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    5h1One

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    ズ!!世界線の初薫颯
    付き合ってる

     空の東から西を直線でむすんで、東からその三分の一くらいは太陽が昇ったかというころ。仕事や学校などでほとんどが出払ったらしい閑散とする廊下を抜けてキッチンへ向かうと、柔らかく鼻に抜けるメロディとともにゆったりと鍋をかき回す恋人の後ろ姿が目にとまる。どこかご機嫌な様子なのが左右に揺れる身体に合わせるように高く結い上げた長い髪がなびくさまで見てとれる。
     結ってなお背中の中ほどまで届くその毛先は、出会った頃よりも明らかに伸びているのに傷みを感じさせないから流石だ。長髪のアイドルは身近に何人もいるけれど、この子の髪の毛はそのどれよりも美しいと思う。元結を外したときにさらりと流れる夜色の髪は風に揺れるカーテンのように軽やかで、端正な容貌も相まっていつも目を奪われる。
     キッチン全体に立ち込める煮物の匂いとは別に、いつもの清潔感のあるシャンプーの香りが確かに存在していて、特段強い香りでもないのに嗅ぎ分けられる己の執心ぶりに頬をかいた。
    「そうまくん」
     鍋の中身を見るついでに、背後から細腰に手を回して抱きつく。否、触れたくなったから、鍋を覗き込むふりをした。
    「こら、調理中なのだから不用意に近づくでないわ」
     野生の勘だかいくさびとの索敵能力だか、はたまた恋の成せる力(これに関しては我ながらないとは思っているが)によるものか。羽風の存在など幾分前からお見通しだったろう神崎は驚くこともなく、まして振り返ろうともせずに空いていた手で追い払う仕草をする。
    「え、それ、お料理中じゃなきゃオーケーってこと?」
    「……む、ああいや、いずれにせよ此処では問題であろう」
     一瞬、今いるところが共有スペースであることを忘れていた様子で、咄嗟に訂正し腕を剥がしにくる神崎に対抗するように羽風は腕の力を強めた。この反応は『共有スペースじゃなければオーケー』の意だ。そうと分かってしまえば尚更離れてやるわけにはいかない。
    「あ、こら、はなれろ」
    「大丈夫、いまほとんどだーれも居ないみたいだから、実質二人きりだよ。部屋を出てからこっち、実際誰にも会ってないし」
     背後から唆すように耳元に囁きかけると、神崎は目を見張り、長い睫毛をふるりと震わせて唇を噛む。毛皮に包まれた動物だったら全身の毛が逆立っていたのかもしれないが、きっとこれは怒りよりも別の感情が表出っているのだろう。
    「そういう問題ではないっ、……というか、神聖なるお台所で催すでないわ助平」
    「あはっ、なんだか助平ってひさびさに言われた〜! 今回に関しては否定はしません」
     だって可愛い反応をするのがわるい。真っ当に道徳的に生きてきた代償なのか、背徳的な環境におかれると不安のなかにほんの一滴ぶん、期待を垂らしたような目をするから。
    「……てっきり、またつまみ食いにでも来たのだろうと思っておったが」
    「うん、まあ最初は匂いにつられてきたんだけどね。作り途中のもの食べると颯馬くん怒るじゃない」
    「当然であろう、誰だってまだ味の整っていない料理を食われたくはないぞ」
     神崎は羽風からぷいと顔を背けて、鍋に目線を戻した。小皿に煮汁をよそい口に含んだあと、満足そうに小さく唇を綻ばせたのが可愛くて見惚れていると、その小皿に具材をいくつか乗せてこちらへ寄越してきた。なんだかんだ言いながらも、煮崩れをおこしていないものを差し出してくれるところがたまらなく好きだ。こちらはそんなこと気にしないのに、いじらしいと思う。
    「お箸は?」
    「いつも指でひょいひょいつまんでいるような者が贅沢言うな」
    「それでいつもお行儀悪いって叱るのはそっちじゃん」
    「取りに行けばよかろう」
    「でも颯馬くんから離れたくないし」
    「〜〜今日のひっつき虫は随分と口が減らぬなっ」
     元々中〜弱火くらいだった火加減をさらにとろ火ほどに弱めてから、神崎は頬を染めたまま呆れたふうにひっついたままの羽風ごと向かいのカウンター脇を振り返り箸を取る。丸い里芋を器用につまんで危なげなく背後の口もとへ運ぶオプションまでつけてくれたので、羽風は上機嫌で差し出された里芋を迎え入れた。
     とろみのある煮汁は里芋の表面をつやつやに覆って、里芋本来の甘みとねっとりとした食感を閉じ込めていた。
    「……美味しい……」
    「ふふ。おぬし、見かけによらず和食がお好きなようで」
    「うん、好き」
     違う意味も込めて囁くと、ふっと穏やかに微笑んでこちらをちらりと窺うように問いかけられる。
    「……そなたの御母上も、こういったものは作っておられたのか?」
    「……ううん、覚えてない」
    「そうか」
    「颯馬くんの作ったものだから、好き」
     改めて言葉にすると、我ながら重たい感情だと思う。決して混同しているわけではなくて、姿を重ねているわけでもない。望んだことも一度だってなかった。
     神崎はもう一度、「そうか」と呟いて、小皿と箸をカウンターへ置いた。随分長いこと腹部に巻きついたままの羽風の両手にそれぞれ自分の手を重ねて、ゆったりと手の甲を撫ぜる。こちらに身を任せるように体重を少し預けられてしまえば、たまらず呼応するように腕の力が強まった。
    「……火を、消さねば」
    「……そうだね」
     ひとつ、ひとまわり小さな手が離れて、コンロへ向かって腕が伸びる。刀を握っているのに己より細く繊細な指先が切ボタンを押すのを確認してから、寂しくなったほうの手は別の熱を求めるようにエプロンの下の、その下へと潜り込ませた。
     元々、この星奏館のキッチンに出入りする人間なんて限られている。指の腹で肌をなぞるたび、徐々にもれ出る熱っぽい吐息はきっと誰に聞かれることもないだろうけれど。
     それでも他の誰にも聞かせたくはないから、ほのかに色づく唇をそっと塞いで、吐息の熱ごと攫ってしまおう。
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    DOODLEズ!!世界線の初薫颯
    付き合ってる
     空の東から西を直線でむすんで、東からその三分の一くらいは太陽が昇ったかというころ。仕事や学校などでほとんどが出払ったらしい閑散とする廊下を抜けてキッチンへ向かうと、柔らかく鼻に抜けるメロディとともにゆったりと鍋をかき回す恋人の後ろ姿が目にとまる。どこかご機嫌な様子なのが左右に揺れる身体に合わせるように高く結い上げた長い髪がなびくさまで見てとれる。
     結ってなお背中の中ほどまで届くその毛先は、出会った頃よりも明らかに伸びているのに傷みを感じさせないから流石だ。長髪のアイドルは身近に何人もいるけれど、この子の髪の毛はそのどれよりも美しいと思う。元結を外したときにさらりと流れる夜色の髪は風に揺れるカーテンのように軽やかで、端正な容貌も相まっていつも目を奪われる。
     キッチン全体に立ち込める煮物の匂いとは別に、いつもの清潔感のあるシャンプーの香りが確かに存在していて、特段強い香りでもないのに嗅ぎ分けられる己の執心ぶりに頬をかいた。
    「そうまくん」
     鍋の中身を見るついでに、背後から細腰に手を回して抱きつく。否、触れたくなったから、鍋を覗き込むふりをした。
    「こら、調理中なのだから不用意に近づ 2378

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