遠幻鏡+*·🪞·*·+🪞+·*🪞·*+
かわいい かわいい、赤毛のネズミ。
ゆらゆら 揺りカゴ、夢のナカ。
いとしい いとしい、赤毛のネズミ。
ヨダレを 垂らして、眠ってる。
だいすき だいすき、赤毛のネズミ。
ふわふわ 落ちてく、穴のナカ。
あいして あいして、赤毛のネズミ。
ずうっと ずうっと、オレの物。
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柔らかくて、ハリのある弾力。
ゆっくりと頭を撫でる手つき。
枕ではない感触に、寝起きの頭を起こすと、
「おはよう、トポリーノ」
イルーゾォと、目が合った。
「何だよ、オメー……もう起きてたのか」
いつもなら、オレが先に起きて渋々起こすのに。
珍しく早起きしても、じっと見つめるなり「飯」と言い放っては、二度寝を決め込む野郎なのに。
「早く浴びて来い、朝飯は用意しておく」
ひとしきり撫でた後、頬にキスをしてきた。
えらく機嫌が良いにしても、ここまではしない。
しかも結んだ髪からは、シャンプーの匂い。
「オメーは、もうシャワー浴びたのか」
「一緒に入ってほしかったのか、ん?」
「可愛いヤツだな」と、またキスをして微笑む。
このままだと朝飯を食う前に、喰われそうだ。
「んじゃあ、浴びてくるぜ」
腕の中から抜け出すと、寝室のドアを閉めた。
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「アイツに、嫌な真似でもしたか?」
体を洗っている最中、オレは考えていた。
悪い意味で思い当たる節は、いくつかあったが。
どれもこれも、些細なモノばかりだ。
「そもそも……」
《トポリーノ》だなんて、滅多に呼ばない。
それにイルーゾォの髪は、肩より長いが。
今朝は、胸まで伸びていた。
人間の髪は一晩で、すぐには伸びない。
まるで、時間を吹っ飛ばしたような――。
「ホルマジオ」
「…………ッ!」
突然カーテン越しに呼ばれ、声を挙げるのを手で押さえる。まさか、タイミングを狙ったのか。
「どっ、どうした?」
「朝飯が、出来たぞ」
「おぅ、そうか……グラッツェ」
「……早く上がって来い」
独り言のように、浴室から出て行くイルーゾォ。
浴槽に付着した泡と一緒に、嫌な汗が流れた。
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テーブルには、湯気を燻らせるカプチーノ。
その隣には、冷蔵庫で冷やしておいたタルトが、上品に皿へ並べられている。
「チーズとブルーベリー、どっちか選べ」
こんな時、好きな方を選ばせるのは、オレだ。
でないと、すぐ不機嫌になってしまうからだ。
なのに、親切に選ばせてくれている。
「ブルーベリーにするわ」
目の前に差し出されたブルーベリータルト。
まさか、こっそり盛られていないよな。
恐る恐る嗅ぐと、甘酸っぱい匂いだけがする。
思わず凝視していると、
「腹が、減ってねぇのか?」
「いや、そういうワケじゃあ」
「フフッ……しょうがねーヤツだな」
人の口癖を真似しながら、タルトを半分に割り、口元へ宛てがってきた。つい抵抗してしまう。
視線をタルトから、イルーゾォに移せば、
「そろそろ腕が、痺れてきたぞ」
やっと崩れる前に食べてみせたが、イルーゾォの指は、紫色のソースまみれになってしまった。
「拭いてやるから、ほら……あっ」
右手を引っ込めたかと思えば。チュッ、チュと音を立てて、丁寧に舐め取り始めた。
しかも見せつけるように、真っ赤な目を細めて。
「相変わらず旨いな」
