所でなく、背負っている薬棚こそが肝要なのではないか?そこまで直感した四六法師の狙いに迷いはなかった。棚ごと節足で貫き、まずは神経毒で小手先を潰す!その一念で百足は竜に喰らいつく。

    ────

     気まぐれな無禮咬の目を借りて蛇のよしみで刻は少し巻き戻る。
     四凶の資金調達部隊「渾沌」に所属する巴蛇は竜女と2人の刺客が刃を交えるのを近くの楼閣の窓際から眺めていた。

    「巴蛇様、あまり顔を出されますと降ってくる礫でせっかくの髪が乱れます」
    「……お前あれどう思う?」
    「あれと言いますと?」
    「"竜"がいるよ。それも"かなりデカい"。そのデカブツが吼えた内容の事さ」
    「はぁ…」

     従者の梔子が洒落た傘を主人の頭上に広げるとコツンと天鵞絨生地の天蓋を何かが転がり落ち、その様に目をやる気もない主人に反して梔子はその煌めきに目を見開いた。毛足の長い絨毯に転がり落ちたのは、金のまばらに埋まった礫だった。梔子は暫し目をパチクリとしながら狐に摘まれたようにしている。主は土煙のなかに何を視て、何を思案しているのだろうか?ほとんど地響きと派手に反響する噴火を思わせる石の霰に屋根が軋む音で何も聞こえなかった梔子に反して、巴蛇は何かを拾い上げたらしかった。おそらくそれは、呪術的な才覚と蛇としての性によるものなのだろうと
    また深く感心し頷く。

    「あれの吼えようが正しいのなら、きっとボスが掴まされたあの蛇……」

    ──あの黒い胎のなかに願った何かを身籠っているのだろう。そう、巴蛇は内心で憂うように呟いた。暗い穴倉の底で身を丸めて這い回る様が脳裏に過り、胃に冷たいものが流れ落ちる。神がかりの予言に等しいものだ。きっとあの大蛇──無禮咬なんて出鱈目な名をつけられてしまった式はこのままいけば、欲のまま引き裂かれ、弾頭に詰められて果てる。そしてその胎の中身は正しく堕とされるのだろう。
     巴蛇の眉尻がピクリと跳ねた。四凶の金勘定を司る"蛇"としての打算と、親の血を浴びながら穴倉を這い回って生き延びた"子"としての願いが鍔迫り合いを始めたのだ。賭けるに値するか?あの竜は確かなんと言ったか?記憶を遡り注意深く四凶の呪術師は品定めをする。

     確かだ。あの竜女の話を聞いたのは、逢真贋刻郷でのことだった。領界の主人である鬼が客人として相手をしたと聞いている。なんでも、頭蓋を割られ脳漿を潰された吸血鬼を見事蘇生してみせたとか。山中の岩を酷く気に入り、飴玉のように喰らってみせたとか。
     そうでなくとも、あの種族には心当たりがあった。霊峰を渡り歩き、金色の峯を削りとってまだ見ぬ番いへの簪にと懐に抱き抱え、我が物顔で放浪する古からの巨竜。その竜ならば……よしんば蛇を助ける医者でなくとも、蛇を"買える金"を持っている可能性は高い。どう転んでも、ボスの利益になると同時に喉奥から込み上げる冷たいものを拭ってくれる気がしたのだ。

    「──梔子、"買い付け"だ。あの渦の中心に食いつく」
    「ええ、巴蛇様には欠片ひとつ当てさせません」

     豪奢な袖が翻り、また階下が喧しくなる。玄関先に自動販売機が降ってきたと口々に騒ぐ部下たちに蛇は舌舐めずりをした。

    ────

     薬棚を背負った不動の巌を10mにもなる毘沙門の奇蟲が捉える。それは速度に反して視覚的にはゆっくりにも見える一合だった。
     棚の留め具の金属と節足の先端の鋭い爪が擦れて火花が散って、次の節の爪が漆の塗られた木材を掴んでそこから女の脇腹に次の節を這わさんとする。その四六法師の鬼気を察してか、女もまた蕚蓮を投げ飛ばすように手放してそのまま四六法師に巨大をぶつけるように身を捩り、爪はその逞しい筋肉の上をわずかに掠め勢いは拮抗する。
     しめた、と四六法師は轢き潰すような重みをしなる下半身で受け止めつつ手応えを感じた。巻き付きと脇腹への刺突は逃したものの肝心の薬棚は己の無数の脚が組み付く形で抑えており、背面も取って蕚蓮を手放させている。組み討ちとしては申し分なく、手妻使いには致命的な盤に駒を進めた形になる。瞬時に散弾のように降り注ぐ礫が身を引き裂かないのが証左である。

