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    あの世の公衆電話から硝子と悟に傑から電話がかかってくる話

    #夏五
    GeGo

    Call me机上のスマホがけたたましく鳴り響いていた。
    漫画ならば、ぶるぶると震えたスマホがPrrrという効果音とともに躍り上がっているところだろうが、あいにくここは漫画の世界ではない。スマホが一人でに動き、手元に来てくれるはずもなく、手を伸ばして電話に出るまでバイブレーションとベルが鳴りやむことはなかった。
    スマホの持ち主である家入硝子は寝不足だった。太陽が肌を刺すほど照りだしているこの季節は、台風などの大雨による水害、プールや川、海などでの水難事故が多発し、呪霊が蛆のように湧きやすい。その結果呪霊による被害が増加し、現地へ派遣される呪術師の数も増加していた。呪いにあてられた被害者、または祓除中に負傷した術師など、必然的にけが人の数も増加し、比例して術師で数少ない反転術式を使え、それをアウトプットでき、医療職を生業としている硝子の仕事も多くなる。けが人だけでなく、なかには術師の到着が間に合わず死亡してしまう被害者もおり、彼らの死体を解剖し原因究明に努めることも硝子の仕事であった。治療をしては検死の日々に万年寝不足であるこの身体もさすがに悲鳴を上げていた。そんな中唯一取れた休日に惰眠を貪れるだけ貪ろうと考え、ベッドの中でうとうとしていた矢先にこの仕打ちである。硝子の機嫌は地面を突き破るほどに降下していた。急患が来たのであれば対応しなければならない、仕事へのプライドただその一心のみで硝子はスマホを手に取った。

    ──非通知…?

    手に取った画面に表示されているのは職場関係者の番号ではなかった。登録されていない電話番号、しかも非通知でかけてくる相手である、応答するか迷ったものの硝子は、スマホの画面をタッチし横へスライドさせた。
    「はい、家入」
    硝子が応答すると、スマホの向こうで一瞬混線したようなノイズと機械音の中にコインが落ちる音が響いて、公衆電話からだ、と判断する。スマホでは公衆電話からの着信は非通知で来ることが多いとどこかで聞いたことがあった。
    『あ、やっと繋がったね。私だよ私』
    「新手の詐欺か?」
    電話の呼出音、混線の雑音と続いて、長々と正論を説いてきそうな電話口の声は聞き知っていたが、あえて冷ややかに応答すると、楽しそうに笑う声が返ってきた。
    『はは、ひどいな。久しぶりに同窓がかけてきたっていうのに、君の記憶力ってそんなに悪かったっけ?』
    「…切るぞ」
    『嘘嘘。ごめん、切らないでよ』
    さらりと嫌味を言う相手に対し、同窓であり現在の同僚でもあるクズを一瞬想像したが、そのクズはもっと直接的な言い回しで相手を逆撫でするのが得意だったと思い直した。回りくどい言い回しで、私という胡散臭い一人称を使うクズなど一人しか知らない。
    「……何の用だ、夏油」
    『えー、用がなくちゃかけてはだめなのかい?寂しいな、私と硝子の仲なのに』
    「気色悪い言い方をするな、鳥肌が立った。そういうのは五条に言え」
    『……』
    五条の名前を出すとあからさまに黙った相手に、相変わらず面倒な思考してるな、と電話口に聞こえないようにそっと溜息をついて、硝子はスマホを持ち直した。
    「で?地獄はどうなんだ、まじめに更生に勤しんでるか?」
    『地獄は確定なのかい?天国だとは思わないんだ?…まあ、いいところではあるよ。天気もいいし。のんびりしすぎて天気がいいとこしか取り柄がないけど。あと全然電話ボックスが見当たらないのがだめだね。やっと見つけたと思ったら先客の電話が長くてさぁ、ようやく私の番かと思ったら君は全然出てくれないし』
    「私は当直明けなんだ。出てもらえただけありがたいと思え」
    『それはお疲れ様、相変わらず大忙しだね』
    「おかげさまでな。というよりそんな待ってまで何で私なんだ。それこそ五条にかければいいだろうに」
    『……今更悟に何て声をかければいいと言うんだい』
    去年の暮れに死んだ電話口の相手が途方に暮れたような声を出す。拗れた関係というのは面倒なものだなと思いつつ、硝子は相手の話に付き合うためにベッドの縁へと腰掛けた。