舐め終わると、キッチンの水道で手を洗う。その背中を眺めながら、慎重にカプチーノを飲んだ。
「おまえ……本当に『イルーゾォ』なのか?」
「そう思いたくないなら『ルル』って、呼べ」
椅子に座り直すと、熱が抜けてきたカプチーノを少し飲み、チーズタルトを頬張った。
猫舌なのは、同じか。
「……ルル」
「どうした、トポリーノ」
「ガッティーノを何処にやった」
「ずうっと居るだろ、おまえの足元に」
テーブルの下を覗くと、呑気に欠伸をした猫が。
すると、いつもの散歩へ出かけて行った。
「テメー……冗談も大概にしやがれ」
「テメーじゃあない『ルル』だ」
アンニュイな表情で、溜め息混じりに返される。
「落ち着け、らしくねぇぞ」
「『らしくねぇ』のは、どっちだ? あ"ぁ?」
俺のスタンド《リトル・フィート》を右腕に発動させ、ルルの喉元に突き立てる。もしかすれば、イルーゾォに成りすました偽物かもしれない。
オレもギャングであり、暗殺者の1人だ。
家族や恋人、仲間であったとしても容赦しない。
それが偽物なら、尚更だ。
「……嫌いか」
右手首を掴まれた途端、ソファへ押し倒された。
あまりにも予想外の力技で、驚いてしまった。
するとルルは、今にも泣き出しそうで声で、
「トポリーノ」
覆い被さった拍子に、ネックレスが垂れた。
チェーンには、2人分の指輪が通してある。
もしかすれば、これは――。
「どうか、このオレを……『許してくれ』」
ルルが、唇を重ねようとした瞬間だった。
「ホォォォルマァァァジオォォォ――ッ」
寸での所で止めに入ったのは、オレの知る、恋人のイルーゾォだった。だが、壁掛けの鏡から這い出る姿は、怨霊よりも迫力があった。その凄味に、スタンドを解除してしまった程だ。
「イルーゾォ……うごぁッ」
ベッドへ瞬間移動されるオレ。手鏡でも使って、自身のスタンド《マン・イン・ザ・ミラー》で、移動させたのだろう。怒りに震えながら、ソファに残されたルルに向かって、
「消えろビッチ ホルマジオは、オレのモンだ…… 近付く事は、決して『許可』しないッ」
肩に抱き着きながら、威嚇するイルーゾォ。
見慣れた結い髪に、この高慢チキっぷり。
まさしく、オレの知っている恋人だ。
「おい、こんな時に笑ってる場合か……あっ!」
「だったら、オレのモンでもあるな」
意味ありげな発言と共に、オレの頭を包み込む。
頭上では、同声同顔の男達が口論している。
豊満な胸が当たり、完全に圧迫されていた。
「よくも、このオレを飛ばしやがって」
「さぁ……オレには、よく分からないが」
「とぼけるなッ! 寝てる間に、テメーが向こうへやったんだろうがッ」
「フンッ…… いくら鏡の世界へ行けたとしても『未来』までは、行けないだろ?」
今、なんて言った。以前、鏡の世界は死の世界だと聞いていたが、一体どういう状況なんだ。
「その辺にしておけ、イルーゾォ」
壁掛け鏡の向こうから、男の嗄れ声。
聞き覚えのあるような、無いような。
だが次の瞬間、オレは耳を疑った。
「ホルマジオ」
オレを開放したルルは、即座に鏡から出て来た男を抱きしめる。同姓同名ではなく、正真正銘の。
乱れた結い髪を直すと、ルルの目元を革手袋越しに拭う。
「若いオレに可愛がられて、満足したか?」
顔や首には、大きな火傷跡が、痛々しく広がっている。片耳には、2連のピアスをしていた。
それが、ルルのネックレスを彷彿とさせる。
何より、この男も妙に落ち着いていて。
怪しくも危険な雰囲気を漂わせていた。
「違う、オレが『可愛がって』やってたんだ」
「オレの奥さんは、誑かし上手だもんなァ〜」
しょうがねーなと言わんばかり、腰に手を回す。
