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    さかえ

    @sakae2sakae

    姜禅 雑伊 土井利

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    さかえ

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    いずれ土井利になる話(しぶでは「春やむかしの」というタイトルで投稿しています)の続き。

    #土井利
    toshiDoi

    いずれ土井利になる話 続き フリーの忍者としての出だしは、それなりに上々であるように思う。既に幾つかの城からの依頼をそつなくこなし、ある城主からは城付きにならぬかと誘われたほどである。それをありがたく思いながらも断ったのは――気難しい性格の利吉には、フリーのほうが何かと都合がよかったというのもあるが――このままどこか一つの勢力についてしまうのがまだ勿体なく感ぜられたからだった。
      元々人より抜きん出て優れて生まれた利吉は、世の中に出てみて、それが疑いようのない事実であることをいよいよ確信していた。自分ならばなんでもできる。少しも気負うことなく、そんなことを思う。利吉はもう、人里離れた小さな家で誰かの帰りを待つばかりの子どもではない。のびやかな手足でどこへだって行けるのだ。
     そんな利吉にとって、安定とは停滞の同義語であった。未来は己の眼前にいくらでも広がっていて、その中から一番よいものを選び取ることが自分には許されている。
     そんな傲慢な考えさえも「自負」として片付けてしまえる若さが、成人したばかりの利吉の四肢には満ち満ちていた。
    (この仕事、受けるべきか……)
     けれども、そんな利吉も現在、とある依頼を受け取るかどうかで悩んでいた。内容自体は何の変哲もない、とある城の動向を探れというものである。仕事の条件は明示されており、提示されている報酬額も申し分ないもの。それなのに二つ返事で引き受けることができずに躊躇ってしまう、その原因は依頼主の名前にあった。
     大川平次渦正といえば、間違いなく歴史に名を残すべき大忍者にして、忍術学園の創設者でもある。その影響力は忍び界隈のみに留まらない。各城の名だたる主達が大川の名を話題に上げるさまを利吉は見てきた。考えてみればそれもむべなるかな。一流の忍者とその卵たちを擁し、この地方一帯の城主と広く親交していながら、特別どこかの勢力につくわけでもない。大川はいわば第三勢力の主である。戦いの外に確かにいるはずなのに、どこの城も無視することができない、一種異様な存在感を放つ男。
     そんな男からの依頼を引き受けるということは、売り出したばかりのフリーの忍者にはまたとない誉れであるに違いなかった。上手くやれば一気に名前を売ることができるのだから、これを逃す手はない。
     しかし大川はまた、利吉の父の上司でもある男だった。それこそがこの場合、利吉にとって非常に大きな問題になるのであった。
     フリーの忍者として生きていこうと考えた時、利吉は己に一つの決め事を課した。すなわち、仕事を取る時に父の力を借りないというものだ。己の力のみでやっていきたいという、実に若者らしい矜持である。
     だから利吉は悩んでいたのだ、今回の仕事が果たしてそれに当たるのかどうかと。
     仕事自体は、以前契約した城主から紹介されたものだ。利吉を非常に高く評価してくれたあの気の良い城主のことだから、腕の良い若手忍者がいるとでも大川に言ってくれたのかもしれない。けれども優秀な忍者を幾人も(学園の教師という立場でとはいえ)抱えている大川が、わざわざ外部に仕事を依頼するだろうか?
    「――はい、お団子とお茶ね」
    「ああ、ありがとう」
     利吉がふと顔を上げると、茶屋の娘がテキパキとした動作で皿と湯飲みを利吉の近くに置いているところだった。去り際に意味ありげに見つめる目つきも、この頃の利吉には慣れたものだった。身体の成熟をありのままに受け容れた利吉は、既に人の欲がどういうものかも知っていた。一人の時には何をして、二人の時にはどうすればよいか。女が相手の時にはどういう役割で、男が相手の時には何をすればよいか。家に居る時には本からただ知識として得ていたそれらが、外の世界には案外ありふれたものとしてあちこちにころがっている。初めは驚きと戸惑いをもたらしたそれも、目で、耳で、あるいは実体験として――利吉の場合は女のみが相手であったが――吸収するうちに、利吉の中にごくごく自然に、やはりありふれたものとしておさまった。誘われて、恋われた先にあったのは「こんなものか」という正直な感想で、身体の熱が多少上がるほどのそれはさして利吉の気を惹きはしなかった。そんなものより、いくさばに立った時の興奮のほうがよほど今の利吉を夢中にさせる。
     ならば、しばらくは仕事のことだけ考えていればいい。身の振り方など後からどうとでもなるのだから。
    「――仕事……」
     すると途端に先ほどまでの悩みの種が舞い戻ってきて、ずしりと利吉にのしかかる。思わず苦い顔になるのを、団子を食って誤魔化して、とにもかくにも大川に会ってみるよりほかにあるまい、と利吉は結論づけた。会ってみて、信念に悖ると思えば断ればよい。それが城仕えを選ばなかった忍者の、一番の利点なのだから。
     銭を置いて立ち上がる。茶屋の娘からの視線を風と共に受け流して、利吉は歩き始める。通る子どもらが、細い木の棒を振り回しながら楽しそうに歌っている。
     
     あまり言葉のかけたさに あれ見さいなう 空ゆく雲の早さよ
     
     流行の小歌だった。好いた相手になんとか話しかけたくて、けれども上手く言葉にならない、そんな片想いのもどかしさに溢れた言葉を、利吉はかつて人に贈ったことがある。兄のようでもあり、尊敬する師でもある。まだ子どもだった利吉の心をあたたかいものでいっぱいに満たして、そうして去って行ってしまった人。会いたいと何度願っても、決して会いに来てはくれなかった人。
     けれども今は違う。
    「あなたに会える……」
     大川の依頼を盾に、堂々と土井に会いに行ける。知らず笑みが浮かぶ口元を、初夏の風が通りすぎていく。
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    さかえ

    MAIKING趙備、及び趙(→)←←禅前提の姜禅。ややこしい。
    わたしの男/あなたの眼「もう大丈夫のようですよ」
     足音が完全に消えるまで待ち、念のために扉まで閉めると、姜維は書棚の陰に声をかけた。それですぐに姿を現すだろう。そう思っていたのに、予想は外れてかえりごとひとつない。訝しく思って棚の裏を覗き込むと、主は開け放った窓から吹き寄せる風に濡れ羽の御髪を揺らしながら、どこか遠くを眺めているようだった。
    「劉禅様? いかがなさいましたか」
     それでも近寄る間にこちらの存在に気がついたらしい。見上げてくる主の目は常の通り薄曇りの空のように静かで、感情が今どこにあるのかをおよそ気取らせない。
    「ああ、姜維」
    この目に見つめられ、ゆったりとした口調で名を呼ばれると、姜維はいつも己の矮小さを全て見透かされているような心持ちになる。魏に属していた頃には蜀の新帝は暗愚だという噂ばかりを耳にしていたが、実際にこの方の前に立てばそれがどれほど馬鹿げた戯言であったかが分かった。音に聞く、皆を導く太陽のようだったという先主のような目眩く光輝こそ無けれども、泰然と振る舞うそのたたずまいからは風格が香気のようにかぐわしく立ち上った。また天水にて姜維を諭し導いた声はいかなる時にも荒ぶることなく、凪いだ水面のように透明である。その在り方は先主とは違えども、この主は確かに生まれながらにしての王者であった。
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