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    meko_rider

    進歩とか

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    meko_rider

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    フィリップが帰ってこなかった世界線の40代翔太郎とそんな彼に弟子入りする■■来人の話。

    喪服翔太郎と見習い来人******

     仮面ライダー、と呼ばれるそれは都市伝説だ。
     不明瞭な動画や作り物じみた写真の中だけの存在。

     しかしこの街において、仮面ライダーは実在している。

     罪を数え、涙を拭い。街を救う黒のヒーロー。
     来人はそれを、ずっと探している。

    ******

     ■■来人が『彼』に出会ったのは、今から十年ほど前のことだ。
     その日は父も母も忙しくて、姉達はその手伝いをしていて、年少の来人は「お部屋で遊んでいなさい」という言いつけを守れず、こっそりと屋敷を抜け出していた。どうしても本で読んだ記述が本当のことなのか知りたくて、実物を見ようと街に駆け出した。
     箱入りの来人が屋敷の外に出ることは滅多になくて、広い街は来人の好奇心をいたく擽った。あちらこちらと忙しなく歩き回って、足のだるさに気付いた時には陽も随分と落ちていた。薄暗くなった街は昼間とは打って変わって静まり返っている。恐ろしくなった来人は家に帰ろうと踵を返し、そして背後にいた男と目が合った。

     知らない人間だった。けれど来人を見つけたその男は、口元を歪に吊り上げて「キヒ、ヒ」と声を漏らす。血走った眼は来人を捉えて離さない。声を出そうとした来人は、僅かな街灯の光に照らされた男の手元を見た。
     一瞬刃物かと錯覚したそれは、掌に握りこめる程の長方形の機械だった。『USBメモリ』というものによく似ていると、聡い来人はすぐに気付いた。

     『COCKROACH』と得体の知れない音声が響いて、男の影がみるみるうちに変貌する。頭部が異様に伸び、そこから長い触覚と節足動物特有の脚が複数生えて茶褐色の外套を身に付けている。
     異形はその鋭い鉤爪を何の躊躇もなく来人に振り下ろした。その一撃で来人の命は終わるはずだった。
     けれど来人は生きている。仮面ライダーのお陰で。

    「(今日も有力な情報はなかったな……)」

     無収穫に終わったスマホの検索バーを眺めながら、来人は赤信号の前で立ち止まった。『歩きスマホはやめましょう』と電柱に張り紙がしてあるのを見つけて、一段と憂鬱な気分になってしまう。広大なネットの海から知りたいことを探すのは得意だったはずなのに、いつも一番知りたいことに手が届かない。
     匿名掲示板、都市伝説、SNSの書き込み。そのどれもが、曖昧であやふやなものだ。十年ほど前には頻繁だった目撃情報も、ここ数年は片手で数えられるくらいでしかない。

     風都にある都立高校に通う来人は、俗に言う熱心な都市伝説オタクだ。とはいっても都市伝説なら何でも、というわけじゃない。来人が探し求めるのは、あくまで『風都の黒い仮面ライダー』ただひとりである。
     幼少期に来人の命を救ったヒーローは、その後ぱったりと消息を絶ってしまった。「黒いヒーローが助けてくれた」と訴える来人の言葉はそこそこの信憑性を持っていたものの、都市伝説に傾倒する今の状況を家族はよく思っていない。
     本当なら私立学園に入学するはずだった進路をこっそりと現在通っている都立高校に変えたのにだって、母は随分とお冠だった。理由が理由だから当然だ。この学校の蔵書が風都で一番充実しているから。もちろんそれは、都市伝説なんかのオカルト関係の蔵書も同様で。
     父は鷹揚に笑って、上の姉は肩を竦め、下の姉は「あなたらしいわ!」ときゃらきゃらと声を上げて来人を抱き締める。他の家族がそんな様子なものだから、母の不満は溜まる一方だ。ただ息子の頑固さを一番よく知っているのもまた彼女なので、そろそろ何らかの折り合いを付けねばならない頃だろうと来人は思考する。
     未練がましくスマホの画面を眺めながら、青信号に変わった横断歩道を進む。来人の意識の大半は未だ邂逅できぬヒーローに注がれていて、有り体に言ってしまえば注意力散漫だった。

     スリープさせた真っ黒な液晶に、それが映りこんだのは幻覚かと思った。何時ぞやの醜悪な外見、ゴキブリを模したような怪人。それが来人の背後から忍び寄り手を伸ばしているのを、来人はしかと目撃した。

    「う、うわぁ」

     ブンッ、と振りかぶられた一撃を運良く避けて、今度こそ肉眼で奴を捉える。幼少期に見たそれと寸分違わぬ怪人はコキコキと首を回す動きをすると、「なァ〜んで避けちゃうかねェ〜〜」と呆れたように苦言を呈した。

    「大人しくしててくれよお坊ちゃん〜〜適当に痛め付けたらパパとママに会わせてやるからさァ〜〜」

     誘拐、という文字が頭に浮かび、キヒキヒと嗤う怪物の眼光が怪しく光る。心臓が激しく波打っていて、来人にはそれが恐怖なのか、それとも違う何かなのかも分からなかった。
     あの時と瓜二つな状況下。ただひとつ違うのは、彼がこの場にいないこと。
     来人は甘い希望を抱かない。可能性の低い未来を盲信しない。けれどもしも、と考えてしまう。それは期待だった。死と隣合わせの現状に、来人は年頃の少女のように胸を高鳴らせていた。

     だってヒーローは来てくれるものでしょう。この街の、『仮面ライダー』という存在は。
     とりわけ街を愛する、『あなた』という存在は!

