そぉれ! ぐつぐつ、と煮える音がする。牛の乳を煮詰めてまだ小半刻ほど。凝固し始めた液体をヘラでかき集めるように煮詰め続ける。
ぐつぐつ、と弱火で煮込み続ける。乳の甘い香りと、僅かに痺れるように紛れ込んだ呪いの瘴気。顕光が作るものは多少の差はあれど呪いは着いてしまうもの。それも顕光が故意でするとなれば尚更濃く付着することだろう。
私に蘇を作れなどと言ったこと後悔させてやる。
顕光は好き好んで蘇を作っているわけではなかった。脅されて作っていると言ってもいい。御堂関白、藤原道長が蘇を作らなければ、マスターやサーヴァント達に顕光の失敗談を吹聴せると言ってきたのだ。
その程度でなにか評価が変わるとは思わないが、下手に勘違いされるような伝え方をされては困る。マスターとは良好な関係を築けているし、酒の席での失敗などを道長からマスターの耳に入れば、年頃の娘であればしばらくは口を聞いて貰えなくなるかもしれぬ。それだけは避けたかった。
イライラとしながら、しかし丁寧に煮詰めていく。蘇を作れとは言われたが、食べられる蘇を作れとは言われてない。取っておきの方法を使って呪いを込めよう。
そして、驚かせよう。
顕光はぐつぐつと煮詰め続けた。
翌日、一晩寝かせた蘇を片手に持って、道長の部屋を訪れる。
「本当に作ったのか」
ドアから顔を出した道長が開口一番に吐いた言葉はそれだった。その驚いた顔の道長にニィっと式札の目を笑ったように歪ませて……
そのまま道長の顔面に蘇をぶつけた。