いずれ土井利になる話(「春やむかしの」)の続き 初めて会った大川平次渦正は、誠、つかみどころのない人物であった。
「さて、ワシがこれからお頼み致しますのは、決してその名に宛てた仕事ではない……そこは分かっておられますな?」
大川は目尻を下げて利吉を歓待した後で、さらりとそんなことを言った。やられた、と利吉は即座に思った。先手を打たれるとはまさしくこのことであった。これがいくさばでの邂逅であったなら、今頃自分は心臓を一突きにされていたことだろう。それほど、大川の目は鋭かった。鋭く、正しく、しかも何気なく、大川は利吉が最も気にしていたところを――いわば一番の弱みを見事に射当てて見せた。そのことに背筋がざっと粟立つのを感じながら、利吉は一方で「なるほど」と納得してもいた。家にいた頃、学園長の話になるたびに父が「あの方は食わせ者だ。虚だと思えば実にして、実だと思えば虚にしてみせる」と評していた理由がわかったからだ。
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