声放課後。ジャックと図書館にデー…、勉強しに行くために中庭で彼をひとりで待っていた。ジャックは急用ができたらしく先に行ってて良いとメッセージが来たけれど、せっかくなので待っていたかった私はそれを無視してそのままベンチでぼんやりと目の前の廊下を眺めていた。どのくらい経ったのだろう。通りかかった生徒のひとりが他の生徒と同じように通り過ぎて行ったと思ったら何故か戻ってきて無遠慮に肩を掴んできた。知らない生徒だった。ひとりでいると知らない生徒に絡まれることは多いけど、ぶつかってすらないし、そもそも今まで会ったこともないだろうに絡まれるのは流石に初めてだなあ、と呑気に思ってしまい対応が遅れてしまったのが終わりだった。足掻いたところで何かされる結果だったとしても、さっさと多少の抵抗くらいはするべきだったんだ。
「あの、何か用でも」
「思ってたより大人しいんだな。助かるよ。アリガトね。✡✙❂❍✠❖!」
「え…、……💣💣💣💥💥💥(声が出せない)!?」
「アッハハハ!成功した!成功した!!お前の声、確かに貰ったぞ、監督生!」
「🌪️、☃️☔🌫️🏔️☄️(え、何なのこれ)」
「ああ、あまり喋らないほうが良いぞ。見ての通り今のお前が喋れるのは言葉じゃなくてランダムな災害だからな。何か喋りたいならお前ひとりしかいないところでやってくれよな?」
よく見たら明らかに何かをキメたような顔つきの生徒は私の喉元にマジカルペンを突きつけて私の声を奪った。口にする“言葉”が全て“言葉ではない何か”に変わる。喋る動作をする度に私の耳に私が発する何かは聞こえないのに右をを見れば大爆発、左を見れば大嵐などと荒れ放題だった。遠くから悲鳴が聞こえた。ここから見えないどこかにも影響があるのなら何人か無関係の生徒を巻き込んでしまっているかもしれない。どうしよう。
「じゃあね、監督生。くれぐれもこのことは誰にも………って言えはしないか。声は俺が奪っちゃったし。ゴメンね?でも、どうしてもお前の声が俺の未来のために…学内コンテストで優勝して推薦貰うために必要なんだ。用が済んだらら返すから、たぶん!」
「💣💥、🔥🌋⛄🐺(やだ、返してよ)!!!」
「は?うわ、やめろ!今喋るな…っ」
マジカルペンか腕章か。出来ればマジカルペンが良い。これが無ければまともな魔法は使えない。声を今すぐ取り戻せなくとも、この泥棒の身元確認が出来るものを何かしら奪って誰か先生に助けを求めよう。少しでも怯ませようと思い切り叫ぶとすぐ近くで爆音が轟き土煙が舞った。それに乗じて掴みかかろうと立ち上がったところでビュン、と鋭い風に遮られて目の前にいたはずの泥棒が消えてしまい、風圧もあって私は見事にすっ飛んだ。
「グル、ルルルルル(無事か、監督生)!!」
煙が晴れ、そこに立っていたのは声泥棒の制服の首根っこのあたりを咥えている狼姿のジャックだった。なるほど、さっきの突風はジャックが飛び込んできた音だったのか。ジャックは元々大きいけれど、狼姿だと更に大きくなる。声泥棒はかなり乱暴に揺さぶられでもしたのか気絶したようだった。緊張が少し解けて腰が抜けたのか起き上がれず転んだままの体勢でただ見上げるだけの私を見たジャックは目を見開いて魔法を解除し、助け起こしてくれた。
「…大丈夫か?」
「………」
半分くらいジャックのせいだよなと思いながらもヒトの言葉を喋れないから頷いて肯定を示した。
喋らない私に疑問を抱いたのか、スンスンと匂いを嗅がれて身体をペタペタと触られる。もう誰に見られてるのか分からないし見られていないとしても流石に恥ずかしくなって自分の喉を指さして唇の前でバッテンのジェスチャーを作る、を繰り返した。
「喉を潰されたのか!?」
首を横に振る。
「…口の中、切ったのか?」
首を横に振る。
「………喋れねぇ、のか?」
良かった。通じた。首を縦に振った途端、今度はジャックが目の前から消えてしまった。喋ってもないのに轟音が響き渡ったような気がしてそちらを見ると、ジャックが気絶したままの泥棒のマジカルペンを取り上げて泥棒のつけていた腕章のリボンで手首を拘束していた。…私がその瞬間を見てないだけで一発殴ってるかもしれない。
「こいつが犯人だな?取り敢えず、人が集まりかけてるからここから離れるぞ。……校舎から距離を取るなら魔法薬学室だな。行くぞ」
「💣💣💣……💥(わかっ……あ)」
「……………は?喋れねぇってそういうことかよ!!」
ドカン。景気よく中庭の一部がまた爆発し煙で覆われて悲鳴が上がった。
同時に私の身体も宙に浮き、ふわふわに包まれた。
「グルル、グル、バゥ、バゥ(この煙と混乱に乗じてここから魔法薬学室まで突っ走る。しっかり摑まってろよ)」
ごめん、何言ってるかわかんない。
でも、ジャックに短時間のうちに2回もユニーク魔法を使わせてしまった。声が戻ってきても今日は勉強どころじゃないな、と背中に必死にしがみつきながらぼんやりと思った。
────────どうしてあの生徒が私の声を奪ったのか。それは高度な薬品の材料に“恋する乙女の声”を一晩聞かせたとある特殊な薬草が必要だったから、らしい。普通に頼んでくれればそれくらいしたのに。愛するオオカミさんがそれを許してくれたかはわからないけどね。