    「あの世ボックス?」
    「そ、最近巷で噂になってんだよね」

    高専の教室の一角、昼食を取り終え自由に昼休みを過ごした後、各々の席へと戻った一年生の虎杖、釘崎、伏黒は、担任である五条悟より午後からの任務の説明を受けていた。担任からの質問に鸚鵡返しで答えたのは悠仁だ。
    あの世ボックス。どこかの未来から来た青いタヌキが持つ電話ボックス型発明機器と似た名前である。「まるでドラ〇もんね」と野薔薇が独り言つ。
    「ああ!あったね、そんなやつ!俺も見たことある!自分の好きなパラレルワールドを作れるやつだよね?一回は試してみたいなーってガキの頃に思ったわ」
    「そんないいもんじゃないよー。あれも使い方によっては最悪の事態を招くものではあるけど」
    「じゃあどんな呪いなんですか?」
    このままアニメ談義に華が咲きそうなところを恵が止める。同級生の二人は強く戦闘面では頼りになる存在ではあるが、少々真面目に話を進めないところがある、と恵は溜息を吐いた。教壇に立つ五条が居住まいを正し、きりりとした顔で恵の質問に答える。
    「『あの世ボックス』はあの世に繋がる電話ボックスだよ」
    「それは字面からしてわかります。具体的にどういった呪いなのか聞いてるんです」
    「可愛くないなー恵」
    可愛げなんてあってたまるか、こちとら長年あんたのその態度に付き合わされているんだ、と恵は眉をひそめながら先の話を促した。

    「学生間で流行ってる都市伝説でね、とある番号に公衆電話からかけると文字通り、あの世に繋がるんだ」
    「公衆電話、ですか」
    「そ、公衆電話。かける番号は同じなんだけどね、スマホとか家の固定電話からじゃかけられない。」
    「へぇー。ってか最近公衆電話って見る?俺の田舎じゃ結構見かけたけど、東京じゃ全然なくね?」
    「そうだな。駅ならまだしも最近はほとんど置いてないんじゃないのか?」
    「私も見たことなーい。でも逆に少ないから探しやすいんじゃない?」
    と、各々が発言していく。
    「そのへんは安心してくれていい。場所の特定はできてる。東京郊外にある住宅街のとある公園の公衆電話だよ。問題はその電話をかけられる人間、なんだよね。」

    いわく、電話がかかるのは、心の底から会いたいと思った人にかけたときだけ。

    「ああ」
    恵は静かに頷いた。ことの全容が見えてきたからである。

    「かけてはいけない電話番号とか、あの世に繋がるーとかそういうのは古今東西どの時代でもあるもんだし、元々は小学生たちが面白半分で始めた遊びで、あまり重要視されてない都市伝説だったんだけど」
    「それに縋る人が現れた…?」
    「正解」
    五条が指で銃の形を作りながらにこりと悠仁を指差した。
    「なるほど。その子供だましの都市伝説に、本当に心の底から会いたい人がいる人間が、藁にも縋る思いでかけてるってわけね。例えば亡くなった人の声が聞きたいとかで」
    続いて頭を縦に振り、頷きながら野薔薇が答える。
    「そういうこと。どこからかその噂が広がり、全国各地から電話をかけたい人がその公衆電話に押し寄せ、その結果呪いが吹き溜まった。皆も知っての通り人の思いってのは厄介なもんで、強ければ強いほど呪霊が発生しやすい。通常では叶えられないことなら尚更ね。
    ま、補助監督も呼んであるから気をつけて行っといで」
    と五条が続けると「了解!」と頷き、三人が立ち上がる。
    「「行ってきまーす」」
    そう告げ(約一名は無言だったが)、生徒達三人はドアの向こうへと歩き、外へと消えていった。





