異本丸交流譚 典ソハ温泉篇　ボツ部分　大典太は、窓の外を眺めていた。部屋には彼一振だけ。つまりこれは己がターゲットに接触するため、ここを離れていた数十分の間の記憶か。
　普段通り、何の感情も読み取れぬ無表情であった兄弟が、僅かに目を細めた。どこか不快そうに見える。彼は暫し俯いた後、傍らにあった本体を引き寄せた。鞘ごと畳に立てた本体を両手で握り、柄頭に額を乗せて、凭れ掛かるような体勢で。長めの黒髪に覆い隠された表情は、窺うことができない。やがて、ひとつ大きな溜息の後、大典太は立ち上がった。一度出入り口の方へと足を向け、思い直したように部屋の真ん中に戻ってくる。鞘を握る左手は、手の甲に筋が浮かぶ程に力が込められている。俯いていた顔が僅かに上げられると同時に、彼の背後で扉が開いた。そこには己が空のビール缶を片手に乱れた浴衣姿で、意外そうな顔をして立っていた。