スペシャルマッチその後 影山や牛島との試合の高揚感冷めやらぬ日向は、足取り軽くトイレのドアを開こうとした。しかし中で何やら揉めているような声が聞こえてくる。
「……な?ええやろ」
「えぇ〜、どうしようかなぁ」
「減るもんじゃあらへんし」
「いや、減るでしょ」
「そんなこと言わんといて〜な。俺が全部もつさかい。好き言うたやん」
どうやら中にいるのは侑と及川のようだ。しかしこの声は揉めていると言うより、むしろ……。
そこまで考えが至った日向は血の気が引くのを感じた。さっきの試合で高揚したのは何も日向だけではない。全ての選手が祭りの高揚感を引きずっているのだ。及川の華麗なるセットに感銘を受けた侑が、この試合で靡いてしまってもなんら不思議ではない。及川はそれだけ人を惹きつけるセッターだ。
侑のことは信じている、及川は地球の裏側で会える貴重な同郷出身の先輩。揉めるのはなんとしても避けたいが、このままだと侑が及川に取られてしまう。
「侑さん!俺と言うものがありながら浮気ですか!!」
気がついた時には日向はものすごい勢いでトイレの扉を開けていた。
「いくら及川さんに褒められたからって言っても!好きになるのが早すぎます!!俺より及川さんの方が好きになっちゃったんですか!!」
ズンズンと大股で侑に歩み寄ると日向はそのまま侑にしがみついた。ジャージに顔を押し付けると侑の体臭が鼻腔を満たし、じわりと涙が滲んでくる。
「翔陽くん?どないしたん」
「どないじだんじゃないでず!うわぎばゆるじばぜん!!」
「ははーん。ショーヨーは侑くんが俺と浮気したと思ってるね」
察しの良い及川はニヤニヤしながら侑を突く。
「ちょっと待ちぃや!そんなわけないやろ!!」
小突かれて侑はようやく、混乱しながらも日向を抱きしめた。
「落ち着きなよショーヨ。侑くんはね、治くんのお店に俺を招待したいだけなんだよ」
及川曰く、おにぎり宮のおにぎりを絶賛したところ、帰国前に生産者を交え出来立ておにぎりをご馳走したいと交渉を持ちかけられただけ、と。
「へ?そうなんですか」
「俺が徹くんと浮気なんかするわけないやん。翔陽くん一筋やで」
忘れたんか?と侑は首から下げたペンダントを取り出し日向に見せる。
そこにぶら下がっているのは銀色に光るプラチナの指輪。掘ってある文字はS to A。
もちろん日向の首にも同じものがぶら下がっている。日向がブラジルに発つ前に二人で作りに行ったものだ。
「あららら〜。お熱いことで」
及川が愉快そうに二人を煽る。
「ま、そう言うことだから安心しなよ。そうだ、ショーヨーも向こうに帰る前におにぎり宮に食べに行くべ」
及川の提案に日向は驚いて目を瞬かせた。そしてしがみついたままの侑を見上げる。
「翔陽くんが来てくれるとサムも喜ぶから一緒に行こうや」
そこまで言うと、ようやく日向の顔に笑顔が戻った。
「疑ってごめんなさい。及川さんはかっこいいから侑さんが靡いちゃったんだと勘違いしました」
「ちょい待ち。どう見ても彼氏である俺の方がカッコええやろ」
「侑さんはカッコよくて可愛いです」
じゃあ俺は控室戻りますね、と言いたいことだけ言って日向は風のようにトイレから出て行ってしまった。
「俺らも戻ろか」
「ところで侑くんは戻る前にジャージ脱いだ方がいいよ」
及川に言われて侑は鏡を見ると、胸の辺りが日向の顔の形に濡れており、そこはかとなくホラー感を醸し出していた。