    去年の一年、現在の二年もなかなかの粒ぞろいで教育のし甲斐があると感じでいたが、今年の一年達も各々のポテンシャルが高く将来が期待できる人物ばかりだ。ただやはり一年生ということもあってか、まだまだ粗が目立つところがあるが、そこは教育者の腕の見せ所といったところだろうと五条は腕が鳴っていた。悠仁は子供ながらも身体がある程度完成しており、身体能力が高く基本的な動きはできている。ただ、呪術師になって日も浅く、場数を踏んでいないところから呪力操作など呪術に関する所がまだまだ甘い。反対に恵や野薔薇は、身体的成長がまだ未熟で動きは鈍くはないが、パワーに欠けるところがある。しかし術式の性能も良く、幼少期から呪いに触れ、呪霊を祓っていたことから悠仁よりも呪いに関して一日の長がある。彼らの能力にはそれぞれ一長一短あり、まだまだ成長段階だ。成長した未来が楽しみだ、とそう思案しながら、一年生三人を見送ったあと五条は職員室に向かうため廊下を歩いていた。木造建築で五条が学生の頃から変わらず使用されている建物は、築年数も相当経っており歩く度に廊下の軋む音が聞こえる。校舎内の廊下には五条しかおらず、窓の外から聞こえる蝉の声と、廊下が軋む音、五条の足音だけが響いていた。

    ――Prrrr

    五条の上着のポケットがバイブレーションで震え、廊下に着信音が鳴り響いた。立ち止まり、ポケットからスマホを取り出し着信元を見る。液晶に表示されている文字は非通知だった。上層部絡みか、はたまた命知らずの呪詛師の仕業か、五条は思考を巡らせながら電話に出る。
    「はい、五条」
    「………」
    電話口からは混線したノイズとコインの落ちる音のみが聞こえ、公衆電話からだと思いつつ相手の反応を待った。
    「………」
    「もしもーし。聞こえてますかー?おーい。いたずら電話の相手するほど僕は暇じゃないんだけど」
    一向に喋る気配を見せないどころか、外の環境音すら聞こえない電話口の状況に違和感を覚えるも、痺れを切らした五条がアイマスク越しに眉間を少し深くしながら、矢継ぎ早に応答する。
    「……」
    ブツッという機械音と共に無機質な音が鳴り響き、無情にも通話が終了したことを告げた。
    「…切られた」
    憤慨するほどのことでは無いが、些か気分が悪い。「あーやだやだ」と五条は鳴り止んだスマホをポケットにしまい、再び職員室へと歩き始めた。






    ――都内某所
    太陽が真上から西へ移動し、学生達が学校からの帰路を歩いている時、悠仁、恵、野薔薇の三人は東京郊外にある集合住宅が建ち並ぶ一角にいた。
    「ここが例の公園ね」
    「思ってたよりちっさいなー」
    集合住宅内にある公園は小さくこじんまりとしており、ブランコ、象の形をした滑り台、鉄棒のみがあり、三人のいる場所から対角線上、数十メートル離れた場所に目的の公衆電話があった。まだ公園近くに住む学生や子供は帰路についていないのか、公園内には人っ子一人いなかった。
    「あれか」
    「帳は下ろしたん?」
    「さっき下ろした」
    「気が利くじゃない伏黒」
    三人はそのまま公衆電話へと近づいていき、公衆電話のドアの目の前で立ち止まる。
    「どうする?三人で一緒に入る?」
    「三人で入ったらどう考えても狭いでしょ、バッカかあんたは」
    「…順番に行こう」
    人一人分しか入る余裕のないガラス張りの長方形のボックスに、なぜ男二人と入らなければならないのかと、野薔薇が育ち盛りの高校生三人の体格を考えずに提案した悠仁を即座に否定し、恵の案が通る。三人でジャンケンをし、悠仁、恵、野薔薇の順で公衆電話に入ることが決まった。
    「じゃ、行くよ」
    悠仁が入口のドアに手をかけ中に入る。中は至って普通の公衆電話で、入口の目の前に緑色のボタン式で据え置き型の電話があるのみだった。悠仁は受話器を手に取り、ポケットから財布を取り出すと、財布から十円玉を1枚出し、公衆電話のコイン投入口へと入れた。
    『444444』とあの世へと繋がると噂の電話番号のボタンを押し、受話器を耳に当て、呼出音が鳴るのを待つ。
    「……」
    プルルルルとノイズ混じりの呼出音が鳴るが、しかし一向に呼出音が鳴り止むことはなく、電話は繋がらなかった。諦めて悠仁は受話器を元の位置に戻し外へ出る。
    「だめかー」
    「誰にかけようとしたのよ」
    「じぃちゃん。積もる話もあったんだけどなぁ」
    じゃあ次は伏黒な、と悠仁は電話が繋がらなかったことに肩を落としながらも恵と交代した。
    恵が電話ボックスまで近づきドアに手をかけ、中に入る。
    さて、誰にかけようか。母親…は俺が物心がつく前に死別したからよく分からない。クソ親父は論外、子供売って蒸発するようなやつだ、そもそも声を聞きたいとも思わない、と恵は思考を巡らせていく。
    (そもそもこんなやり方でほんとに呪霊が出てくるのか?)
    「…………」
    恵は受話器を公衆電話から離し、耳に当てる。チン、と小さな余韻を残す公衆電話と受話器からのザーっという雑音、恵の心音だけが聞こえている。コインを入れることなく、『444444』とボタンを押していく。