     アスファルトに縫い付けられたように動かない来人に、怪人の凶刃が突きつけられようとしたその時。『JOKER』という独特の音声と共に、怪人は派手にぶっ飛び壁へと激突した。
     気付くと、来人の目の前にはヒーローが立っていた。艶のないマットな装甲、赤く透き通った複眼に、紫の細やかな装飾。腰には片方だけぱっくりと割れてしまったかのような、そんな印象を抱かせる機械が巻かれている。
     はくりと口を動かした来人には目もくれず、黒いヒーローは壁に激突した怪人を見ている。小さく呻く怪人を視認して、彼は腰に取り付けられた機械に触れた。

    『JOKER! MAXICIMAM DRIVE』
    「……ライダーキック」

     構えを取った彼の蹴りは、寸分の狂いなく怪人に命中し砂埃が巻き上げられる。爆煙の中から長方形の機械……USBメモリに酷似した何かが排出され、ノイズ混じりの音で『COCKROACH』と発すると、パキンッと硝子のように割れてしまった。
     来人がそれを眺めていると、ヒーローは何処かに踵を返そうとしているところだった。破壊されたUSBメモリも、怪人になっていた誰かのことも完全に頭から抜け落ちた来人は、すぐさま彼を追って駆け出した。

     「待って!」との静止も聞かぬ彼は、通学路から路地裏へとひょいひょいと足を運んで、最終的には人気のない港で立ち止まった。その超人の身体能力に付いていけたのは来人の執念が為せる技だったのか、それとも目の前の彼が加減をしてくれたのは分からない。けれどこれはチャンスだった。十年探し求めてようやく訪れた、来人の、この意味不明な衝動を解き明かすためのキーワードだった。

     息を切らした来人が彼に追い付くと、彼は緩慢に腰の機械を閉じて変身を解いた。顔は見えない。こちらに背を向けたまま、男は来人に言葉を投げた。

    「ここは危ないぜ、坊主」

     黒い帽子に黒いジャケットの、まるで喪に服したような男だった。深く帽子を被っているので口元しか見えないが、それなりに年を重ねた男性であると来人は推察した。背筋は伸び、隙のない身のこなしは、男を年若く見せる。

    「…危ないものは、あなたが倒してくれた」

     来人がそう答えると、男は笑ったようだった。

    「俺の方が『危ないもの』かも知れないぞ」

     確かに男は先程の怪物をいとも容易く倒してみせた。男が再びあの姿になれば、来人は簡単に殺されてしまうだろう。生身の今でさえ、少年の来人では男に敵わない。しかし来人には確信があった。

    「あなたは優しい人だから」

     だからそんなことはしないはずだ、と何の躊躇もなく言い放った来人に、男はしばらく沈黙した。

    「優しい、ね…」

     重苦しい音でそう吐いて、懐かしさに浸るように帽子のつばを下げた。男の耳でリフレインする声を来人は知らない。

    『君の優しさが必要だ』
    『それが弱さでも、僕は受け入れる』

    「…………もう帰んな坊主、親御さんが待ってんだろ」
    「嫌だ」
    「…………」
    「ずっとあなたを探していたんだ。あの時の、お礼を言いたくて……」

     段々と言葉が萎んでいく。最初は確かにそれが目的だったはずなのに、今はそれよりもこの男と離れたくないという思いが来人を駆り立てていた。
    もっと知りたい、もっと話したい、もっと傍に居たい。……もっと彼に触れたい。
     初めての感覚だった。他人に関心のない来人が、ここまでの激情を個人に抱くことなど、産まれてから一度だって存在しなかった。

    ‪ 衝動だった。‬
     理屈で説明のつかないそれは、来人にとっての未知だった。理性で押さえつけられない感情など疎ましいものでしかないはずなのに、それでもいいと思うほど必死だった。彼を引き留めていたかった。

    「礼なんて必要ねぇよ。俺は俺のやらなきゃいけないことをやってるだけだ」

     ひらりと手を振って彼の背中が遠くなる。待って、と伸ばした腕が届く前に、男は物陰に駐めていたバイクに飛び乗り姿を消していた。人気のない港には明かりは少なく、来人がいくら目を凝らしても、暗がりの中に彼の姿を見つけることは出来なかった。

    ******
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