外見からして、30代だろうか。さっきまで色気があったルルも、仔猫みたいに甘えている。
「向こうで、過去のオレと何してたんだ?」
「そうだな……オレも『可愛がってやった』な」
「このオッサンに、何回もキスされまくったぞ」
吐き捨てるように告げると、イルーゾォまで未来のオレの所へ行ってしまう。
「ガッティーノも、撫でられに来たのか」
「フンッ! 子供扱いしやがって、掻っ切るぞ」
「アヒャヒャ……怒った顔も可愛いなァ〜」
今この部屋には、恋人のイルーゾォと人妻のイルーゾォが居て、更に旦那になったオレも居て――これが、カオスってヤツか。
「トポリーノ、実は……その……」
ルルが、再びオレに近寄り、事の顛末をこっそり教えてくれた。話によれば【遠幻鏡】という魔法の鏡によって、オレ達のいる世界を覗いていたらしいが。スタンド能力と反応したのか。
此方の部屋にある鏡と繋がり、タイムスリップのゲートになってしまったそうだ。
「鏡に『お願い』なんて、おとぎ話かよ」
「……悪いか」
「いや、悪くねぇけど」
特別、酷い仕打ちをされてはいない。
それに歴代の連中と比べれば、可愛いモンだ。
「てっきり『新手の刺客』だと思っちまって」
「油断するな、ホルマジオ!」
イルーゾォは、警戒心剥き出しで指を差す。
「こんな脳内ファンタジーのアバズレビッチが、また隙を狙って出入りして来たらマズイだろ! テメー、今度こそ『夜這い』されちまうぞッ」
「オメーも、よく未来の自分を貶せるよな」
このままだと、血で血を洗いかねない。
勝手に向こうへ飛ばされて、怒るのも解るが。
「しょうがねーなァ〜……ガッティーノ」
ルルと同様に、イルーゾォの腰に手を回す未来のオレ。その慣れた手付きに、嫌な胸騒ぎがした。
「ルルを許してやっちゃあくれねーか」
イルーゾォの頬を触れながら、にっこりと、
「オレが、たっぷり可愛がっておくからよ」
仄暗い緑眼に、悪寒が走る。同じくイルーゾォも、何も言い返せずに立ち尽くしていた。
その様子に、頭をワシャワシャ撫で回した後。
「還るぞ、ルル」
「……分かった」
ルルが首に腕を回すと、足を支えながら抱える。
余裕そうだが、腰が砕けないか不安だ。
「邪魔したな」
「おぅ、気を付けて還れよ」
「……おまえ等も、仲良くやれよ」
ニヒルに笑う未来のオレに対し、ルルは寂しそうな表情のまま、抱えられている。そしてカラフルな光に包まれると、部屋から消えてしまった。
嵐が去ったようで、どっと疲れに襲われた。
「無事に還ったな」
「あぁ、そうだな」
ベッドに寝転ぶと、シャンプーの匂いがふんわりと漂った。あぁ、おまえも向こうで浴びたのね。
「ホルマジオ」
腕を伸ばし、誘うイルーゾォ。
此方も寂しそうな視線を送る。
「オメーもかよ、しょうがねーなァ〜」
隣に並ぶと、オレの胸に顔を埋める。オレよりも身長が高くなったのに、甘えん坊だよな。
「見てて寂しくなっちまったのか?」
「違う。オメーが……もう、いい」
すぐ拗ねては、欲しがるように抱きしめる。
本当に、しょうがねーヤツだ。
「愛してる、イル……オレは、おまえのモンだ」
「当たり前だ」
甘ったるいキスをして、瞼を閉じる。
次第に意識が、ふわふわと現実から離れていく。
イルーゾォの温もりも相まって、眠りに落ちた。
+*·🪞·*·+🪞+·*🪞·*+
かわいい かわいい、黒いネコ。
尻尾を くねらせ、夢のナカ。
いとしい いとしい、黒いネコ。
鼻をスピスピ、鳴らしてる。
だいすき だいすき、黒いネコ。
どんどん 落ちる、穴のナカ。
あいして あいして、黒いネコ。
ずうっと ずっと、オレの物。
*+·🪞·*·+🪞+·*🪞.+*
【FINE】