    『誰かを呪う暇があったら大切な人のことを考えていたいの』

    そう、花が咲いたような笑顔で笑う姉の声が聞こえた気がした。

    プルルルルルル!!!!!!
    突如けたたましい呼出音に続き、持っていた受話器が手で持てないほど異常に震え始めた。刹那恵の体が漆黒に包まれる。
    「「伏黒!!」」
    電話ボックスに入ったまま動かなくなった伏黒を眺めていると突如電話ボックス内が黒く染った。悠仁と野薔薇が電話ボックスにかけつけドアに手をかけるも開かない。悠仁は足に呪力を込め、思いっきり回し蹴りを電話ボックスの入口に叩きつけた。電話ボックスが割れ中から黒い煙が溢れ、辺り一面を覆う。割れたガラス面へと手を伸ばし伏黒を引きずり出した。
    「大丈夫?!伏黒!」
    「ごほっ、けほ、あぁ、大丈夫だ助かった」
    「ったく、ちんたらやってんじゃないわよ!来るわよ!」
    黒い気体が電話ボックスから溢れ出ており、空一面を覆っている。その中にぎょろりと動く眼球と無駄に歯並びのいい口が浮かび上がる。煙の中から現れたのは二メートルを優に超える全身が真っ黒の人型で、腰から身体を折り曲げ、けたけたと笑いながらこちらを見やる。
    「行くぞ!」
    野薔薇が金槌と釘を、悠仁が拳を握り、それぞれ臨戦態勢をとると呪霊に向かい走って行った。

    ――結果はというと、三級から四級といったところだろうか、元々人的被害も少なく、ただ電話ボックス内に入った人間だけを襲っていた呪霊は、悠仁達の相手をするには些か弱すぎたようで、立ち込めていた黒い気体も消え去り、あっけなく倒された。
    「お疲れ!」
    「ああ」
    悠仁と恵が手を掲げハイタッチをする。
    「私たちにかかればこんなもんよ」
    恵が降ろした帳を解除すると、暗かった公園に西日が差し込んだ。
    「結局、呪霊の発生条件は何だったんだ?」
    「さぁ?ま、終わったんだからいいんじゃない?さっさと帰るわよ」
    「帰って何か食おうよ。俺腹減った」
    待ってもらっている補助監督の車へと向かいながら、三人は今晩の夕食について盛り上がり、高専への帰路へとついた。





