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    さかえ

    @sakae2sakae

    姜禅 雑伊 土井利

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    さかえ

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    らくがきでも上げた、ぎ将きょい✖にょたぜんさまのパラレル
    この後きょいは悶々と日々を過ごすのですが、ある時中央に呼び寄せられてぜんさま付きになるように命ぜられます

    #姜禅
    jiangZen

    ぎ将きょい✖にょたぜんさま 思えば、姜維は出会ったときからあの尊き存在に心を惹かれてやまなかったのである。



    「我らは、ここに降伏する」
     世の婦女というものの多くが敗戦に際して、大いに狼狽し、悲嘆に暮れ、泣きわめくものであることを考えると、その公主の態度ははなはだ型破りであった。――いいや、そんな言葉では、とうていその時の姜維の驚きを言い表すことなどできやしない。何せ彼女は先の通り、実に簡潔にして明瞭な一言でもってひとつの国家を終わらせたのだ。その瞬間、永遠に郷里を失ったはずの彼女の頬を飾っていたのは涙ではなく、うっすらとした微笑である。
    「この暗愚めのことはいかようにでもしていただいて構いませんが、民にはなんの罪もありません。どうか優しく接してくださいますよう」
     それだけが望みですと結ぶと、公主は丁寧な礼の形を取った。そのしなやかな動きからは、生まれながらにして人の上に立つ者のみ持てる気品が確かに感ぜられたのであった。しかし、多くの魏将たちが感嘆したのはそこではない。眉に憂いの陰すら乗せることなく侵略者の前に立ち、自らの要求をはっきりと示してみせたその姿こそが、彼女の真髄である。誠、その辺の兵なぞ足下に及ばぬほど堂々としたたたずまい。柔和な表情とは裏腹に、真っ直ぐに伸びた背筋とまとう雰囲気の清かさは惚れ惚れするほどに凜として、かえって侵略者たちのほうが圧倒されてしまうほどだった。
     その中にあって、姜維は独り彼女を訝しい気持ちで眺めていた。一国の公主がかようにも平然と己が国を売り渡すものか、と。本人の述べる通り、全ては彼女が昏君ゆえなのだろうか。いいや、それにしても――あまりに、表情が変わらないのだ。まるで天気の話をするような様子で、公主は一つの国家の歴史に幕を引いて見せた。けれどもいくら姜維が観察しても、その事実以外に、彼女には拾い上げて叩くべき瑕疵がどこにも見つからないのだ。恐らく、その場は彼女にとって最悪のものだったはずである。むせかえるような血のにおいの中、従えている護衛はわずかに一人。公主自身、鎧をつけているとは言っても最低限で、手にしていたのは装飾性の強い細剣が一振りである。魏軍がいかに訓練された兵から成っていようと、彼女に投げかけられていた視線はいくさの後特有の嫌な高揚感に塗れていたか、王宮の奥深くに秘められていた花の美しさを値踏みする、いかにも下卑たものであっただろう。そんな視線の矢を一身に浴びてなお、かの公主は清廉なままそこに立っていた。
     今ならば分かるのに。それがどれだけの忍耐と苦渋の上に造られた姿であったか。
     「あ、」
     軒車に乗ろうとして足をもつれさせた公主を支えたのが姜維だったことに特別な意味はない。たまたま傍に控えていた者の中で真っ先に身体が動いたのが自分だっただけだと姜維は冷静に考えている。
     それでも。
    「大丈夫ですか」
    「――ありがとう。あなたは優しいな」
     あの目の、声の優しさを姜維は今でも忘れられない。

    (――何が、)

    支えた白い手が、かすかに震えていたことも。
    (何が暗愚だ。何が昏君だ。私は馬鹿か!)

     その刹那、姜維は身を焼くような羞恥心に駆られて己を痛罵した。つらくないわけがない。劉備が仁者であったことは魏であってさえよく知れ渡っている。その志をついだ娘である公主が、父の国の命脈を自ら断った――断たざるを得なかったことで、傷ついていないわけがないのだ。それでも彼女が剣を取ることを臣下らに命じたのは、未だ夢の中をたゆたう彼らの最後の想いを叶えるためであろう。国家に、先主に殉ずるための舞台を用意してやったのに違いない。
     そしてこれは、主に城の包囲のほうに回っていた姜維なので後から話に聞いただけであるが、なんでも公主はいくさの渦中に、護衛すら伴わずひょいと姿を現したのだという。かつて蜀漢を導いた名だたる龍たちにとって、何にも代えがたい掌中の珠であったはずの女性が、である。その上で「どのような人が来たのか、自分の目で見てみたかったのだ」とのたまったとは――まるで遊び相手を探すこどものような無防備さ! けれどもその言葉とは裏腹に、彼女の目は裁定者のごとくひたと司馬昭を捉え、あの無気力者をして本気を出さしめたのだという。然様であったろうと、姜維には容易に想像ができた。きっとその時も彼女は微笑んでみせたのだろう。花のかんばせに、秋霜の烈しさを刷いて。それこそが彼女の戦い方だったのだ。導き手を失い、もはや乱世の波間に漂う木の葉と化した蜀という国の価値を最大限に上げるための。そのために彼女は戦う相手を己が眼で見定めたのだ。彼女にとって司馬昭が「蜀を買わせるに足らぬ相手」だと見れば、この女傑は今でも徹底抗戦のかまえを見せていたのかもしれない。
    「私は大丈夫だ」
    「ですが、」
    「それより、あなたもまた怪我をしている。早く手当をしたほうがいい」
     媚びも二心も感じられぬ、純粋に姜維を心配する声であった。主君のために剣をとって戦うのが当たり前の武将に対して、彼女は誠心からの言葉を寄越したのだ。
     それを理解した瞬間、姜維は「負けた」と思った。これが仁か、と思った。この、何より美しく尊い心を持つ女性の前に立ちはだかり、武力で思うままに従わせようとした己らは、始めから負けていたのだ。
    「名を聞いてもよいだろうか」
    「姜冏の子で、名を維と申します・・・・・・」
    「そうか――姜維、ご厚情まことありがたく存ずる。息災であれよ」
     一度だけぎゅっと握りしめられて、手は離れていった。風よりもかろやかに。

     ――以来、あの白い手が姜維の胸から離れない。

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