    「きゃぁっ!?」
    「ハッ、次から次へとおもしれぇトコだなこりゃァ!」
    「面白ついでに──リーリャンちゃんの仕返しだよォ」

     爪を薬棚に食い込ませながら今度こそ毒を撃ち込むべく、身を屈ませて3対の腕で組み伏せにかかる。いかな峯を投げる膂力とて搦め手を引きちぎるのは至難の業だ。組み討ちの定石である。強者と認めるからこそ、背後を取り武器を奪って地に跪かせる。首を落とすのはそれからでいい。
     丸太ほどある腕が女の肩をむんず掴む。肉を潰すつもりで四指に力を込めた時、何か違和感を感じた。指が、山肌に触れた気がしたのだ。触角に何か嫌な空気が触れる。女が口元を輝かせながら唸っている。
     目が合う。優勢でありながら喉の奥を掻き毟るような猛禽を前にした蟲のように頭が警鐘を揺らしている。巨大な、己より巨大な何かが──?

    「アタシを喰う気かアンタ。いいねぇ、いいねぇ。アンタがその牙でアタシを喰ったらどうなんのか見てみてェ……が、」

     四六法師の嫌な予感は次の瞬間、拮抗が崩される形で的中した。まるでわざと背面に倒れ込むように女が身を倒した。否、筋骨隆々とした爬虫類を思わせる片脚で地面を掴み、もう片脚を振り上げた事でバランスが崩れたのだ。地面を掴んでいた脚が地を破りながら飛び上がり両脚が宙に浮いて、逆に角を戴く頭は逆上がりのように背面に下がっていく。当然、四六法師の巨軀を巻き込んでだ。途端にかかる重量に節々は瞬時に悲鳴をあげ、薬棚と女の重さに「ウソでしょ」と悪態をつく。脳天へのサマーソルト。倒れて引き出しの開いた棚から自分に落ちてくる"峯々の雪崩れ"。次に打ってくる破壊的な手が見えて歴戦の猛者は咄嗟に腕で頭を庇うようにしつつ女を突き飛ばすように薬棚から身を離した。

    「アタシを喰ったアンタを見たら、あの蛇が腹を下しちまうからナシだ」

     判断は正しかった。庇った3対の腕を掠めた爪が天頂で何かをばら撒き、それがまた礫として周囲を薙ぎ払う。おそらくサマーソルトに移行する際に足元のコンクリートの塊を圧縮していたのだろう。女が棚ごとぐるりと身を翻して着地すると女のいた場所に半径1mほどの大穴が出来ていた。この女武侠は触れたものを圧縮し、その桁外れの膂力で投げているのだ。恐怖とも悦びとも取れる震えに四六法師の口角があがる。

    「なぁにその反則技」
    「四六さま、大丈夫ですか!?」
    「ダイジョーブ、ダイジョーブ…でもリーリャンちゃん…」
    「はい!すぐ加勢を」
    「あたし、この子に勝ちたくなっちゃった」
    「なんだ、アンタら。アタシを誘ってくれてンのか?アツいねぇ」
    「四六さま、乗っちゃダメです。こんな挑発」

     歓喜。殺意。高揚。天の黒蛇が身悶えて、蟠を巻く。何がために。何がために。しあわせであれ。しあわせであれ。そう、謡う聲は三面誰にも届かない。ならば、これも"無禮咬"。再び刃が交わると思われたその刹那、よく通る声がこの場を制した。

    「双方、ストップしてネ。ここは爺が巻き取るヨ〜」

     天鵞絨の天蓋に護られてしずしずと土煙のなかを歩み出たのは巴蛇と梔子である。少し意外そうに目を見開いた蕚蓮と四六法師に対して、水牛角の竜女は好戦的な笑みのまま研ぐように片方の蹴爪で地面を掻いている。

    「なんだいアンタもアタシと遊びたいのか?」
    「いンや違うねェ。さっきの"ハナシ"聞かせてもらったのサ」
    「あぁ、そうか。アンタ アレの保護者か!アタシに診せろ。あの蛇にはすぐにでも医者が要る」
    「半分違うゲドね。ボスのところに案内してもいいヨ」
    「巴蛇さま、待ってください。このところ饕餮さまは随分気が立っていらっしゃいます、お話をされるのでしたら特にお気をつけませんと……」
    「あたしもそう思うけどぉ〜、もしかして…あの蛇ちゃん不味いのかい?」
    「不味いも何も…ありゃあ、身重じゃねぇか。早くお産の準備をした方がいい。アタシは放浪医だ」

     天に黒大蛇、地に涅石竜。ふたつの奇々怪々に、四凶が刺客たち。その一同を燻る紫煙の奥底で待ち構える首魁。正月も末の幕はまだ降りる気配もなく、華やかに歓楽の鍋のなかの浮き沈みを彩っている。
     放浪する武侠の銘は「涅石」。薬事に涅石が降り注ぎ、今まさに牌楼を天蓋をさした蛇に導かれて堂々と潜り抜けた。
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