    元々都内の一等マンションを借りていた五条であったが、最強であるが故に頻回に出張が多いことから現在では、高専敷地内に用意されている職員寮の一室が五条の住居となっていた。それでも出張でほとんど部屋を空けており、たまに寝に来るだけに使用している面が強い。今晩は珍しく任務が無く、黒い一人掛けのソファに腰を下ろしその長い足を組みながら、五条以外は飲めないであろう甘さのコーヒーを片手に、一昨日の一年生の任務報告書を確認していた。長時間タブレットを見続けていたためか少し凝り固まった首を解すように首を回すと、テーブルに置いてあるスマホが目に入った。
    (あれから電話がかかってきてないな…)
    一昨日の昼にかかってきた非通知がどうしてだか頭の片隅から離れず、五条の思考を占領する。タブレットを置きテーブルへと近づくと、スマホの画面ロックを解除し、着信履歴を確認した。着信履歴には確かに一昨日非通知でかかってきたことが記録されている。
    五条がスマホをスライドさせていると、その動作を邪魔をするかのようにけたたましく着信音が鳴った。画面に非通知の文字が表示される。再び着信がかかってきたようだ。五条は呼出音に一瞬驚くも今度は迷いなく呼出しに応じる。
    「もしもし」
    「……」
    相も変わらず電話口の相手は口を開かない。
    「いい加減にしてほしいんだけど。要件があるならさっさと喋りなよ。こっちは忙しいんだ。」
    苛立ちを隠す様子もなく五条が続けると、電話の向こうで公衆電話の雑音と共に息を吸う音が聞こえた。
    『…やぁ、悟』
    電話を介し、機械音に変換され聞こえてきた声色に、五条は目を見開き耳を疑った。学生時代には嫌というほどそばで話をし、何度も電話もしたことがある、現在では間違いなく聞けるはずのない懐かしい声だった。
    「傑…?」
    十年程前、大量殺人を犯し高専を出、クリスマスに百鬼夜行を起こすというふざけた名目で再び己の前へ姿を現した男。呪いになりそうなほど五条の思考を占領し続けた親友。去年の暮れ、自らの手で殺した夏油傑、その人。
    『久しいね、クリスマス以来かな?元気してたかい?いや、君が元気じゃないときなんてないか。相変わらず任務に明け暮れているのかな?』
    「…いやいやいや。おかしいでしょ、そんなわけないじゃん。夢?」
    『…夢か。君がそう思うならそれでもいいよ、そういうことにしよう。君は連日の任務で疲れ、眠りに入り、知古から電話がかかってくるという夢を見ているんだ』
    食い気味に否定すると、電話口の相手がそうのたまった。
    『今あの世にある電話ボックスからかけてるんだけどね、』
    「あの世の電話ボックス…」
    つい先日どこかで聞いたような話だ。今も報告書として読んでいる最中で、あれはあの世からかかってくるのではなく、こちらからかけるのものだったが。
    『こないだもこの公衆電話を使ったんだけど、やっぱり同じ先客がいてね。凄い長電話でもう帰ってしまおうかと思ったんだけど、ようやっと順番が回ってきて』
    電話口の相手が矢継ぎ早に捲し立てているが脳の処理が追い付かない。己の領域展開を食らった相手はこんな感じなのかと、停止する思考の片隅で考える。
    「…」
    『ちょっと、聞いているのかい?悟』
    「…あぁ、聞こえてるよ」
    五条は考えることを放棄した。相手が夢だと言うならそういうことにしよう。これは疲労した己の脳が作り上げた願望の夢だと。
    「聞こえているとも。…久しぶり、傑」
    『ああ、良かった。どうもこの電話の回線調子悪いみたいで、聞こえてなかったらどうしようかと思った。私、結構悩み抜いて君にかけてるから』
    「悩んだのかよ」
    『そりゃ悩むさ、どんな別れ方したと思ってるんだ』
    「…っていうか、そっちにも公衆電話ってあるんだな」
    どの口が言うんだと思わなくもなかったが、十年前の件についてはどちらが悪いなどと考えてもいなかったので、五条は疑問に思っていたことを問うた。
    『あるよ。一個しかないし長距離だから高いんだよね』
    言う端から、追加のコインを放り込む音がする。
    「ああ、地獄の沙汰もとかいう」
    『君といい、硝子といい、どうして同じことを言うんだろうね』
    「硝子?」
    傑がもう一人の同期である家入の名前を出してきたことに首を傾げた。
    『そう、硝子。実は君にかける数週間前に彼女に電話してみたんだ。寝不足だって怒られたんだけど』
    「へぇ。僕にかける前に硝子にね」
    声色に少しやっかみが混じる。
    『なんだい、嫉妬しているのかい』
    「そんなわけないだろ。友達ができたばかりのティーンじゃあるまいし。こちとら成人だわ」
    図星を突かれ、こちらの心情を敏感に感じ取った相手の言葉を即座に否定するも、受話器の向こうから笑い声が聞こえてきた。
    『あははは。君がまだ私のことを友達だと思っててくれてるようで嬉しいよ。嫉妬されるというのは友達冥利に尽きるね』
    「…お前、僕が去年のクリスマスの最期に言ったこと忘れたのか?割と一世一代の告白だったんだけど」
    死んで脳みそまで腐ったか?と言外に含ませる。こちとら十数年、友達どころか親友の席はたった一人で埋まっている、永久欠番だ。
    『……いいや、覚えているとも。ああ、覚えているよ。忘れるはずもない』
    「……」
    『あの日あの場所で、最期に君に会えたことは。過去の自分の行いは後悔していないし、するつもりもないけど、結果として君の信頼を裏切った私に、呪いにもならない言葉をかけてくれたことは今でも鮮明に覚えている。』
    電話口の相手が静かに答える。
    『呪術師は皆、死ぬときは独りだ。でも私は、殺されるとしたら君になんだろうなって漠然と思っていたし、そしてその通り君が現れた。果報者だよ、私は。大量虐殺者とは思えないほどにね』
    「…そうか」
    傑の告白にツンと鼻の奥が熱くなるような気がした。百鬼夜行の最期、傑から非術師は嫌い、心の底から笑えなかった、でも高専の連中まで憎かったわけじゃない、そう言われたとき五条は言いようにない感情に襲われた。傑がどんな存在になり、何を考え、どんな道を選ぼうとも、傑は俺のたった一人の親友だと伝えたかった。その気持ちが今少し報われた気がする。
    『硝子にね、電話をかけたとき言われたんだ』
    「何を?」
    『「お前らは言葉が少なすぎる。もっと話し合え。自分の感情を伝えろ。それで未来が変わったかはわからないけど、それでも多少はましな拗れ方をしただだろう。男は言葉ではなく行動で示せとかいう言葉があるが、お前たちは行動で示しすぎだ。クズども。」って』
    「それを硝子が」
    『うん。あと「そんなお前らの傍にいたのも悪くはなかったけどな」って言われちゃった。私、衝撃的過ぎて一言一句覚えてるよ。まさか硝子にそんなことを言われるなんて思ってもなくて』
    「ははは、ツンデレかよ」
    五条は呆れたような、少し嬉しいような気持ちで夏油の話を聞いていた。心がむず痒くなる、硝子もなんだかんだ言いつつ自分たちとの青春を謳歌していてくれたのだろうか。
    『まあ、そんな経緯で今君にかけているわけなんだけども、』
    と夏油が一息吐いた。
    『……』
    沈黙が訪れ、電話口の息遣いと己の呼吸音のみが聞こえる。
    『…あのね、悟。ずっと君に言いたかったことがあるんだ』
    すっと息を吸う音と衣服が擦れる音が聞こえ、電話口の相手が居住まいを正したのがわかり、五条は相手の言葉を待つ。受話器から漏れるように声が聞こえた。

    『ありがとう』

    それは感謝の言葉だった。

    『本当に嬉しかったんだ。君にあんな言葉をかけてもらえて。私は何もかも捨てて高専を出て行った。その中には君も含まれてる。自分の理想のためにはそうする必要があった、そうすべきだと思ったんだ。けれども最期のあの瞬間、君に今でも親友だと言ってもらえて嬉しかった。…本当にありがとう』
    夏油は、はにかむ様に笑い、静かに告げた。
    袂を別れてから十年、傑を殺してから約半年と少し、片時も忘れることのなかった相手が自分に言いたかったことが「ありがとう」だと言う。五条はそれに対する返答をすることなく話を続ける。
    「…お前の考えや思想は理解できるものではないし、実際にお前が行ったことは何度でも否定してやる。どんなことがあっても、どんな手を使ってでも絶対に止めてやるって思ってた。」
    『…うん』
    「けれどお前といたあの青春の日々は、もう終わってしまったことだとしても、なかったことにはならない。僕はそれだけは否定したくない。生きている内の数年、たった数年だけど本当に楽しかった、今でも鮮明に思い出せるくらいにはね。…だから何度でも言ってやる。お前は、俺のたった一人の親友だよ」
    五条は普段はほとんど見せることがない神妙な面持ちで心の裡を吐露した。
    十年前のあの日、夏油が非術師を惨殺したと聞いたときは信じられないという気持ちよりも怒りの方が勝った。そんなことをのたまう夜蛾に対してだ。五条は意味のない殺しはしないと言った夏油の善性を信用していたし、信頼していた。しかしその子供じみた幻想は見事に裏切られることになるのだが。新宿でこちらの話などまるで耳を貸そうとしない夏油に、訳の分からない禅問答を聞かされ背を向けられたとき、自分たちの道はどこかで歯車が狂い、もう二度と交わることはないのだとそう確信した。殺したければ殺せ、そう言われた相手を殺すこともできず高専へと戻った五条は、呪術界を革新するために教育を選び、何度もトライアンドエラーを繰り返し、悩みながら十年間夏油を殺す覚悟を決めた。しかし、その中でも己の親友は夏油傑ただ一人、という思いだけは変わることがなかった。
    『あはは、君は何度でもそう言ってくれるんだね。本当に私は果報者だ』
    「なんだ、今更気づいたのか?」
    『うん、そうだね。気づかなかったし、気づこうともしなかった。あの頃の私はそれだけ視野が狭くなっていたんだよ。それから、君も傷ついているということを考えもしなかった』
    コイン切れだろうか、電話口のノイズが大きくなり、機械的な警告音が夏油の声に被さった。
    「……」
    『…そろそろ時間かな。』
    「…傑」
    『なんだい?』
    耳障りな警告音が大きくなる。
    「……いや、なんでもない。元気でな」
    『ああ、そっちもね。君と最後に話せてよかったよ』
    その台詞を最後にますます激しくなった警告音が最高潮に達し、電話がぶつりと切れると、ツーツーとスマホが通話が終了したことを告げる。
    五条は鳴りやんだスマホを余韻に浸るようにじっと眺めていた。寸での所でぐっと喉の奥で堪えた言葉が宙を舞う。


    「……好きだよ、傑」


    また会えるよね、と囁く声で呪いにすらならないような呪いの言葉が、五条の部屋に霧散した。
    スマホの非通知はもう鳴らない。
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    RoJuriri

    DOODLEあの世の公衆電話から硝子と悟に傑から電話がかかってくる話
    Call me机上のスマホがけたたましく鳴り響いていた。
    漫画ならば、ぶるぶると震えたスマホがPrrrという効果音とともに躍り上がっているところだろうが、あいにくここは漫画の世界ではない。スマホが一人でに動き、手元に来てくれるはずもなく、手を伸ばして電話に出るまでバイブレーションとベルが鳴りやむことはなかった。
    スマホの持ち主である家入硝子は寝不足だった。太陽が肌を刺すほど照りだしているこの季節は、台風などの大雨による水害、プールや川、海などでの水難事故が多発し、呪霊が蛆のように湧きやすい。その結果呪霊による被害が増加し、現地へ派遣される呪術師の数も増加していた。呪いにあてられた被害者、または祓除中に負傷した術師など、必然的にけが人の数も増加し、比例して術師で数少ない反転術式を使え、それをアウトプットでき、医療職を生業としている硝子の仕事も多くなる。けが人だけでなく、なかには術師の到着が間に合わず死亡してしまう被害者もおり、彼らの死体を解剖し原因究明に努めることも硝子の仕事であった。治療をしては検死の日々に万年寝不足であるこの身体もさすがに悲鳴を上げていた。そんな中唯一取れた休日に惰眠を貪れるだけ貪ろうと考え、ベッドの中でうとうとしていた矢先にこの仕打ちである。硝子の機嫌は地面を突き破るほどに降下していた。急患が来たのであれば対応しなければならない、仕事へのプライドただその一心のみで硝子はスマホを手に取った。
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